第6話 彼女との初登校!…どちらの美少女さまですか?
待ち合わせは朝7時半。学校の最寄り駅。
ふだん自転車で通学しているオレも今日ばかりは意気揚々と満員電車に乗り込んだ。なんたって彼女との初めての登校なのだ。
(オレとしたことがガキみたいに早起きしてしまったゼ)
昨日はワクワクして寝つけず、夜明け前に覚醒してしまった。
サクラを連れての早朝ランニングで七キロも走り、きちんとシャワーを浴びてもなおこの時間。遠足前の小学生か。
待合室のベンチでミネラルウォーターをぐびり。
駅舎内に差し込む朝日がまぶしい。
もうすぐ待ち合わせ時刻だ。
先ほど反対側のホームに到着した電車から通勤客があふれてくる。
もうすぐ間宮が来るはずだ。
「……ん? なんか騒がしいな」
スーツ姿のサラリーマンも同じ高校の男子たちも心なしか後ろを気にしている様子。
なんだろう。有名人でも乗車していたか?
横を通り過ぎていった男子生徒三人がこんなことを話していた。
「まじやばい、死ぬかと思った」
「あんな子ウチにいたっけ」
「新入生かな。あー、声かける勇気があれば人生変わってたかもしれねぇのに」
一体なんの話だろう。
「──おはよう桶川くん。待たせてごめんね」
間宮の声に慌てて腰を浮かす。
「いや全然待ってな──えええええええ!!??」
「へへ、……どう、かな」
肩口で揺れる髪を恥ずかしそうに撫でる間宮。
そう、髪を切っているのだ。
腰に届くほど長くてやや野暮ったい印象があったが、短くなった分シャープな顎の形を引き立たせている。前髪は眉にかかるくらい。ヘアカラーも入っているらしく朝日に溶けるようなやわらかい栗色のお陰で印象がぐっと明るくなった。
さっき男子生徒たちがウワサしていたのってもしかして……。
「いや、めちゃくちゃ似合っているけど……眼鏡は?」
トレードマークである黒縁の眼鏡もない。
ゆえに円らな瞳がダイレクトアタックだ。
「ほら昨日割れちゃったでしょう、せっかくだからコンタクトにしたんだ。でも目に入れるのすごく怖くて泣いちゃった」
なんということだ。
めちゃくそカワイイ。床をごろごろ転がりまわりたいくらいカワイイ。
女神か? 聖女か?
「どうかな。やっぱり変……かなぁ」
「そんなことあろうはずがございません! 最高です!!」
日本語崩壊。
気のせいかもしれないがスカート丈も短くなっている。肉厚な太ももがなんとも眩しい。眼福。
「ふふ、ありがと。そんなに喜んでもらえるなんて頑張ったかいがあった♪」
やはりオレの目に狂いはなかった。
間宮は学校一の美少女。間違いない。
「じゃ、行こっか。なんだかジロジロ見られている気がするから」
「お、おお」
並んで歩き出すオレたちはカップルそのもの。
さて……オレの心臓、学校までもつかな。
※
「なんだかすれ違う人たちから見られている気がする。どこか変かなぁ」
「んなことない。気のせい」
視線を感じるのはアナタが可愛いからです。とは言えない。
「でも急にイメチェンなんてどうしたんだよ? 長くてきれいな髪だったのに」
「理由?──桶川くんだよ」
「オレのせい? もしかして変なこと言った?」
「ううん。桶川くんは地味で目立たない私を助けてくれたでしょう。だから『彼女』としてなにができるか考えたの。長い髪の毛はまとめやすいし眼鏡は楽だったけど、いつまでもズボラなままじゃいけないと思ったんだ。お付き合いしてるんだもん、ちょっとくらい背伸びする方が楽しいよね」
じわじわとこみ上げてくるものがある。
オレが間宮を変えた。オレが。
「それでね、桶川くん…………だいじょうぶ?」
「ごめん。幸せすぎて意識飛びかけてた」
「大げさだよ。それで昨日メールした件なんだけど、私、”ひと君”って呼んでもいい?」
「ひと君?」
「うん。”ゆうと”だと幼なじみのゆーくんのことをイメージしちゃうし”桶川くん”だと他人行儀でしょう。だからふたりの名前で違う部分、名前の最後の”と”をひらがな読みしたらどうかなって思ったの。ひと君。なんだか可愛いでしょう? あ、私のことは好きに呼んでいいよ」
「ひと君」だなんて。
言われてみればこの世でいちばん尊い響きじゃないか。
「じゃあオレは――」
呼び捨てにしたい。でも性急すぎるかな。
”緋色ちゃん”とか”ひーちゃん”とかも可愛いよな。
どれにしよう、悩ましい。
「ひ……ひ、ひい……」
”緋色ちゃん””ひーちゃん””ひろちゃん”
昨日あんなに悩んだのに、いろんな呼び名が頭の中を駆け巡った。決められない。
――そのときだ。後方から突進してくるチャリが目に入った。
「緋色! こっち!」
とっさに肩を抱いて引き寄せる。ばさっとカバンが転がった。
すぐ近くをチャリが猛スピードで駆けていく。
「ったく細い道なのに危ないな。大丈夫だ……うわぁっ」
気づいてしまった。
彼女の細い肩に添えられたオレの手に。
オレの手、左手、間宮の肩をがっつり抱いている。
「ごめん! あのチャリが猛スピードで来たから」
「う、ううん、私こそ全然気づかなくて」
うぐぐ、いつまで間宮の肩を抱いてるんだ。
早くこの手をどけろ、どけるんだ、オレ。
(だが指が動かん……!)
もし知り合いが見たら大変恥ずかしいことになると分かってても振りほどけない。
「──ひと君」
間宮はオレの腕の中で縮こまっていたが、上目遣いでこちらを見つめてきた。心なしか頬が赤い。
「助けてくれてありがとう。緋色って呼んでくれてうれしいな……」
春の日差しのような笑顔。
あぁもう! オレの彼女さいこーだよ!!!
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