第26話 鷹野の暗躍&地区大会2回戦
【あらすじ】中学時代『黒い閃光』と呼ばれながら高校ではモブ化していた桶川佑人。地区大会の初戦でなんとか勝利を掴み、午後の2回戦に向けて気持ちを高めている(※緋色とのイチャイチャ)と……。
【※ここから少しだけ緋色目線です】
昼休憩1時間を挟んで午後の試合がはじまる。
試合に遅れては大変、と急いでお手洗いを済ませた緋色はふと洗面台に映る自分の顔がニヤけていることに気づいた。
(私、こんなに明るい表情していたっけ)
高校に入って以降、桶川悠斗のファンに執拗に攻撃され続け、その度にトイレの個室に逃げ込んだ。
だが真面目な性格が災いして授業をサボることができず、予鈴が鳴るといつも暗い気持ちで出てきたものだ。洗面台に映る顔はまるで亡霊のようだった。
それがいまは。
(全部ひと君のお陰だ。ひと君がいたから、こんなに明るくなれた。笑えるようになった。いまも早く駆けつけたくてたまらない)
「2回戦、楽しみだなぁ」
気がつくとそう呟いていた。
一年生たちは初めての試合を終えてぐったりしていたけれど、なぜか不思議と不安はない。
彼がいればきっと勝てる。きっと。いや絶対。
──早く行こう。みんなのところに。
ハンカチで手を拭きながら駆けだそうとすると入れ違いにひとりの女生徒が入ってきた。
思わず「あっ」と叫んでしまう。向こうもそれで気づいたようだ。
「えーっと間宮さんだっけ。こんにちは」
「こ、こんにちは……鷹野さん」
鷹野彩矢。
先日ひと君と親しげに話していた女性だ。中学時代の同級生だという。
「間宮さんも佑人の応援に来たの?」
「一応マネージャーなので」
「ああそうなんだ。二階で試合観ていたのに全然気づかなかった。ごめんね~」
さして悪びれた様子もなく、鏡の前にポーチを置いて化粧をはじめた。
ぱっちりした二重の瞳にシュッとした鼻筋。手足は長く、胸はとびきり大きい。同性から見ても羨ましいほどの美貌とスタイルだ。
ひと君はただの同級生だと言っていたが男の子ならば好きになっても仕方ない。
「鷹野さんはひと君の応援に?」
「そのつもりだったけど、さっきの試合観てがっかりしちゃったー」
ビューラーを使いぐっと睫毛を吊り上げる。
「どういう意味ですか? ひと君のお陰で月波は勝ったんですよ?」
「たかが地区大会の初戦でしょ? 負ける方がどうかしてる。中学時代の佑人ってあんなもんじゃなかったよ」
「黒い……なんとかって呼ばれていた時ですか?」
昼休憩の間も他校の生徒たちが入れ代わり立ち代わりやってきてサインや握手、記念撮影を求めていた。みんな彼と話したくて仕方ないという様子で。
「そう、『黒い閃光』ね。間宮さん知らないの?」
「バスケは高校でマネージャーになってから勉強したんです。対戦する可能性のある同じ地域の強豪校とか選手の研究はしましたけど、中学とか全国レベルのことは全然……」
「ふぅん」
鷹野は勝ち誇ったように髪を撫でる。
ビューラーでぴんと立ち上がった睫毛がなんだか恐ろしい。
「その程度で『彼女』って言えるの?」
「わ、私は──」
「あ、ごめんごめん。彼女じゃなくて仲のいい同級生だったね。じゃあ仕方ないわ」
今度はブランド銘が入ったリップスティックを取り出し、唇に塗りつける。
血のように朱く艶やかだ。
「あたしと佑人がいた朔丘中央学園中等部のバスケ部って全国大会の常連だったんたけど、毎回優勝に手が届かなかったのよ。あるとき校長たちが一念発起して世界的に有名なコーチを招くことにしたの。と同時に全国のミニバスのチームを回って才能ありそうな小学生をスカウトして入学させた。佑人もその一人」
コーチの科す厳しい練習に耐えきれず次々と脱落していく中、最後まで残ったのが佑人を含む数人だけだった。
「部って個々の実力に応じて一軍二軍ってあるじゃない? 朔丘のバスケ部は三軍まであるんだけど一軍の上にはSって呼ばれる特別な階級があるの。地方大会レベルじゃ応援にすら来ない、優勝だけを目的にコーチが鍛え上げた最高の選手たちのこと。佑人はSのひとりで、しかもキャプテンだった。この意味が分かるでしょう?」
仕上げとばかりにアイライナーで目の周りを丁寧に塗りつぶしていく。
「なのに初戦のあれはなに? 最後の一本を除いて自分からは攻撃しないし、動きもとろい、へらへら笑いながら下手くそな一年の面倒をみてばっかり。ほんとイライラした。あんなのあたしが好きになった佑人じゃない」
「好きになったって……鷹野さんはやっぱりひと君のこと──」
「そうよ! 私は──」
緋色と目が合った直後、ふいに黙り込んだ。
なにか面白いことを思いついたらしい。真っ赤な唇をにっと引き上げる。
「でも佑人もきつい練習ばかりで精神的に参っていたこともあったわ。そんな時はあたしが慰めてあげてた。──全中の決勝戦の前こう言ったの。『優勝したら付き合おう』って。佑人は朔丘を優勝に導いたわ。これがどういう意味か……、もちろん、分かるわよね?」
※
ウォーミングアップを終え、まもなく試合開始というところで緋色が戻ってきた。
「緋色、遅いぞ。試合はじまっちまう」
「……ごめんなさい」
表情が暗い。
どうしたんだろう。
「なにかあったのか?」
そっと肩に触れると「あのね」と言いながら目線を上げた。
目が赤い。
泣いてる?
「──だれに泣かされたんだ」
緋色を泣かせるとはけしからん。
ぶっ飛ばす。
「おーい先輩、整列っすよ」
「分かった行くよ」
小石崎に促されて仕方なく踵を返した。
直後、つん、とユニフォームを引かれる。
振り向くとかすかに笑顔を浮かべていた。
「ひと君、私のことは気にしないで。ただの花粉症だから」
「ならいいけど……」
花粉症? 初耳だな。
「ほら行って。みんな待ってるよ。──ここでずっと見てるから、勝ってね。信じてるから」
「ああ任せとけ」
拳と拳をこつんと突き合わせる。
フィスト・バンプ。信頼と友情の証。
本当はぎゅっと抱きしめたいところだけど、それは勝ってからのお楽しみだ。
2回戦 月波高校vs日ノ出明豊高校
相手は前回地区大会四位。三年、二年、一年がバランスよく揃っている。
片や月波高校はオレを入れて八人。昼休憩を挟んだが体力はあまり回復していないはずだ。
この中で使えそうなのは……。
「小石崎。あとどれくらい走れそうだ?」
「フルマラソンくらいならいけるっす」
「おお! 頼もしい!」
体力お化けの小石崎を中心に比較的動けそうなメンバーをスタメンとして集めた。
「いいか、一回戦と同じ戦い方をしたら確実に負ける。そこでスタートダッシュ作戦だ」
「なんすかそれ」
「2ndまでに50点とって後半はひたすら守る。以上だ」
「「「え……」」」
一年たちが固まった。
「相手チームは経験者が多いし控えのメンバーも十分なのに対し、ウチは素人ばかりで控えも少ない。後半になればなるほど足が動かなくなるはずだ。だったら先制攻撃で取れるだけ取ってあとは守りに徹した方がいい。向こうもムキになって点を獲り返してくるだろうがオレがなんとかする。オレの計算ではギリギリ逃げ切れるはずだ」
「もし計算が狂って後半で追いつかれたら?」
「負ける。以上だ」
「厳しいっすね~」
「事実だからな。オフェンスはオレと島田と小石崎が中心に行う。ぶっ倒れてもいいからとにかく点を入れまくれ。ただしファウルには気をつけろよ。控えメンバーが少ないのに退場したら詰む」
「簡単に言うっすけど~」
「ここで頑張ればきっとモテるぜ?」
「やるっす!!」
単・純。
でも勝利への執念はシンプルな方がいい。そうだろ、緋色。
──いざ、試合開始。
「ひと君、みんな、がんばってー!!」
緋色の声援を背に走り出すオレ。
警戒する日ノ出の前でスリーの体勢に入った。
「させるか!」
相手がカットしようとジャンプしたタイミングで後ろ向きにパスした。背後にいた小石崎が見事キャッチする。
「そのまま走れ小石崎!」
「うすっ」
一気にゴールに迫る。
「先輩、頼むっす!」
ぽいっと宙へ放られたボール。
ノーコンか! と思ったけど、体が勝手に反応していた。
空中でボールを掴み、このまま力いっぱいゴールへ叩きつける。アリウープ。
ワァアアア──!!と大歓声が沸いた。
いつの間にか二階の応援席に大勢の観客がいる。おいおい、まだ二回戦だぞ。
「すげぇっす! みんな『黒い閃光』を見に来てるっす!」
「浮かれるのは勝ってからだ。いまので日ノ出の奴らの目つきが変わったの分からないか」
目を見て確信した。
日ノ出は昼休憩のわずかな時間でオレのことを研究し、勝つつもりで挑んでるってことが。
すまん小石崎たち。スタートダッシュ作戦は無しだ。
ここからは壮絶な点取り合戦になる。
オレの計算どおり逃げ切れるか、はたまた追いつかれるか……。
これは少しだけ本気モードにならないとヤバそうだ。
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