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第33話 約束の花火大会【最終話】

【あらすじ】佑人と緋色。いよいよ3ヶ月にわたるお試し交際終了のとき──!

クライマックスです。特に事件は起きませんのでのんびりどうぞ。

 そして──運命の花火大会の日がやってきた。


 最寄り駅の改札を出るとどこからともなく人が集まってきて、みんな同じ方向へ歩いていく。

 予想していたけどすごい人出だ。


 ピロリン、とスマホが鳴る。


『ひと君、券売機の前で待ってるよ』


 視線を上げて券売機の方を見ると、ひときわ目を惹く鮮やかな紫の浴衣が見えた。


 もしかして。

 人の波の隙間を縫って慌てて駆け寄ると向こうもすぐ気づいた。


「良かった。すごい人だから見つからなかったらどうしようと思ってた」


 おなじみの笑顔を浮かべる緋色は別人みたいに艶っぽかった。


 いつも肩に流している髪は後頭部でまとめにし、ラメ入りの赤い櫛で器用に留めてある。浴衣は深い紫で、白い花が控えめに咲き誇っている。そこまで派手じゃないんだけど露わになった白い首筋をより引き立てている。


 言葉を失うって、こういうことか。


「どう……かな。変じゃない?」


 無言で凝視していたせいで不安がらせてしまった。


「ぜんぜんまったくそんなことない! めちゃくちゃ可愛いです!!」


「……ふふ、ありがと」


 笑う唇はツヤツヤの桃色。

 首を傾げるとイヤリングが小さく揺れた。


「じゃあ……行こっか」


 緋色の方から手を伸ばしてきた。優しく包み込んで指を絡める。

 ふんわり甘い匂いが漂ってきた。なんだか夢の中にいるみたいだ。


「急ご。いい場所とらないとね」


「そうだな」


 下駄を履いているせいか緋色は歩くテンポがいつもと違ってぎこちない。

 だから出来るだけゆっくり歩く。


 目が合うと言葉もなく笑いあう。

 それだけで胸がいっぱいだった。



   ※



 会場へ続く路地は大混雑していた。

 左右に屋台が軒を連ね、ただでさえ狭い路地がさらに狭まる。そんな中を大勢の人間が進むのだ。

 必然的に緋色との距離も近くなり、しっかり手をつないでないとはぐれてしまいそうだ。


「すごく賑やかだね~」


「ここらへんじゃ一番大きな祭りだからな。緋色なにか屋台で食べたいものあったら言えよ。場所とってからだとマジで分からなくなるから」


「経験ありそうな口ぶりだね」


「ああ、いつも妹たちに頼まれて焼きそばやたこ焼き買いに行くんだけど、自分では分かっているつもりでも暗いから見失うんだよ。ようやく見つけたときには焼きそばもすっかり冷めててさ」


「でも妹さんたちは怒ったりしないでしょう?」


「まぁな。腹減ってるからそれどころじゃないんだ。すぐ取り合いになる」


 いつもは家族で来ている花火大会。

 今日は両親が気をきかせて反対側の岸に連れ出してくれたから、ばったり出くわす可能性もなくなったわけだ。二人きりの時間を満喫できる。


「話聞いてたらお腹空いてきちゃった。焼きそば買わない?」


「よし、一緒に並ぼうぜ」


 なんてことない話をしながら二人で過ごすこの時間がたまらなく愛しい。


 焼きそばの列に並んでいると緋色がくいくいと袖を引いてきた。


「小石崎くんだよ。背が高いから目立つね」


「マジだ。……あ、隣にいる女の子って」


「噂の彼女さんだね。かわいい」


 長身の小石崎に比べてかなり身長差があるけど、二人の笑い方はそっくりだ。

 友だちからって話だったけど交際に至る日もそう遠くないとみた。


「幸せそうだね。私たちも周りからはああいう風に見えるのかな」


「なんだよいきなり?」


「だって去年の花火大会はひとりぼっちで過ごしたから。ゆーくんが……ううん、桶川君が『来たければ来ていい』っていうから浮かれて出てきたんだけど、早乙女さんの他にいっぱい女の子連れてて……それで、途中ではぐれちゃって、メールや電話したけど反応もなくて。せっかく来たんだからと思って一人で花火見ていたけど周りで歓声が上がる度にさみしくなって……途中で帰ることにしたの。駅までの道歩いてて、ドン、ドンって後ろで花火の打ちあがる音がする度に胸が詰まって……へへ、私なんでここにいるんだろうって笑っちゃった」


 屋台の灯りにきらっと光る涙。

 胸をかれる思いがした。


「なんかごめんね、すぐネガティブなこと言い出して。私の悪い癖」


 笑ってごまかそうとする。

 いつだってそうだ。自分の本心をなんでもないふうに偽る。


 屋上のときだって。



 ──『ありがと』

 ──『ちょっと勘違いがあったみたいだけど、あなたの気持ち痛いくらい伝わってきた。心配してくれてありがとう、桶川くん』



「緋色」


 つないだ手にそっと力を込める。


「緋色はここにいていいんだからな。つか、ここにいてくれなくちゃ困る。これから先もずっと傍にいて欲しい」


 バァン、と花火が一発打ちあがった。

 まだ時間が早い。試し打ちかな。


 わぁっと歓声が上がる中で緋色の目はオレを見ている。

 驚いたような戸惑ったような瞳の中にオレが映ってる。


「──……うん。私もそう思ってたとこ」




   ※



 焼きそばとたこ焼きと綿あめを購入し、座る場所を探してウロウロと歩き回った。

 どこもかしこも人でいっぱいだ。


「いたっ……」


 ふいに緋色がよろめいた。


「どうした大丈夫か?」


「慣れない下駄履いてるから指の間がちょっと痛くて。でも平気だよ」


 またそうやって無理をしようとする。


「よかったら掴まれよ」


 肘を突き出すと「え、でも」と口ごもった。


「本当なら背負ってやりたいけど焼きそばとかあるし。寄りかかれば少し楽になるだろ。だから」


「じゃあ……お言葉に甘えて」


 ぐっと差し出した肘に緋色の手が添えられる。


 くぅー! もうこれどこからどう見てもカップルじゃないか。



 しばらく歩き回って小さな公園にたどり着いた。

 周囲をぐるっと囲う木々で花火が遮られるせいか誰もいない。二人だけだ。


「ここにするか。ロケーションはあんまり良くないけどベンチがあるから休めるし、木の間から切れ切れに花火も見える」


「うん、そうしよ。もうお腹ペコぺだね」


 冷めかけた焼きそばやたこ焼きも緋色と一緒になら最高に美味い。


 あっという間に食べきってしまい、木々の間で咲き誇る花火を眺めることにした。

 ドン、パァン、と大きな音が響き渡り、空には大輪の花が咲く。ちょっと見切れているのは残念だけど緋色は目をきらきらさせて見つめてて、そんな緋色を見ているオレも幸せだ。


「ひと君」


 ベンチの上で手が重なってきた。

 暖かくてやわらかい手。触れているだけで心まで温まる。


「三ヶ月間、本当にありがとう」


「どういたしまして」


「毎日が夢みたいに幸せだったよ。デートも、テスト勉強も、部活も、大会も、お家に遊びに行ったときも。幸せすぎて怖くなったくらい」


 パッと空が明るくなった瞬間、緋色の頬に一筋の涙が見えた。

 肩が震えている。


「なんで泣いて……?」


「あんまり幸せだったから花火大会が終わったら全部元に戻るのかもしれないと思って怖かったの。ひと君がいない毎日なんて寂しすぎて死んじゃう」


 大げさだなって笑いたかったけど緋色の目から絶えず流れ出る涙を見ていると、これからもずっと守り続けたいって決意が強くなる。


「心配しなくても一人になんかしない。ずっと側にいる」


 こんな歯の浮くようなセリフ、花火大会の魔法がなくちゃ言えなかっただろうな。


「ほんとに?」


「うん」


「次の三ヶ月後も、半年後も、一年後も……?」


「うん。五年後も十年後も、なんなら百年後も」


「シワシワのおばあちゃんになっちゃうよ?」


「そんときはオレもヨレヨレのじいちゃんになってるから、お互い様だろ」


「ふふ、がんばって長生きしようね」



 花火大会もクライマックス。

 これでもかとばかり花火が上がる。


 オレに寄り添っていた緋色とぱちっと目が合った。


 いまだ。

 ごくっと唾を呑む。



「――まみや、ひいろさん」



 なんか分からんけど立ち上がった。

 緋色もそれにあわせてゆっくり腰を浮かせる。


「はい。桶川佑人くん」


 両手を前で重ねて礼儀正しく佇む緋色。

 目の前がぐるんぐるんする。今にも倒れそうだ。あぁオレの体。もうちょっとだけ踏ん張ってくれ。


 ええい、もういっちまえ!




「間宮緋色さん、好きです。――大好きです! オレと付き合ってください!!」




 思いっきり頭を下げた。



 パンパンパンパンパン、立て続けに花火があがる。



(とうとう言ったぞ。いいよな……大丈夫だよな? ここまできてNGなんてないよな)



 そう信じたいのにやけに沈黙が長引く。


(なんで迷ってるんだ? オレじゃダメなのか?)


 不安と緊張でぼたっと汗がしたたり落ちる。


 永遠のような時間の中で緋色がすぅと息を吸い込んだ。



「私、────決めたよ」



「え? 決めたって、なに……」


 視線を上げた刹那、緋色の顔が間近に迫ってきた。

 あっと思う間もなく唇にやわらかいものが重なる。




 おれたちいまキス……してる?



「ふふっ」


 緋色は照れくさそうに唇に触れた。


「ひと君の方から告白してもらったからキスは私からしようって決めてたの」


 なにそのワケ分かんない理屈……と思いながらもあっという間すぎてキスの実感がまるでない。


「ごめんね、びっくりさせちゃって。ひと君背高いから口と口がちゃんと合うようにシミュレーションしたんだよ。うまくいって良かった」


 いつぞやの「練習」の成果があのキスだったのか。


 え、でもさ。

 全然足りないんだけど。

 不意打ちのキスじゃ満たされないんだけど。


「……緋色、確認する。告白の返事はOKってことでいいんだよな?」


「え? うん。そうだよ」


「じゃあオレたちは晴れて恋人同士になったんだよな」


「う……うん。どうしたの、怒ってる?」


「正直に言うぞ。もっとキスしたい」



 ドーン! 最後の華が夜空に咲き誇った。



 緋色は呆然と目を瞬かせたあと、こえきれないように笑い出した。

 オレの大好きな笑顔で。


「じつは私も同じ気持ちだったの。位置合わせに必死だったからキスした感じが全然しなくて。……もう一回してもいい?」


「いいよ、何度でも。オレが少し屈めばやりやすくなるだろう。こんぐらいでいいか?」


「うん!」


 広げた腕の中に緋色がとととっと飛び込んでくる。

 オレの胸に顔をうずめて幸せそうに呟いた。


「────大好きだよ、()()


 まさかの名前呼び。

 抱きしめる腕に力が入ってしまう。


「ひいろ、もちろんオレも大好きだ」


 首の後ろに手をくぐらせて優しく抱き寄せた。なんか繊細なものを扱うみたいで緊張する。

 口の位置をしっかり確認してから、目を閉じて、二回目のキス。

 今度はさっきより長く……。


 もうだれにも遠慮なんかしない。

 花火大会は終わったけど、オレたちの関係はまた新たに始まったばかり。


 地味系美少女の間宮緋色と「~じゃない方」のモブのオレ、桶川佑人。

 今日からほんものの恋人になったんだ。






「ねぇ、佑人にお願いしたいことがあるんだけど……言ってもいい?」


 三回目のキスのあと緋色が控えめに聞いてきた。なんだろ改まって。


「うん。その……もう一回だけ『おかわり』してほしいなって。──――だめ?」


 悪戯っぽく舌を出す緋色は何十回でもキスしたくなるほど可愛いのだった。




 おわり。

長らくのお付き合いありがとうございました。完結記念に星評価や読み返しのためのブクマなどお願いします。大変励みになります。


もしお時間があれば本作のリメイク元(「モブの方の桶川君~じつはスゴいんです~」カクヨム版)や著者の別ラブコメ(「美少女モデルに一目ぼれされたけど目立ちたくないから放っておいて欲しい」なろう版)なども覗いてみてください。


それではまた次のラブコメ作品(鋭意執筆中)でお逢いしましょう。またね♪

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