第27話 鷹野の卑劣なワナ
【あらすじ】かつて『黒い閃光』と呼ばれた天才・桶川佑人は久しぶりの公式戦で初戦を突破。次なる闘いを前に鷹野彩矢が暗躍、緋色に接触する。そうとは知らない佑人と一年は2回戦に臨む!
ビー! 試合終了──!!
ブザーが鳴った直後、月波と日ノ出の選手たちが一斉に倒れ込んだ。まるでフルマラソンを終えたランナーのようにぐったりしている。
「もうダメだ、動けねぇ……」
「足が……腕が……」
40分間の死闘を終えて双方とも疲労困憊。
コートの上で立っているのはオレと小石崎だけ。
「途中倒れるかと思ったっす……」
その体力お化けの小石崎でさえ膝に手をついて肩で息をしている。
(さすがにちょっとハイペースすぎたな)
3rdまでは互いに点を獲り合う泥仕合。
4thはオレを除くみんなほぼ脚が動かなくなっていて、お陰で簡単に点をとることができた。終わってみれば71-55。月波の圧勝だ。
「お疲れさま! みんな大丈夫!?」
ベンチで待ち構えていた緋色はタオルをかけたりスポーツ飲料を渡したりと大忙し。
オレも持ち前の知識で一年たちの疲れきった体をほぐしてやった。
「あんな壮絶な試合だったのに先輩けろっとしてるんすね。やっぱりすげぇ……いててて」
「お喋りは程々にして、ちゃんとストレッチしろよ。明日も試合あるんだから」
「「「明日……」」」
一年たちの顔色が変わった。
「まじ無理かも」
「すさまじく筋肉痛の予感」
「なんでこんなに苦労しなくちゃいけないんだよ……」
悲壮感をにじませてぶつぶつと不満をぶちまける。
とても勝者の顔じゃない。罰ゲームを押しつけられた負け犬の顔だ。
(やっちまった……)
恩田が危惧していたのはこういうことかもしれない。
オレがいることでパワーバランスが崩れ、素人に毛が生えたくらいの一年たちに負担をかけてしまった。
あまりのキツさに退部を考える一年がいるかもしれない。
(オレのせいだ)
ひさしぶりの試合を前に緋色はあんなに喜んでいたのに。
オレはこの場にいるべきじゃない、のかもしれない。
「……ごめんなみんな。明日までだから、それで、終わりだから」
「ひと君……? どうしたの?」
心配そうに寄り添ってくる緋色に「なんでもない」と笑いかける。
うまく笑えたか分からない。
※
──翌日。地区大会2日目。3回戦の朝だ。
「はっ、はっ、は……」
朝六時。だれよりも早く試合会場に到着した。
まだ体育館も開いていないので周囲をジョギングして体と気持ちを整えていく。
今日の結果で月波高校が県大会に進めるかが決まる。
正直いまのメンバーでは上に進むのは難しいだろうけど、どのみち、今日で最後だ。
(オレがやめるって言ったら緋色どんな顔するかな。怒るかな、泣くかな、それとも……うう、考えたくねぇな……)
やめると言っても選手ではなくなるだけだ。一年たちのサポートは続けたい。
でもそれすら拒絶されたら……。
そもそも昨日の今日で何人が来てくれるだろう。
こんなに苦しいなら行かない! と試合をすっぽかし、規定人数に満たなくて棄権なんてことも──。
(ああダメだ。もやもやする)
ジョギングしてても雑念が振り払えない。
あきらめて休憩することにした。
近くにあった水道に近づいてパシャパシャと顔に水を浴びせかける。
はぁ、冷たくて気持ちいい。
「はい、タオル」
「おサンキュー」
「飲み物もどうぞ」
「悪いな。……ん、なんか変な味するような」
渡されたボトルをぐっと飲み干したあと、ハッと我に返る。
(って、この声……)
隣を見ると一番会いたくなかった女がにこやかな笑顔で佇んでいた。
「おはよう佑人。早いのね」
「ぅげっ、鷹野」
性悪女、鷹野彩矢だ。
オレを絶望の底に叩き落とした女。
「いつも試合当日は誰よりも早く会場入りしてたもんね。ここで待ち伏せしてて良かった」
ぎゅっと腕に抱きついてくる。
「ちょ、こら、はなせ!」
「またまた照れちゃってぇ」
ぎゅむっ!
わざとらしく胸を押しつけてくる。ぞっと寒気がした。
「いいからさっさと離れろ!」
「恥ずかしがり屋なんだから~」
拒絶し続けると残念そうに体を離した。
いますぐにでも逃げ出したい気持ちだけど試合があるから逃げるわけにもいかない。できるだけ穏便に(さっさと)済ませたい。
「オマエなんでここにいるんだよ」
「佑人を応援しに来たの」
だれも頼んでねぇよ。
「ついでに母校の試合を観に来たの。星浦にいるって言ったでしょ」
そうだ、星浦高校のバスケ部も地区大会に参戦している。シード枠なのでそこそこ強い。
しかも。
「トーナメント表見た? 今日の三回戦で月波と当たるの。もちろんあたしは佑人個人を応援するけど」
「いや母校を応援しろよ」
星浦のメンバーには先日緋色に絡んできた連中もいる。
あの時はめちゃくちゃ腹立った。
試合の中でなら遠慮なくぶっ飛ばしてやれる。
でもオレ個人の感情で先走って一年たちの負担になるのは避けたい。
そもそも人数が足りるかどうか……。
「ねぇ、昨日の試合観たよ。なんであんなに遠慮してたの? 二試合目だって手加減してたじゃん」
どきっとして鷹野の目を見ると「知ってるんだから」とばかりに微笑んだ。
「まだ全然本気出してないでしょ? アレつけてないじゃん、マジモードのときに使うアレ」
「触るな」
どさくさに紛れて手を握ろうとしてきたのでパッと弾いた。
「つめたいなぁ」
ここまで露骨に拒絶しているのに鷹野はまだ余裕の表情。
底知れぬ怖さがある。
「なぁ、なんでオレに関わってくるんだ」
「好きだから」
「うそつけ。強ければ誰でもいいんだろ」
こんなに心に響かない「好き」があるだろうか。
鷹野を前にすると感情が消えて「無」になってしまう。
「強ければ誰でも?……あ、もしかして全中のとき見ちゃったんだ? あのやりとり」
「ああ。おかげで目が覚めたよ」
朔丘の最上位に位置する『S』のメンバーは勝つことがすべてだった。
負けたら三軍落ち。ボール磨きやモップ掛けからの再スタートだ。慈悲はない。
息苦しい生活の中で鷹野に優しくされて好きになりかけたこともあったが、本性を知ってからは完全に関わりを断った。
同時にバスケとも距離を置いたが、月波高校で緋色に出逢い、バスケ部に入り、小石崎をはじめとする後輩たちもできて今こうして公式戦に出ている。結果オーライだ。
「もうオレに関わらないでくれ。頼むから」
「……ひどい、そんな言い方」
急にうつむいて弱々しい態度になる。
「あたしは佑人のこと好きだったのに……卒業して離れ離れになってからもずっと……ずっと好きだったのに」
ぽろぽろと涙を流しはじめた。
なんだこれ。
なんだこの状況。意味わからん!
困惑していると周囲にちらほらと人影が現れた。
「あ、あれ『黒い閃光』じゃん?」
「うわ、すっげぇ美人と一緒だ」
「でも泣いてる? 修羅場?」
そろそろ選手たちが集まってくる時間だ。
まずい、まるでオレが泣かしてみたいじゃんか。
「ごめんね佑人。ここじゃみんな見てるから場所移そ? 二人きりになれるいいとこ知ってるんだ」
涙を拭いながらもその下では満面の笑顔。
こいつ、ほんとムカつく!
※
「ここだよ」
連れていかれたのは会場内にある小部屋だ。
人が行き来しないような奥まったところにあり、中に入ると何もない。コンクリートむき出しの寒々しい空間だ。
元々倉庫として使われていたが改築構築中のため中身は別の所に移されているらしい。
「話ってなんだよ」
「うん、それはね」
ガチャッ。後ろ手にカギを締められた瞬間イヤな予感がした。
「私たちやり直せないかな」
バカバカしい。
「元から付き合ってないだろ。前提がないのになにを直すんだよ」
「あたしはいまも佑人が好きなの」
「それはどうも。でもオレは緋色のことが好きなんだ」
「あんなパッとしない子のどこがいいの?」
「ぜんぶ」
緋色と出会ってから本物の「好き」が分かったような気がする。
気がつくと目で追いかけて、声も話す言葉もぜんぶ心地よく聴こえて、笑うとこっちまで嬉しくなって、怒っていると不安になる。泣いていたら心がかき乱される。
好きなんだ。心から。
「ふぅん。でも”好き”なんてただの幻想よ。見てなさい」
おもむろに上着のボタンを外しはじめた。
「いっ!?」
上着を脱ぐと薄手のシャツの下にたわわな胸の形がハッキリと見てとれた。
色仕掛け……マジかよ。
「見事なものでしょう? これでも色々苦労しているのよ」
ゆっくりと距離を詰めてきたかと思うとオレの手をそっと掴んだ。
トラップだと分かっているのに目の前がぐるぐるして振り払えない。
「中学のとき本当は触ってみたかったんじゃないの? ここなら誰も見てないよ」
なんとゆー誘惑。
「考え直して。間宮なんかよりあたしの方がいいよ?」
(……緋色)
その一言で我に返った。
行かなくちゃ。緋色のところに。みんなのところに。
オレができる精いっぱいのことで緋色を笑顔にするって、約束したんだ。
「はなせよ!」
ぱしっ、と手をはじいた。
「うそでしょ」
鷹野は目を見開いて驚いている。
そうやって今までいろんな男を陥れてきたんだろう。
「ほんと……さいてー」
驚きはやがて怒りに変わり、ぶるぶると肩が震えはじめ、目つきが一変した。
「佑人つまんない男になったね。バスケやってたころはマジで格好良かったのに。幻滅した」
「結構だ。もう行っていいか? みんな待ってるんだ」
横をすり抜けようとすると「待ちなさいよ」と腕を掴まれた。
鬼のような形相でにらんでくる。
「あのねぇ、こっからが本題なんですけど? なに勝手に話し終わらせてんの、自己中?──まぁどうでもいいんだけど、とりあえず今日の試合負けてくれない?」
「言ってる意味が分かんねぇ」
「あたし星浦のキャプテンと付き合ってるんだ。顔はイマイチだけど親が会社やってて金持ってるからブランド品たくさん買ってくれるの。いずれは社長になるんだって。で、そいつから『黒い閃光』を足止めして欲しいって頼まれたのよ」
もはや呆れて返す言葉もない。
「だって佑人が悪いのよ。こんなに美人なあたしを振るから」
まったく悪びれた様子がない。まるで自分が被害者みたいだ。
「あーあ、朔丘の高等部に進学していれば今ごろマスコミに注目されていたでしょうね。インターハイ・ウィンターカップを優勝に導いた超有望な選手って。あたしは中学時代から支え続けた彼女として有名になって、将来、アメリカのプロチームで活躍する選手の奥さんになるはずだったのに」
言ってることが滅茶苦茶だ。
マスコミ? 注目? プロ選手の奥さん? どこまで自分勝手な妄想してるんだ。
「鷹野、自分がなに言ってるか分かってるのか」
「分かってる。ぜんぶ佑人のせいよ。佑人が月波に行ったせいであたしの将来ビジョンは崩壊。動画配信もしているけど登録者増えないし、面倒くさくなってきたから、無難な社長の奥さんになることにしたわ。だから試合には出ないでほしいの。佑人さえいなければ星浦はたぶん勝てるはずだから」
「いやだって言ったら?」
「だてに同級生していたわけじゃないのよ。力で勝てないことは分かってるわ。そのための対策よ」
「対策?──なに、を」
不意にあくびが出た。
あれ、なんだか無性に眠い。脚から力が抜けていくみたいだ。
しまった、さっき飲まされたのは……。
「フフ、佑人は昔からハーブティー飲むと眠くなっちゃう体質だったでしょう。変わってなくて良かったわ。大丈夫、怪しいものじゃなくてただの市販品だから」
だめだ。
鷹野の声が遠のいていく。
「試合が終わるまでここでおねんねしててね。『黒い閃光』は試合をすっぽかし、一年たちはボコボコに負かされるの。間宮はアンタに失望するでしょうね。あたしを二度も振ったバツよ、ざまぁみなさい」
胸糞展開でしたね。すみません。次回、佑人がぶち切れ覚醒します。
引きつづきいいねや星評価での応援待ってます。作品の弾みになります。




