第22話 ひさしぶり。あたしのこと、覚えてる?
五月のおわり。
金曜日はいつも待ち遠しいが今日ほど心待ちにした金曜日があっただろうか。
――ない。
断じて、ない。
キーンコーン……終礼のチャイムが鳴り終わるのを待たずに緋色のもとに駆け寄った。
「デートいこうぜ緋色!」
つい大声になってしまった。
周りが一斉に反応する中、緋色は恥ずかしそうに首を縮めて唇を尖らせる。
「まだ先生がいるのに早すぎるよ」
「やべっ!……すみません先生」
ぺこりと頭を下げると先生はなにも言わず生温かい笑みを残して去っていった。ありがたい。さすが大人。
「デートだとぉ? どこ行くんだ?」
さっそく恩田が腕を絡めてくる。
「黙秘」
「つめてぇなぁ。そういえばバスケ部に入ったらしいじゃないか。そんなに彼女と一緒にいたいのか?」
「うるさい。耳元できたない息を吐きかけるな」
ぎゃーぎゃー騒いでいる間に緋色も帰り支度を終えた。
「私たちスポーツ用品店に行くんだ、部活で使う道具を一緒に見てくるの。よかったら恩田君も行く?」
「「えっ!?」」
衝撃的な一言だった。
緋色が優しいことは知っている。男女とも分け隔てなく接するフレンドリーなところは好きだけどでも他の男を誘うなんて――。
「……オレの彼女がそう申していますけど、どうするんですかオンダクン」
目ん玉痛くなるくらい強く睨みつけた。もしYESなんて言ったら覚悟しとけよオラ。
「あー……なんだか急に用事を思い出した、悪いけど帰るわ。じゃなー」
空気を察して去っていく恩田。
さすがだ。状況を的確に見極めて俊敏に動けるおまえはいいスクラムハーフになれるぞきっと。
「じゃあ行くか」
「うん。──でもその前にひとつ言ってもいい?」
どきり。
緋色にしても珍しく眉を吊り上げて怒りの表情を浮かべている。
「みんなの前で思いっきり”デート”って言われると恥ずかしいんだけどな」
「ごめん! 待ちきれなくて」
我ながら浮かれすぎた。
だって学校帰りの平日デートは初めてだから。
「もう先走りしない、約束する!」
両手をあわせて謝罪すると「ふふっ」と笑い声が降ってきた。
「なんてね、私も楽しみだったんだ。勢いで恩田君を誘っちゃったけど、ついてくるって言ったらどうしようと思ってた」
ぺろっと舌先を出すオレの彼女(仮)、可愛すぎる。
※
電車を乗り継いで向かったのは大型ショッピングモールを兼ねた複合施設。映画館や市営の図書館、カラオケ、ボーリング場、スポーツ関連の施設などが集まっている。
「ねぇひと君は何色がいいと思う?」
「『靴下』ねぇ……」
緋色が手にしているのは厚手の靴下。もちろんバスケ用だ。
チームメイトは同じ色の靴下を着用するルールだ。ウチは部費でまとめて購入するのだが、カタログ注文する前に実物を見ておきたいというのが今回のデートの趣旨だ。放課後にイチャイチャするためじゃない。非常に残念ながら。
「試合用ユニフォームは何色なんだ?」
「濃色は白いラインの入った青。淡色は青いラインが入った白」
「ふぅん。じゃあ靴下は無難な白でいいんじゃないか? ワンポイント入りの。なにもファッションショーするわけじゃないんだし」
「ワンポイントはどうする? 青? 黒? 赤? 黄色? 緑? それとも人によって変える?」
「うーん……」
「それとも私が縫おうかな、ひとりひとりのイニシャルつきで」
「縫えるのか?」
「お母さんにミシンの使い方習ったもん。イニシャルがあれば他の人と間違えないだろうし、愛着をもって大事に使ってもらえるでしょう?」
ずいぶんと鼻息が荒い。
「でも靴下って消耗品だからそこまでしなくていいんじゃないか?」
いくら丁寧に縫っても穴が空けばポイと捨てられる運命だ。靴の中の摩擦が激しいバスケでは1、2ヶ月でダメになってしまう。その度に緋色が新しいものを縫うなんて無理だ。
「ダメかぁ。私は役立たずだから何かしてあげたかったんだけどな」
そんなことはない。部活の様子を見ていれば分かる。
イキリが来なくなった後のバスケを守り続けたのも緋色が真面目で責任感があったからだ。
前々から感じていたけど緋色はとにかく自己評価が低すぎる。
認めさせてやりたい。自分自身を。
「じゃあオレのを頼もうかな」
目についたのは汗拭きなどに使う赤いリストバンドだ。ブランドロゴもないので比較的安い。
「これに緋色の好きなもの縫ってくれよ。言葉でもイニシャルでもイラストでも」
「いいの?……さっき自信満々に言ったけど失敗するかもしれないのに」
「いいんだよ、とびっきりの愛情がこもっていれば」
好きな子に縫ってもらった世界に一つだけのリストバンド。
一生の宝物だ。
「……だったら私も」
緋色も同じコーナーから橙のリストバンドを手に取った。
「ひと君のイメージって明るいオレンジ色。これに刺繍して私がもったらお揃いになるね♪」
赤とオレンジ。混じりあったら”緋色”になる。
緋色と初めてのお揃いグッズ。考えるだけで有頂天になりそうだ。
※
その後、あてもなく店内をぶらついていると案内板を目にした緋色が目を輝かせた。
「バスケットコートだって。いこう♪」
腕を掴まれてぐいぐい引っ張られていく。
店の屋外スペースに無料のバスケットコートが用意されている。一組につき10分まで利用可能で、だれでも好きに使っていいらしい。ストップウォッチで時間を測るシステムだ。
「ねぇひと君。私にシュート教えて」
転がっていたボールを拾い上げた緋色が嬉々として振り返る。
「なんで? 選手にでもなるつもりか?」
「ううん違うけど。この前の体育でひと君がみせてくれたようなスリー打てたら気持ちいいだろうと思って」
うん、気持ちいいぞ。
狙ったところにスッとボールが入る快感は忘れがたい。ネットがほとんど揺れなかったら最高だ。
「よし。言っておくがオレの指導は厳しいぞ?」
「お願いします! コーチ!」
だれがコーチだ、彼氏だろ。
苦笑いしながら足元に転がっていたボールを拾った。
「いいか、人差し指と中指をそろえて肘はまっすぐ。力まないで体のバネで飛ばすイメージ。やってみろ」
「う、うぅん……えいっ!」
ぽぉん……
投げたボールは敢えなくゴールの下を通過していく。届きもしない。
「ま、気長にやろうぜ」
「はぁい……」
その後も指導を続けたがことごとく残念な結果に終わった。
一所懸命なのは伝わってくるが、めちゃくちゃ体が硬い。姿勢がいいだけの定規みたいだ。
その上、数投しただけで息切れしている体力のなさよ。
「ちょっと休憩……しよ」
はぁはぁと呼吸を乱しながら地面に座り込む。
「ああもう、なんで入んないんだろう」
「気にすんな。コツを掴めばすぐ入るようになるさ。──とぅっ」
シュッと軽く放ったボールはバックボードに当たってゴールする。
「わぁ……ひと君は本当にうまいね。どうしてそんなに上手なの?」
「そりゃあ何千、何万回と練習したからな。ちっちゃいころからミニバスやってたし家を建てる話がでたときも自分の部屋はいらないからバスケコート作ってくれって頭下げたくらいだ」
「よっぽど好きなんだね。なのにどうして高校ではバスケ部に入らなかったの?」
「──まぁ色々あって。あはは……」
あの女の件はもう終わった話だ。
いまは緋色との毎日を楽しみたい。
「あ~の~、そろそろ交代じゃないんですかぁ~?」
ガラの悪そうな集団が近づいてきた。
高校生の男三人。月波に隣接した地区にある星浦高校の制服だ。
「あっ、ごめんなさいすぐにどきますね!」
緋色は慌ててボールを回収しはじめたがストップウォッチではまだ2分も残ってる。
(ずいぶんと図々しい奴らだな)
不服だけどここで諍いを起こしてもメリットはない。
仕方なくボールを回収していると一人がズカズカと近づいてきた。
「なにこの子、めっちゃ可愛いんだけど!」
ニヤニヤしながら緋色の肩を掴む。残りの二人も絡んできた。
「うわマジ、やっば」
「交代しなくていいから一緒にバスケやろーぜ。ディフェンス、なんちゃって~」
「あの……やめてくださいっ」
ムカッ!
あからさまに体をぶつけてんじゃねぇか。
「おい──オレの彼女に気安く触んな」
間に割って入り、三人をにらみつけた。
向こうも負けじとガンを飛ばしてくるがちっとも怖くない。
「ちっ……くだんねぇ」
力の差は歴然。
相手は負け犬のごとく踵を返した。
ったく、威勢だけかよ。
「大丈夫か? 怖かったな」
「ひと君……」
優しく声をかけるとぎゅっと腕にしがみついてきた。
「ほら行こうぜ。腹減ったろ、美味いもんでも食べよう」
手をつないでコートを出ようとした刹那────向こうから歩いて来た女と目が合った。
「あっ……」
赤茶色に染めたロングストレートに派手なメイク。
つりあがった眉に気の強そうな目。忘れもしない。あの女だ。
「佑人……なの?」
気づかないフリをしようにも、もう遅い。
ばっちりロックオンされてしまった。
「やっぱりね」
真っ赤な唇がにっと不気味に吊り上がる。
めちゃくちゃイヤな予感。
「──ひさしぶり。あたしのこと、覚えてる?」
やばいのキターーーーーー!!って叫んでもらいたくて書きました(笑顔)
だれ?と思った方は15話「にがい過去」をご覧ください。
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