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第25話 束の間の…

【あらすじ】中学時代に『黒い閃光』と呼ばれた天才、桶川佑人はいまやモブとなり、地味系美少女・間宮緋色ととに高校生活を満喫していた。なりゆきでバスケ部に入り、迎えた地区大会初戦。残り数分のところで実力を解放し──。

 ブザービーターを決めた刹那、会場が一瞬静まり返った。



 ──ワァアアアアアア……



 数秒遅れで遅れてやってくる歓声と、どよめき。



(見てたか)



 ベンチの緋色は涙ぐみながらパチパチと拍手している。

 可愛い泣き顔。いますぐ駆け寄って抱きしめてやりたい。



「ぱいせーんっっっ!」


 猛スピードで突進してくるのは小石崎。

 両手を広げ、いかにもハグしますって体勢だ。



(あほ。なにが悲しくてヤロウに抱きつかれなくちゃいけないんだ)



 迷うこともなくサッと避けた。案の定小石崎は空振りしたが、ちっとも残念そうじゃない。目をキラキラさせて子どもみたいにはしゃいでいる。


「あの土壇場で! マジスリー! すっげぇっす! 超しびれたっす!」


「落・ち・着・け。まだ地区大会の初戦突破しただけだぞ」


「いやもう優勝っしょ! マジ先輩パイセンパないす~!」


 課題も突っ込み所も山ほどあるが、こんなに喜んでくれてくれるのだ。悪い気はしない。



(……ちょっとだけ緊張したけどな)



 いまもかすかに手が震えている。


 リリースした直後、脳裏に失敗するイメージが浮かんでしまった。


 何千、何万回と練習してきたスリーだ。当然成功した回数よりも失敗した回数の方が多い。

 成功率六割と持ち上げられているが逆に四割は失敗するという意味でもある。


 もしこの大事な局面で外したら────と。



(なんとか入って良かった。これでまだ試合ができる)



 結果は44-42。

 からくも勝利をもぎ取った。



「「「ありがとうございました」」」

「「「ありがとうございました」」」


 整列し、光岡国際高校との挨拶を終えて立ち去ろうとすると後ろから「あの!」と声をかけられた。

 振り向くと相手チームの部員たちが殺到している。


「桶川佑人さんですよね! 朔丘の!」

「最後のスリーめちゃくちゃ格好良かったです! さすが『黒い閃光』!」

「なんで月波にいるんですか!」

「今度練習試合お願いします!」


 ぐるっと取り囲まれて逃げ場がない。


「えと……」


 まずい。想像以上に目立ってしまったようだ。

 光岡の部員だけじゃなく、隣のコートで試合を終えたチームのメンバーや二階の観客席にいる生徒たちもこっちに注目している。


 どうする。ここで騒ぎは起こしたくはない。


「ひ、人違いじゃないかな。オレは同姓同名の別人で……」


「これ。間違いないですよね」


 光岡のひとりがスマホを提示してきた。

 朔丘時代の試合動画が流れてる。時々オレの顔がアップになるので他人だと言い逃れするのは難しい。



 ああどうしたらいいんだ。



 ──そのとき。


「”りぃな”だ!」

「なんでいるのー!!」


 二階席で黄色い歓声が上がった。



(りぃな?)



 緋色との初デートのときスポ●チャで出くわした美少女の名前だ。


「実在したんだ」

「やべ、めっちゃ可愛い」

「脚長っ! 顔ちっちゃ!」


 さっきまでの騒ぎがウソのように光岡の生徒たちは『りぃな』に夢中だ。

 それもそうだ。『黒い閃光』なんつーダサネームの男より金髪美少女の方が魅力的なのは当然。


「……りぃなたん、もしかして俺のこと見ててくれたっすか……」


 小石崎までうっとり。っつーか『りぃなたん』ってなんだよ。



(にしても、なんでここに?)



 単なる偶然だろうか。


 すでに二階には『りぃな』目当ての人だかりができている。

 ファンたちとの写真撮影に気さくに応じながらも、オレと目が合うとパチっとウインクをよこした。



(────ハッ!)



 そういえば。気になることを言っていた。



 ──『あたしたちと同い年にすっごく上手い選手がいるんだよ。朔丘の桶川佑人っていうの』


 ──『あたしが一方的に好きなだけ。大ファンなの』



(これは……まずい)


 もし『りぃな』がオレのファンだと公言したら大変なことになる。


 そうなる前に……、逃げるが勝ちだ。


「じゃ、オレ、個別ミーティングがあるんで」


 ちっちゃい声で伝えてそそくさとその場を離れた。

 周りはだれも気づいてないがそれで良し。



「緋色ちょっとこっち!」


「え?」


 緋色の手を引いて体育館を飛び出した。


「ちょっ、どうしたの、ひと君」


「いや、少しでも遠くに逃げようかなと思って」


 細い手首を掴んだままステージ裏のひと気のないところまで連れて行った。

 ここなら人目につかずに体育館内の様子が見える。ほとぼりが冷めるまで待とう。


「ひと君」


「あ、ごめん。手掴んだままだった」


 慌てて手を放そうとすると逆に両手で掴まれた。


「ううん。いいの。もっとぎゅっとしてたい。……疲れたでしょ、座ろ?」


 促されるまま壁にもたれて体育座りになった。

 緋色も同じように座り、白くてやわらかな手でオレの指を包み込む。


「この手で最後のスリーを打ったんだね。すごいなぁ」


 触れられているだけなのにドキドキする。

 緋色の手、こんなに熱かっただろうか。


「最後ひと君がボールを手にした瞬間、心臓止まるかと思った。勝つとか負けるとかじゃなくて、自分の胸をぎゅっと掴まれたみたいな感覚だったの。体育の授業で初めて見たときと同じ──ううん、もっと強かった」


「成功して良かったよ。オレのせいで負けたら一年たちに顔向けできなかった」


「そんなことないよ。ひと君はずっと頑張ってたし、すごく格好良かった。コート内の誰よりも輝いてて、私、目が離せなかったもん」


「緋色に格好いいところ見せたかったんだ」


「ひと君……」


 薄暗いステージ裏でも緋色の瞳は輝いて見える。吸い込まれそうだ。


 ふと、やわらかな頬に髪の毛が一房かかっていることに気づいた。

 さっき無理に走らせてしまったせいかもしれない。


「緋色、ちょっとごめん」


 ゆっくりと手を伸ばす。


「ひゃぁっ」


 頬に触れた瞬間、小さく声を漏らした。


「あ……ごめんなさい、キスされるかと思っちゃった」


 なんだ、びっくりしちゃったのか。

 可愛いヤツ。


「ちゃんと付き合うまでキスは我慢するつもりだから安心しろよ」


「あ……そっか」


「次の試合は昼過ぎだよな。ちょっと話そうぜ」


 体育館内はまだ騒がしい。

 でもここでは二人きりだ。


「ねぇ、ひと君って『黒い』なんとかだったの?」


 緋色はゆっくり肩にもたれかかってきた。

 心地よい体温が伝わってきてなんだか眠くなる。


「昔の話。いまはただのモブ」


「変なの。こんなに格好いいモブなんでいないよ」


「緋色の前では無理して頑張ってるんだよ」


「ほんと? うれしいな」


「次の試合も頑張るよ。緋色のために」


「うん……、応援してる。ずっと見てるから」


 指と指を絡め合ってそっと目を閉じる。

 緋色の体温と心地よい疲労感に包まれながら、勝利の余韻を噛みしめていた。

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