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第4話 3ヶ月だけ付き合いませんか?

「間宮先輩、オケガワユウトの幼なじみって聞いたんですけどぉ」

「付き合ってないんですよね、もちろん」


 イヤな予感は的中。


 階段の踊り場で間宮が女子数人に取り囲まれていた。


 派手なメイクの生徒たち、たぶん新一年生だ。一年の間で学内ファンクラブが立ち上がったって話だからメンバーかも。


「ユウトに付きまとうのやめてもらえません?」

「迷惑してるみたいですよ。彼女の早乙女先輩も困るって言ってましたぁ」

「いまここで宣言してもらっていいですか、動画とっとくんで」


 おいおい脅迫かよ。

 動画までとって悪質だな。


「わ、私はべつに……」


 間宮は怯えて縮こまっている。


「あーもー! ハッキリ言ったらどうなの!?」


 苛立ったひとりが肩を押した。


「あっ!」


 壁にたたきつけられた衝撃で眼鏡が落ちる。女子たちはゲラゲラと笑いだした。


「みぃやりすぎ~」

「だってイラッとすんだもん」

「どうせならヤバい動画とっちゃう~?」


 まずい。


 オレはとっさに息を吸い込んだ。


「先生! こっちでケンカしてます!」


「やばっ!!」

「逃げよ」


 一目散に逃げていく。

 去り際メンバーのひとりがこっちを睨んでいった。美人なのにすげぇ形相。


「大丈夫か!」


 階段を駆け下りる。間宮はうずくまって肩を押さえていた。


「痛いのか? 保健室行くか?」


「ううん平気。ちょっと心臓ばくばくしちゃって……。助けてくれてありがとう」


 弱々しい笑顔。

 オレを心配させまいと。


(寄ってたかって弱い者いじめかよ。許せねぇ)


 拾い上げた眼鏡のレンズには深いヒビが入っている。まるで間宮の心だ。


「いまあったこと先生に言おうぜ。あいつらを見つけ出して謝罪と眼鏡の修理代金払わせるんだ」


「……だめだよ、証拠がないもん。私が勝手に落としたと思われる」


「オレが証人になる」


「それでも難しいと思う」


「だったらせめて元凶の桶川に文句言う権利はあるだろ」


 間宮は一層悲しそうに首を振った。


「早乙女さんが許さないよ。ゆーく……あの人は私のことなんて気にもかけないだろうし」


 でも、もし今後同じようなことが起きたらケガをするかも知れない。恥ずかしい動画を撮られて脅されるかも。


 それでも間宮はひとりで抱え込む。


(どうやったら守れるだろう)


 頭をフル回転させた。


 要は、間宮と桶川悠斗が無関係だと分かればいいんだよな。


 だとしたら──、確実な方法がある。


「間宮」


 ゴクリと唾を呑んだ。


「オレと付き合ってもらえないか」


「え……?」


 ぱちくりと目を瞬かせる。


「でも私、桶川くんのことあんまり知らないし」


「うん、だから『フリ』だよ。本気の交際じゃない。いま新一年が入ってオケガワユウト熱が加熱してるだろ。ほとぼりが冷めるまでの、そう、三ヶ月くらい。オレと付き合ってることにすれば間宮が矢面に立たされることないと思うんだ」


 これしかない、と思った。


 幸か不幸かオレは間宮に告ったことになってる。オッケーをもらったことにして三ヶ月後テキトーな理由をつけて別れれば表向きはバッチリ……なはず。


 あとは間宮が受けるかどうかだけど。


「──どうして?」


「うん? なにが?」


「どうして私なんかのために? 私は暗くて地味で、楽しいお喋りも可愛いお洒落もできない。自分でも分かってるよ。こんな人間と付き合っても桶川くんには何もメリットないのに」


 理由?

 理由かぁ。


 よく考えればこんな提案バカげているよな。


 間宮にとってはほとんど話したことのない同級生と『フリ』とは言え三ヶ月も付き合うんだから。


「どうしてって訊かれると、それは……その……」


 ポリポリと頬をかいた。


「たぶん間宮は覚えてないと思うけど──」




 入学式より前、オレと間宮は顔を合わせていた。


 合格発表の日だ。

 夕方、ひとりで掲示板を見に行ったら先客がいた。間宮だ。


 『どうしよどうしよ』ってキョロキョロして、ずいぶん困っている様子だった。


『どうしました?』


 思いきって声をかけた。

 涙でにじんだきれいな目がオレの心をとらえた。


『あの、のの、番号、見つからなくて』


 どぎまぎ。


『見ようか。何番?』


『1193。いいきみ』


『なんじゃその語呂合わせ』


『覚えやすいかなぁと思って』


 肩を並べて掲示板を見上げる。119311931193……あれ、ない。っていうかオレの番号も。


『ど、どうですか?』


『ごめん。見つからない──自分のもないし』


『そんな……ゆーくんと同じ高校入りたくて死に物狂いで頑張ったのに』


 この世の終わりのように涙ぐむ彼女を気の毒に思い、もう一度掲示板を見た。ふと、違和感に気づく。


『ん? 2000番台から始まってる……これ普通科じゃなくて商業科だ! 普通科は隣。1193は──あ、あるぞ。オレの番号も』


『ホント!? やったー!! あなたもおめでとう! 四月から同級生だね』


 子どもみたいにはしゃいで飛び跳ねる彼女がすごく可愛かったんだ。


『おめでとうさん。同じクラスと決まったわけじゃないけどな』


『いいのいいの、本当にありがとう。私ゆーくんに電話してくるね。──あ、そのまえに』


 手を差し出された。


『私、間宮緋色。春がくるのが楽しみだね』




「──ってわけ。覚えてないよな」


 思い出したら恥ずかしくなってきた。


 同じクラスになってめちゃくちゃ嬉しかったのに、結局話しかけそびれてここまで来てしまった。


 相当こじらせてたな。


 そう、遠くで見ているしかなかったんだ。いままではずっと。


「ということだから、オレにとってはメリットしかないわけ。三ヶ月だけでも彼女がいれば自慢にもなるし」


 地味? んなもん関係ない。


 間宮はどこからどう見ても美少女。スタイルも抜群。そのうえ性格もいい。係が消し忘れてた黒板を率先して消したり、だれに褒められるでもなく廊下に落ちていたゴミを拾ったり、友だちに宿題を見せていたり、文化祭でも実行委員を務めていたり。全部が好きなんだ。


「……ありがとう。そんなに想ってくれていたのに気づけなくてごめんね」


 瞳か揺れている。

 うつむいて一生懸命に言葉を探している。


 オレは待った。

 五分でも十分でも、いくらでも待つつもりだった。


(まぁ普通に考えればナシだよな。我ながらバカな提案しちまった)


「桶川くん」


 名前を呼ばれて顔を上げると。

 笑っていた。


「ありがとう。お言葉に甘えて、三ヶ月間、よろしくお願いします」


 手を差し出された。

 合格発表のあの時みたいに。


 実はあのときは照れくさくて手を後ろに隠してしまったのだ。


 でもいまは。


「……うん。こちらこそよろしく」


 がっちりと握手を交わした。


 間宮の手は白くて柔らかくて、いい匂いまでしてくる。最高だ。

第4話。三ヶ月限定の交際成立です。

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