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第3話 間宮緋色と桶川悠斗の関係

 翌日も廊下で桶川アイドル待ちの渋滞が起きていた。


「ユウトこっち見てー」

「おねがい~!」


 動画をとろうと伸ばされる腕。

 教室で友人と話していたユウトこと桶川悠斗が軽く手を振ると「ぎゃあああ!」と地響きのような絶叫が轟く。シャッターが止まらない。何百連写してんだ。


(……通れねぇ)


 トイレから戻ってきたオレは自分の教室に戻れず困っていた。


「あの~、通りたいんですけど」


 ささやかな訴えは桶川のスマイル&大歓声の前にかき消される。


 桶川目当ての女子たちにとってオレは存在を忘れられた消火器みたいなもの。

 睨みつけるだけならまだマシで、肘でどついたり蹴りをいれたり、容赦なく足を踏みつけてくる。

 騒ぎをききつけた他のクラスの生徒たちも集まってきて、狭い廊下はすし詰め状態。密だ。


「きゃっ!」


 隣にいた女子が集団に押されてよろめいた。


「おっと」


 とっさに肩を支えてやり、ことなきを得る。

 状況を理解した彼女はびっくりしように顔を上げた。ばちっと目が合う。


 おお。恋って言うのはこういう何気ない瞬間から始まることも────


「ちょっといつまで触ってんの、きもいっ!」


 ────あるはずなかった。露骨に拒否られた。


 うう、いまの一撃でMP(精神力)ごりっと削られた。

 もうやだ帰りたい。



「……あ、ど、どうしよう。こんなに人がいる」


 ふと気づくと隣に間宮が立っていた。

 たくさんの書類を抱え、立ちふさがる集団を前に戸惑っている。重そうだ。


「だいじょうぶか? 少し持つか?」


 見かねて手を出すと、


「大丈夫、私が頼まれたことだから。ありがとう桶川くん」


 にこりと微笑んだ。


 どきっと胸が鳴る。


 間宮は美少女というだけでなく、副学級委員長としてクラスの面倒ごとを引き受けている。態度も言葉遣いも性格もいい。満点だ。


 そんな彼女をいつからか自然と目で追うようになっていた。オレはたぶん間宮のことを相当意識してるんだと思う。


 昨日晴れて『友だち』に昇格したけど、正直どんなふうに接すればいいのか分からない。間宮も特に連絡してこなかったし、表面上の付き合いは変わらない。


 だがいまは。


「よし」


 『友だち』のために一肌脱ぐか。


「悪いけどちょっと通してやって、悪い、ごめんな」


 集団をかき分けて間宮のための道をつくる。


「ちょっとなに!!?」

「やだっ押さないでよ」

「ユウトが見えない~」


 案の定、矢のごとくクレームが飛んできた。

 無視無視。ここはオレたちの教室で、不当に塞がれて困っているんだから。


 ぶーぶー文句を言われながらもなんとか教室内にたどり着いた。


「ありがとう桶川くん」


「どういたしまして」


 ぺこっと軽く頭を下げて桶川悠斗の元に駆けていく。


「ゆーくん……じゃなかった桶川君これ配っておいてって先生が」


 にこやかスマイルで被写体になっていた桶川は無視。絶対に聞こえているはずなのに。

 かわりに取り巻きの女子たちが振り返った。


「ちょっと、なんでわざわざ悠斗に言うわけ? 自分から率先して配っておいてよ副委員長なんだから」

「ほんと気ぃきかないよね。幼なじみだからって馴れ馴れしいし」


「……ごめんなさい」


 いや桶川悠斗は委員長だろが。

 なんで副委員長の間宮が全部やらなくちゃいけないんだよ。


 間宮と桶川は幼なじみ。小中高と同じクラスで、お互いの家を行き来するほどの関係だったらしい。


 でも付き合ってはいない。


 桶川には本命とされる読者モデルの彼女・早乙女のほかに片手では足りないほどの彼女がいて、公認で日替わりでデートしているらしい。


 日替わりにもなれない女子たちにとって『幼なじみ』の間宮は非常に気にくわない存在のようだ。



(昨日のプリント……いや、嫌がらせの手紙)



 悠斗に近づくな

 ブス

 ●ね

 消えろ



 今時あんな子どもっぽい手紙を書くやつがいるんだって信じられない思いがした。


 でもたぶん初めてじゃない。

 間宮は自分に向けられる理不尽な暴言に耐えてきたんだ。ひとりで。


 遠巻きに桶川を見て。

 副委員長として率先して雑用を引き受けて。

 でもいつもどこか淋しげで。


 オレならこんな顔させないのに。


「間宮、手伝うよ」


 間宮は数種類あるプリントを机の上にずらっと並べてセットしていた。

 こういうのは人手が多いほどいい。


「でもいま休憩時間……」


「どうせヒマだし。一人より二人でやった方が早いだろ。これがワンセットでいいのか」


「うん、ありがとう。さっきも」


 恥ずかしそうに髪の毛を払いのける。


「──桶川くんって、やさしいんだね」


(そんな可愛い顔するなよ。反則だろ)


 胸がぎゅっと痛くなる。指先まで拍動が伝わってきた。




「あ、足りない」


 終盤に差し掛かったところで何枚か不足していることに気づいた。


「まじか、どっか余分に入れたところがあるのかな」


「時間ないし、私、先生に貰いに行ってくるよ」


 慌ただしく間宮が走り去った直後、


「やっさしぃ~桶川く~ん」


 太い腕に肩を抱かれた。

 ニヤニヤ笑う大柄の男子生徒。間宮が残していったイイ感じの空気が台無しだ。


「暑い。むさ苦しい。離れろ恩田」


 ぺりっと引き剥がしてホチキスを手に取った。

 恩田賢介おんだけんすけ。同級生でラグビー部で同中出身。ついでに《彼女持ち》。非常に気に食わんヤツだ。


「冷てぇなぁ、俺たち親友だろ」


「知らん。同中出身なだけだ。ヒマなら手伝え、ほらホチキス」


 プリントの束を示すと「人使い荒いなぁ~」と文句を言いつつ太い指でカチカチ留めていく。


「ところで桶川、間宮に告ったんだって?」


「はぁ!!!?」


 プリントを取り落とした。

 恩田の笑顔が更に深くなる。眉毛太っ。


「昨日、屋上で一緒にいたところを見たやつがいるんだよ。ちょっとした噂になってるぞ。肩を抱いて必死になにか叫んでいたみたいだって。告ったんだろ?」


「ちがっ……!」


「そのあと二人で仲良く話してたらしいじゃん。どうなんだ、うまくいったのか?」


 最後のほうだけ小声!

 ムカつく!


「誤解だ。とんっでもない誤解!」


 オレはただ──たしかに死ぬくらいなら付き合ってほしいって言ったけど──間宮のことが心配なのと彼女欲しさに暴走しただけだ。


「ムキになってますます怪しい。間宮が戻ってきたら聞いてみようかな」


「やめろよ、違うって言ってるだろ」


 勘弁してくれ。

 オレと間宮が付き合うわけない──付き合えたらいいけど──、向こうはオレのこと眼中にないだろうし、お互いのこともよく分かってないのに。


「おん? それにしても遅いな間宮」


 恩田の一言で我に返った。

 もうそろそろ戻ってきてもおかしくないのに。


 なんだろう。

 すっげぇヤな予感。


「……オレ、ちょっと探しに行ってくる」


「お? 彼女が心配か?」


「そーゆーんじゃないから。次言ったらぶっ飛ばす」


 大急ぎで廊下に飛び出した。

連載第3話です。

面白そう、続きが気になる~、という方はブクマや★で応援していただけると嬉しいです。

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