第9話 あつい手のひら返し
「ねぇねぇ桶川くんってバスケやってたの?」
「めっちゃ痺れたんだけど!」
授業が終わるなり数人の女子が押しかけてきた。
イキリの取り巻きたちだ。
「あ~中学のときちょっとだけ……」
なんだこれ。モテ期ってやつか?
予想外の事態にどきまぎしてしまう。
「どこ中? バスケ部だったの?」
「もしかしてキャプテンだったとか?」
「一応、主将だったけど……」
「やっぱり!」
「めちゃくちゃ上手いってことじゃん!」
「あはは……」
エースとキャプテンは必ずしもイコールじゃないんだけどウチの場合は伝統的に一番上手い部員=キャプテンと決まっていた。
「なになに~?」
「あたしも聞きたい」
どうしよう、どんどん女子が集まってくる。
バスケでちょっと遊んだだけなのに見事な手のひら返し。
いままでモブ扱いだったオレがイキリ桶川よりも目立っている。
「あの最後のアリウープ? が入った瞬間もぅすっごいドキドキした」
「ダンクは? ダンクもできるの?」
「あ~できるけど」
「やばい!」
「見たい見たい!」
「昼休みに見せてよ。あ、連絡先も交換しよ」
ずいぶん鼻息荒く迫ってくる。
ちょっと怖い。
「なにあれ、ちょっと遠くからゴール入れただけでチヤホヤしてさ。ねぇ悠斗」
「放っておけよ。どうせすぐ冷める」
早乙女たちがこっちを睨んでいる。イキリ桶川は平静を装いながらもイラついた表情でスマホをいじっていた。
ふふん。ざまぁみろ。
「お?」
女子集団の向こうに緋色の姿が垣間見えた。
ピンクの巾着袋を胸に抱きしめて恥ずかしそうにこっちを見てる。
「どうしよう、女の子がいっぱい……」
優しい緋色はいつもなんだか遠慮がちだ。それが裏目に出て自分を抑えてしまうことがある。
でもいまは。
「し、ししし失礼します……!」
覚悟を決めたらしく、女子たちを押しのけて近づいてくる。
「ちょっとなに!?」
「いまウチらが話してるんだけど~」
「わ、わたしは、かかか彼女ですから!」
声がうらがえっている。
『彼女』なんだから周りの目を気にしなくてもいいのに。
でもそんな不器用さがたまらなく可愛い。
くるりと向き直り、ズイッと青い巾着袋を差し出す。
「ひと君! いっ、一緒にご飯食べませんか!? これ、作ってきたの……!」
「えっ」
目の前がチカチカした。
緋色が? オレのために? 手作り弁当?
感動しすぎて言葉もない。
「……だめ、かな?」
巾着袋の向こうからチラっと覗いてくる。
真っ赤に染まった顔のなんて可愛いことか。
「食う食う! もう腹ぺこ! 早く食べたい!」
「良かったぁ。」
ぱぁっと顔が明るくなる。
天使かな。
※
「体育の時間びっくりした! ひと君あんなに上手いんだね。ボールだってあんなに遠くまで」
中庭のベンチに座りなる緋色は興奮気味に叫ぶ。
「ただのまぐれだって」
「バスケ部だったんだね、知らなかった。一年生の体育ではバスケなかったもんね。スリー打ったときのフォームもお手本みたいにきれいだった」
「あんまりおだてるなよ。全然たいしたことないって」
ふしぎだ。
女子たちに囲まれたときは緊張したのに緋色相手だと肩の力が抜ける。
「すごいなぁ……ふふ♪」
「どうしたんだよ。やけに嬉しそうだな」
「分かる? なんでだと思う?」
「全っ然」
にこにこする緋色の笑顔が眩しくて理由までは考えが及ばない。
「うん、あのね……」
周りを確認して耳元に顔を寄せてきた。
甘い吐息とともに告げられたのは、
「ひと君がすごく格好良くみえたの」
あやうく心停止しそうな一言。
「かっこ……え、なに……冗談だろ」
頭の中まっしろ。
「だって本当だもん。最初ひと君がボール投げた瞬間、胸がぎゅうっとなって全身の血が逆流したみたいだった。いまもドキドキ鳴っている。痛くて苦しいのに、熱くて心地いい。こんな気持ち久しぶり」
うるんだ瞳に見つめられると石みたいに身動きとれなくなる。
「みんなスゴイスゴイって大興奮。そんな格好いい人が私の彼氏なんだよ? 嬉しいの当たり前でしょう」
他のだれがなんと言おうがどうでもいい。
緋色が喜んで、こうして笑顔を見せてくれるのなら、それって最高じゃないか。
「そっか……よかったな緋色」
「うん!」
「よし。じゃあ手作り弁当いただきます!」
青い巾着袋を開くと楕円形の弁当箱が現れた。
ゴムバンドを外していざオープン。
「おぉ……!!」
後光で目がくらむ。
圧倒的な存在感を誇るふわふわの卵焼き。そして弁当の定番、唐揚げとウインナーは油ぎってて食欲をそそる。ハムのアスパラ巻きがふたつと黒豆。そしてレタス。うん、栄養のバランスが考えられている。
「すっげぇ! これ全部緋色が作ったのか? 天才じゃん!?」
「ちがうよ、お母さんに手伝ってもらったんだよ」
照れ臭そうに頬を赤らめる緋色だったけど指先に巻いたいくつもの絆創膏を見ると一所懸命に作ってくれたのが分かる。
「手間かかっただろ。材料費払うよ」
「いいよ。自分のついでに作っただけだから。でも今後の参考にしたいから感想ほしいな」
「もちろん。じゃあ早速いただきまーす」
金色の卵焼きにかぶりついた。
やわらかくて甘い……ん、ちょっと甘すぎるかな、でも気にしなければ大丈夫だ。オレ濃い味好きだし。
「どうかな……」
強く頷いてみせる。
「うまいよ」
「ほんと? 良かった。白ダシを入れすぎたんじゃないかと心配だったの」
「いや全然。次は唐揚げもらうな」
ん、ちょっと固いな。揚げすぎたのかな。パサパサする。
でも大丈夫だ。肉は肉だし。
「えーと、口直しにハムのアスパラ巻きを食おっかな」
お!? なんだこの歯ごたえ。しかも青臭い。
まさかアスパラ下茹でしてない?……生?
「ひとつ聞いてもいいか? このアスパラって家庭菜園の?」
「ううん。スーパーで買ってきたものだよ。どうして?」
「いやこっちの話」
あぁそうか。
とれたて新鮮なアスパラならアリなんだけどな……うん、じつに惜しい。
でも全然大丈夫だ。生食で死ぬわけじゃないんだし。いけるいける。
必死すぎるほど自分に言い聞かせながら箸を運んだ。
「おー、この黒豆めちゃくちゃ美味い!」
「お祖母ちゃんから貰ったの。母屋に住んでいるからよくお裾分けしてくれるんだ」
母屋? 母屋ってなに。
もしかして緋色の家ってそれなりのお家?
「あーうまい。まじうまいわ」
舌がマヒしていたので黒豆とレタスで口直しをし、ついでに用意してきた白米をかき込んだ。
「もしかして、おいしくなかった?」
ぽつりと、まるで刃物でも突きつけるような問いかけ。
「え、いや、その」
まずい。
口ごもってはYESと言っているようなものじゃないか。
緋色は感想が欲しいと言った。
この際はっきりと物申した方がいいかもしれない。
でも考えてみろ。
緋色がオレのために時間をかけて作ってくれたんぜ? きれいな指に絆創膏巻いてまで。「おいしくなかった」だなんて、どの口が言えるんだ。
オレは両親が共働きだから時々妹たちに作ってやってるけど、初めて作ったときはそりゃあひどいもんだった。緋色だって同じじゃないか。
ダメだ、ここは優しく……!
「あ!」
緋色が突然叫んだ。
自分の弁当の中身を頬張りながら明後日の方角を見ている。
「アスパラ生だね、唐揚げは焦げちゃってる。お母さんってばー」
「え、お母さん?」
「うん。昨日の夜なに作ろうか考えながらスマホ見ていたら寝坊しちゃったの。だし巻き卵はなんとか作ったんだけど他は机の上にあったものをえいって入れちゃったんだ」
「じゃあ指の絆創膏は?」
「猫に引っかかれちゃったの」
猫とたわむれる緋色はさぞ可愛いだろうなーと意識が飛びかけたけど慌てて現実に戻る。
「恥ずかしいなぁ、お母さん味見しないからちょっと変な味なんだよね。でもお父さんはいつもにこにこしながら食べてるの、お茶漬けで流し込むようにしてね」
……なぜだろう。
会ったこともないお父さんに急に親近感を覚えた。
きっと今までも妻が作るちょっと『アレ』な料理を文句ひとつ言わず食べてきたんだろうな。
優しい。優しいよ。けど自分の首を絞めてないか。
「――緋色。オレたちは味見ちゃんとしような」
「?? うん……」
不思議そうに首を傾げる緋色であった。
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