第7話 モブに特技がないってだれが決めた?
二年A組の教室に入るなりシンと静まり返った。
オレと間宮──いや緋色の方に視線が集中している。
「ど、どうしよ、すごく注目されてる……。やっぱり丈短くしすぎたせいかなぁ」
いえいえ。
恥ずかしそうにスカートの端を引っ張るアナタが可愛すぎるんです。
「うぉおおいっ! 桶川!!」
横から恩田が飛んできてオレを廊下へとさらう。
暑苦しい顔がいつもにも増して暑苦しい。
「あれ間宮だろ? 地味で根暗な間宮だろ? なんであんなに可愛いんだよ、詐欺じゃん。まじ羨ましいぜー!!」
汗ばんだ腕とくさい息、唾まで飛んできてまじぶん殴ってやりたいところだが、今日は我慢してやる。なぜなら。
「ざまぁみろ。オレの彼女かわいいだろ」
といっても三ヶ月限定のお付き合いだが。
「ひと君? どうしたの、大丈夫?」
緋色が心配そうに顔を出している。
恩田がさらに血色ばんだ。
「”ひと君”!? もう名前で呼び合ってんの?」
「うるせぇな、いいだろ別に」
「やぁーめでたい。カップル誕生おめでとー!!」
ピューッと口笛が鳴り響いた。教室内からもパラパラと拍手があがる。
「おめでとー」
「お幸せに―」
「ゆるせーん!」
「絶対に認めないからなー!」
祝福と罵倒の声。
想像以上の騒ぎになってめちゃくちゃ恥ずかしい。
緋色なんて耳まで赤くなって下を向いている。
「お二人のなれそめはー?」
「どっちから告ったんですか?」
「もうキスしたんですか?」
面白半分で囃し立ててくる。
「だーかーら! もうやめろって!」
必死に叫んだときだった。
「へぇ、彼氏できたのか」
一瞬にして空気が変わる。特に女子。そわそわしながら髪や制服を直しはじめる。
説明するまでもない。アイドルの登場だ。
「ひろ、随分と垢抜けたじゃん。見違えた」
にやにやしながら近づいてきたのは桶川悠斗だ。
こいつは緋色じゃなくて『ひろ』呼びなのか。
『ゆーくん』と『ひろ』。いかにも幼なじみって感じの呼び名だ。それだけ体裁を整える必要がないんだと思うとちょっと嫉妬する。
(なんかまた増えてねぇか)
桶川は両手に花……どころか花しょってる!ってレベルで大勢の女子生徒を引き連れている。
化粧の濃いギャル系、大人しそうな優等生系、意識高いモデル系、尻尾振ってそうな犬系、ツンデレそうな猫系、色白うさぎ系、ぽっちゃりマシュマロ系までよりどりみどり。ほんと見境ないな。
「へぇー……おまえが、ね」
いま初めて気づいたとばかりにオレを見下ろす桶川悠斗。
190センチの高みからひとしきり値踏みしたあと「勝ったな」とばかりに鼻で笑う。
「桶川だっけ?──俺と同じ名前の。言っておくけど間宮と付き合うのはやめた方がいいぜ。こいつマジ性格悪いから」
「ゆーくん!」
青ざめる緋色。桶川は口をゆがめて笑ってる。
「間宮もちゃんと教えてやれよ~、これまでの悪事。じゃないと桶川が気の毒じゃないか。一生の傷になるかも知れないぜぇ」
「は? 適当なこと言うんじゃねぇよ」
ムッとして思わず睨みつけてやった。
「こいつはひどいぞ、かわいい顔してえげつないことしてくる。俺以外を異性とも思ってない。どんな成り行きで付き合うことになったか知らねーけど、一ヶ月ももたずに別れるだろうな。で、結局俺のところに戻ってくるんだ。いつもそう。めんどくせーやつ」
……なにこいつ。
イキリ? イキリ桶川? そう呼ぼうかな。
「ねぇ悠斗、こんな子放っておこーよぉ」
早乙女が甘えながらイキリ桶川の腕を引く。派手なメイクにぷんぷん臭う香水。ヤな感じ。
「だな。ま、せいぜい長続きすることを祈ってるぜ」
緋色はなにも言い返せず下を向いている。いまにも涙がこぼれ落ちそう。
(こんな顔をさせたかったんじゃない)
ぎゅっと胸が痛くなった。
「おまえらモブとモブでお似合いかもしれないな」
「まてよ」
イキリが背を向けた刹那、ぐっと肩をつかんだ。
「あ?」
不意打ちによろめくイキリ桶川。
でもオレは力を緩めなかった。
「忠告サンキュー。でも余計なお世話だ。だまってろ」
「は? だれに向かって言ってんだ」
「おまえだよ。桶川悠斗。次にオレの彼女を侮辱するようなら許さない。覚えておけ」
「……!」
すげぇ顔して睨んでくる。
でも全然怖くない。バスケの試合中は威嚇・威圧なんて当たり前だ。
「……ちっ、揃いも揃ってバカなお似合いカップルかよ。きもちわるっ」
捨て台詞を吐いて去っていく。
桶川(イキリ桶川)を取り囲んでいた女子たちから殺意にも似た目線が送られたが、恩田は「よくやった」とばかりに肩を叩いてくれた。
緋色はというと……ちょっぴり怒ってる。
「ひと君ってば無茶するんだから。あんなこと言ってゆーくんの周りの子たちから何されるか分からないのに」
「すまん。無視できなくて」
「もう、早く教室はいろ」
強引に腕を絡めながら耳元にそっと唇を寄せてくる。
「みんな見ているからこんな言い方しかできないけど、本当はすごくすっごく嬉しいんだよ。──ありがと、ひと君」
ふわっと香るシャンプーの匂い。しびれた。
※
三限目は体育の自習だった。
体育館を半分に分けて男女ともバスケをしている。
壁に寄りかかって順番待ちをしていると恩田が隣にやってきた。
「おやおや、今朝盛大に啖呵を切ったモブの桶川くんじゃないか。いつまで順番待ちしているのかね」
「さあ。一生回ってこないかもな」
カーストトップの桶川悠斗にケンカを売ったオレは見事にハブられていた。
まぁ別にいいんだけど。自習だし。
「でもまぁ相手が悪かったよなぁ。よりによってあの桶川だぜ。登録者10万人越えの有名人で校内外に大勢のファンがいる。一方のおまえは同じ名前のモブだ。月並高校ではな」
朝の騒ぎから数時間。
どこで調べたのかオレのスマホにはひっきりなしに迷惑メールが届いている。あまりにうるさいから電源オフにした。
「後悔はしてないけど、さすがにタイミングが悪かったと思ってる。オレはモブだから除け者にされても気にしないけど緋色が心配だよな」
「うむ。おまえも見た目はそこまで悪くないんだけど、いかんせん彼女欲しすぎて空回りする性格が」
「うっせ」
「あと桶川と比べるとどうしても見劣りするって言うか」
「…………」
無言でどついた。
恩田賢介とは同じ中学出身。
オレはバスケ、恩田はラグビーを集中的にやってきた。
面識はあったけどそこまで仲が良かったわけじゃない。恩田がなんでこっちに来たのかはよく分からん。高校の入学式で出くわしてお互いにびっくりしたからオレを追って来たわけでもないだろうし、ま、本人なりの考えがあるのだろう。
「ごめんなさーい」
隣のコートからバスケットボールが転がってきた。
「ひとくーん! 止めてくれてありがとー!」
緋色が手を振っている。
学年共通の紺色のダサい運動着も緋色が着るとサマになるから不思議だ。動き回って暑いのか腕まくりしている。うん、かわいい。百点。
「ひとくーん! だって。ひゅーひゅー❤」
からかう恩田に肘打ちを食らわせからボールを手に立ち上がる。
「あっ負けてんじゃん」
スコアボードに表示された緋色のチームはまだ十点にも満たない。汗だくの緋色と違ってチームメイトのテンションはすこぶる低い。オレのせいかもしれない。
「ひと君投げて、えーいって」
投げる素振りをしながらぴょんぴょんっと跳ねる。でも数センチしか上がれてない。くそかわいい。オレを萌え死にさせる気か。
「待ってろ、いま返すからなー」
――投げて、か。
ダムッ、とボールを弾ませる。
恩田がにやりと笑った。
「ただ投げて返すつもりか? せっかくだから入れてやれよ、桶川」
「入れる? ここから?」
ハーフコート。
この場所からゴールまでは目算で約八メートル。スリーポイントラインからちょっと遠いくらいかな。
「見せつけとけ。モブに特技がないってだれが決めた?」
「……特技ってほどでもないぜ。ほんのちょっと得意なだけだ」
ふたたびボールを弾ませる。
手のひらに伝わってくる心地よい感覚。
庭とは違う床のやわらかさと硬さ。
蘇る、あの熱量。
よし久しぶりにやってみるか。
「──緋色、リバウンド頼むな」
「え?」
深く沈み込んでボールを掲げる。
力まず、膝をやわらかく曲げて、体の力をまっすぐボールに伝えるのが大事だ。
リリース。
「あ、やばっ」
オレの手を離れたボールはあらかじめ決められた軌道を辿るようにゴールに向かっていく。
――――ガンッ! とリングに当たって飛び上がり、そのままネットに吸い込まれた。
ダン、ダン、ダダダダ……
吐き出されたボールは転々と床を転がっていく。
だれも拾いに行かない。
静まり返った体育館内で恩田がぴゅーと口笛を鳴らした。
「スリーポイントシュート成功! さっすが元バスケ部!」
「いや手元が狂った。やっぱブランクがあるとダメだな。それにあのボール……」
「細かいこと気にすんな、ゴールはゴールだろ。でもコートの外だから反則。あとおまえ女子じゃないぞガハハ」
「うっせぇ、分かってるよ」
バカ笑いが響き渡る一方で体育館内は依然として静まり返っている。
あれ、オレはボール投げただけなのに?
「なぁ恩田……、オレなにかやらかした?」
「さぁな? てきとうに投げたボールが八メートル先のゴールにたまたま入っただけだろ? 別に全然ふつうだぞ。深く考えるな。ガハハハ」
日間6位、ありがとうございました。
カクヨム版の「モブの方の桶川君」もたくさん見ていただいてるようで恐縮です…
次話ではちょっとした「ざまぁ」展開を用意してます!