第28話 W逆襲(リベンジ)がはじまる
【あらすじ】『黒い閃光』の二つ名を持つバスケの天才、桶川佑人。地区大会の初戦・二回戦を突破し、三回戦に向けて朝練をしているとかつて自分を絶望の底に突き落とした女・鷹野が現れる。「やり直したい」と色仕掛けをしてくるもこれを拒絶。すると鷹野は豹変し、佑人の弱点をついた卑劣なワナを仕掛けてくる──。
「──し、もしもーし……きて、起きてー」
声がする。
肩を揺さぶり、ぺちぺちと頬を叩いてくる。
「起きて。試合はじまってるよー」
試合……?
ああそうだ三回戦……。
「起きないとキスしちゃうよ?」
「それはやめろ!!」
カッと目を見開いた。
「ちっ、起きちゃったか。ざーんねん」
けらけらと笑い声を上げるのは金髪の美少女だ。
「梨衣奈……さん?」
「覚えててくれたんだ。そ、バスケ大好き少女の『りぃな』でーす。どもどもー」
人気動画配信者のりぃな。スポ●チャでたまたま出くわし、桶川佑人の大ファンだと言っていたが……。なぜ、膝枕されているんだろう。
確か三回戦を前に鷹野に会ったんだ。で、体質的に眠くなるハーブティーを飲まされて──。
「っ────試合!!!!」
ガバッと跳ね起きた。
「いま何時ですか!?」
「十時前だよ。さっき3rdはじまったとこ」
「やべぇ行かないと!……あっ、起こしてくれてありがとうございました梨衣奈さん」
「『りぃな』でいいよ。鷹野彩矢は要注意人物だからよく見ててくれって言われてたんだ。こんなトコで寝ているとは思わなくて探すのに時間かかっちゃったけど」
彼女と鷹野の面識はないはずだ。一体だれの指示だろう。
気になるけど、いまは試合が先だ。
「とにかくありがとうございました! このお礼はいつか必ず!」
「ウン楽しみにしてるねー」
「それじゃ!」
急いで部屋を飛び出した。
(鷹野の性格の悪さは知っていたのに……とんでもない失態だ)
甘かった。
まさかオレをワナにかけるために接触してきたなんて……。
りぃなさんは「3rd」って言ってた。どうやら試合自体は成立したらしい。
一年は何人来てくれただろう。いま何点だろう。点差は。勝ってるのか負けてるのか。
緋色……緋色はどうしただろう。
いつまでも現れないオレに失望しただろうか。それとも待ってくれているだろうか。
体育館に近づくにつれて人が増えてくる。なかなか前に進めない。
ふと、こんな会話が聞こえてきた。
「あーあ、かわいそうに。コテンパンじゃん」
「月波は『黒い閃光』頼みの素人集団なんだろ、とーぜんの結果じゃん?」
「星浦も容赦なしでメンタル折りにいってるよな絶対」
「これだけ一方的だと観てて辛いわ。ご愁傷様」
「みんな!」
──ガラッ!!
体育館の扉を開け放った。
一斉に振り向く。
「ひと君……!」
「先輩!」
涙ぐむ緋色や小石崎達。
「ちっ、もう起きちゃったの佑人」
「どうせいまさら遅いさ。ガハハ」
舌打ちする鷹野とその交際相手だという4番。
いまの点は────。
「……っ」
得点板を見て固まった。
月波高校 11-47 星浦高校
3rdはすでに始まっている。
36点。絶望的なまでの差だ。
ちょうどボールがコート外に出た。すかさず顧問がTのジェスチャーを示す。
「タイムアウト・月波!」
一年たちが一斉に駆け寄ってくる。
「先輩」
「来てくれたんですね」
「待ってたんですよ」
信じられないことに七人全員揃ってる。
昨日あんなに不満を漏らしていたのに、オレがいない間も汗だくになって戦っていてくれた。
「……みんなごめん。本当にごめん! オレの脇が甘かったんだ。そこを鷹野に突かれて──」
星浦のベンチでは鷹野が素知らぬ顔して佇んでいる。
目が合うと「自分は関係ない」とばかりに視線をそらした。
叶うのならいますぐ殴りつけてやりたい。
みんなの前で悪事を暴露してやりたい。
でもそれだけじゃ気が済まない。
「──ひと君、」
緋色が歩み寄ってきた。
いつになく険しい顔つき。相当怒っている。
当然だろう、事情を知らない人間からすればオレがうっかり遅刻してきただけに見える。
「ひどいよ、ひと君」
「…………ごめん」
「歯、食いしばって」
おもむろに片手を挙げた。
ビンタされる。
どんな言い訳もいまは無意味だ。
覚悟を決めてぎゅっと目を閉じた。
でも──。
「ものすごく心配したんだから……!!」
背中に手を回され、痛いくらい強く抱きしめられた。
ビンタされるとばかり思ってたオレ。急に肩の力が抜けてしまう。
「先輩、マネージャー試合直前まで先輩を探してたんすよ。他校のやつの目撃証言があったんで会場に来ていたことは分かってたんすけど、姿現さないから何かあったんじゃないかって」
だからこんなに震えているのか。
オレのことを心配して。待ち続けて。
「俺らも先輩は絶対来てくれるはずだからギリギリまでやろうぜって筋肉痛の体にムチ打って頑張ったんすけど……はは、面目ないっす……」
小石崎の瞳がにじみ、こらえきれないように涙があふれてくる。
他の一年たちも同様だ。鼻をすすって悔しさをにじませる。
11点。小石崎たちが奴らからもぎ取った点だ。
47点。小石崎たちが必死に守りきった結果だ。
この努力を無駄にしたくない。
いや、していいはずがない。
鷹野の悪事を訴えるのは後だ。
いまオレにできることは鷹野のバックにいる星浦を完膚なきまでに叩き潰すこと。
──タイムアウト終了の時間だ。
「細野交代だ。オレが出る」
「は、はい」
「あ、ひと君これ持って行って」
緋色が差し出したのは赤いリストバンドだ。片方の内側に「YUTO」と白く刺繡されている。
「遅くなってごめんね。何回も失敗して縫い直してて……。昨日ひと君の中学時代の映像でリストバンドしていたの見て頑張ってみたんだけど、まだ片方しか縫えてなくて。でもいまだけ持っててくれる?」
汗噴きリストバンドは「汗を拭く」ためにある。
正直、昨日の2試合ではオレには必要なかった。
でもいまから本気を出すオレには必要なものだ。
両腕に嵌めるとしっくりきた。
カチッとスイッチが入った感じだ。
「ありがとう。行ってくる」
「行ってらっしゃい。信じて待ってるから」
ぎゅっと軽く抱き合った。
いざコートに入る。
島田のスローインからスタートだ。
「小石崎」
「うす」
「オレいま寝起き&腹が立っててすげぇ機嫌が悪いんだ。先輩らしくない言葉遣いや態度とるかもしれないけど許せよ」
「それはいいっすけど、さすがの先輩でもこの点差じゃ……」
「おまえフルマラソンあと二本くらい走れるよな?」
「えっ……?」
「悪ぃけど待っててやる余裕ない。這いつくばってでもついてこい」
スローイン。
星浦の4番がオレのマークについた。この前緋色に絡んできた野郎だ。
「よぉ、気持ちよく寝られたか。見せてやりたかったなぁ、おれたちが点を入れる度に月波のマネージャーは顔を覆ってさ、一年は悔しそうに下を向くんだ。グハハ、最高に気持ち良かったぜぇ」
ヒゲの濃い顔でニヤニヤ笑ってる。
「鷹野もいい女だけど金遣いが荒くてよ。そっちのマネージャーは大人しくて扱いやすそうだよな。あれ絶対に処…………あ゛っ?」
──ザシュッ。
オレのレイアップシュートがネットを揺らした。
「はっ!? いつの間に……」
星浦のキャプテンはオレがいなくなっていたことに気づいて慌てふためく。
とはいえまだ余裕の表情だ。
「ただの偶然だろ、ちょっと目を離しただけで……」
──シュバッ。
オレのスリーが決まり、さらに三点返した。
「う、うそだ。なにかの間違いだ」
慎重にマークしてもいつの間にか視界から消えて得点に加わっている。
──ザンッ。
またしても得点。
「ふ、ふざけるな……!」
シュート体勢に入ったオレの前で慌てて飛び上がる。
まったく。学習能力ねぇのか。
「遅すぎて反吐が出るんだよ、クソ野郎」
後方にジャンプしてのフェイドアウェイシュート。
ザビュッ! と軽やかにネットが揺れる。
「まじ……か」
呆然と座り込むキャプテン。
おまえが打ちのめしてきた緋色や一年の想いが分かったか。いや、まだ全然足りない。
「さっさと立てよ、星浦のキャプテンさん」
やさしく手を差し伸べたのに相手の顔が恐怖に染まった。
「もう二度とこんなふざけたことしないように『黒い閃光』を怒らせたことたっぷり後悔させてやるよ」
※
【※鷹野目線です】
(なによ、なによ、なんなのよ。こんなの聞いてない。あんな目……初めて見る)
ベンチにいた鷹野彩矢はじりじりと後ずさった。
元々の計画ではトリプルスコアで星浦が圧勝するはずだったのに、思いのほか一年たちが粘り、しかも眠らせたはずの『黒い閃光』が戻ってきてしまった。アクセル全開で。
これは明らかに分が悪い。自分の悪事をバラされる前に逃げた方がいい。
でないとまた処罰されてしまう──。
トイレに行くふりを装って熱気あふれる体育館を離れた。
この後はどうしよう。そうだ、教師を味方につけよう。いつものよう誘惑して──。
「鷹野彩矢ちゃん。どこにいくのかなぁ?」
どきっ、として振り向いた。
金髪の美少女が満面の笑顔で佇んでいる。
「生理現象? お手洗いは逆だよ。それともみんな闘っているのにひとりだけ逃げる気なのかなぁ?──あははは。クソだね、あんた」
寝起き&ぶち切れ佑人はやや性格変わってますが、逆襲はまだ始まったばかり。なおストーリー上脚色しているので点差などは気にしないでください…(^^;)。
引きつづき応援よろしくお願いします。星評価していただけると作者的には嬉しかったり…。
次回、決着!(予定)




