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第20話 お家デート。なにも起きないはずがなく、

「ただいまー♪」


「お邪魔します……」


 成り行きで緋色の家に寄っていくことになってしまった。

 横にスライドさせる扉を開けると広い三和土たたきが飛び込んでくる。ここは高級温泉旅館か。


「ごめんね古臭くて。大正か明治に建てられた家を改築して使っているの。どうぞ上がって」


「いいのか? オレなんかが」


「ここまで送ってもらったんだもん、温かいお茶くらい出させて。服も濡れちゃったでしょう」


「お、おう」


 普段ならてきとうに脱ぎ散らかすスニーカーだけどこういう場所に来たら踵を合わせて揃えて置くのがマナーだ。堅苦しいがマナーだから仕方ない。つま先についていた泥を軽く落としてから隅っこに寄せて置いておく。


「こっちだよ。歩かせてごめんね。私の部屋、離れなの」


 きた。離れ。

 もうこの時点でお嬢様決定じゃないか。


 緋色に案内されて迷路みたいにうねうねと曲がりくねった廊下を進む。これトイレに立ったら絶対に戻れないやつだ。

 フローリングの床はぴかぴかに磨き上げられ埃ひとつ落ちてない。


 ――というか緋色の部屋に連れて行ってもらえるのか? いきなり?

 女の子の部屋って初めてだから緊張するんだけど。


「ちなみに今日、親御さんは?」


 きれいに剪定された庭木に目を奪われつつ聞いてみた。


「ふたりとも仕事だよ。家事をお願いしているお手伝いさんはもう帰ってる時間だから今だれもいないと思う」


「だれもいない……」


 広大な屋敷の中にふたりきり。

 やべ、ドキドキ。


「到着。ここが私の部屋だよ」


 茶色の扉の前で立ち止まる。表には『ひいろのおへや』と手作りらしいプレートが提げてある。


 先に入った緋色から「どうぞ、汚いけど」と手招きされた。


(えい、もう覚悟を決めるぞ!)


「失礼します!」


 思いきって足を踏み入れると目の眩むような光景が広がっていた。

 白い壁紙には舞い散る花びらの模様、桜を思わせるピンクのカーテン、花びらが積もったようなピンクのクッション、カーペットは新芽の淡いグリーンだ。木目調のテーブルにはカーテンに縫いつけられた花びらの影が映り込む。


「えへへ、ちょっと派手でしょう。お母さんの趣味なんだけど私が冬生まれで病弱だったから沢山の春でいっぱいにしたいと思ったみたい。ここは勉強部屋で、寝室は襖を隔てた隣だよ」


「すげー……。きれいだな」


「ありがとう。お茶用意してくるから座ってて」


 緋色の足音が慌ただしく出ていく。


 初めて入る、女の子の部屋。

 なんだか落ち着かない。


 でも座って待っていろというのだから座ろう。


「失礼します」


 モスグリーンのクッションにぎこちなく正座する。

 少しだけ周囲を見回してみた。


 いかにも女の子の部屋って感じだけど、なんだか本当に春の陽だまりの中にいるみたいだ。

 緋色の笑顔もこれに通じるところがある。いつ見ても笑顔になれるんだ。


「……ん? なんだこれ」


 カーテンの下から紐のようなものが垂れ下がっている。

 触れてみた。やわらかい。

 今度は撫でてみる。びたん、と動いた。


 まさか。


 目を凝らしているとカーテンの下でもぞもぞと動いた。


「ウー!」


 きらりと光るふたつの目。

 あ、これ、やばいやつ?




「お待たせー、食器探していたら時間かかっちゃって――えっ!」


 お盆を抱えた緋色がぎょっとして立ちすくむ。


「なぁ……これどうしたらいいのかな」


 オレは困っていた。

 理由は膝の上にどでーんと鎮座する三毛猫だ。

 前に言っていた飼い猫だと思うけど。


「ひと君すごいよっ!」


「なにが」


「モミジが初対面の人に懐くなんて初めてだよ!」


 モミジ? あぁこの猫の名前か。

 小さな頭をこしょこしょと撫でてみる。気持ちよさそうだ。


(つーか足痺れてきたんだけど)


 懐いてくれるのは嬉しいが身動きが取れなくてつらい。


「モミジは気難しいところがあって家の人間にも全然懐かないんだよ。きっとひと君が優しい人だった分かるんだね。ねぇ、モミジ?」


 ここぞとばかりに緋色が手を伸ばす。刹那、モミジが動いた。


 ミサイルのような速さでぐるぐると室内を走り回ったかと思えばあっという間に廊下へ飛び出していく。


 あまりのスピードになにが起きたのか認識する間もなかった。


「また嫌われちゃった」


 しゅん、と項垂れる緋色がちょっと可愛い。

 でもすぐに笑顔を取り戻す。


「驚かせちゃってごめんね。気を取り直して──はい紅茶とお菓子。つまらないものだけど良かったらお召し上がりください」


 机の上に並べられていくミルクティーとシフォンケーキ。

 ケーキは市販のものらしく妙な隠し味もない。絶品だ。



 それからしばらくは緋色と向かい合って座り、たわいもないお喋りを楽しむ。

 あっという間の時間だった。



「はーうまかった。ごちそうさま」


「お粗末様でした。片づけてくるね」


「手伝うよ」


「だいじょうぶ、これくらい」


 食器をお盆に乗せて立ち上がる。

 テーブルの拭き掃除を買って出たオレは机の下に転がっているフォークに気づいた。


「忘れ物。フォーク」


「あ、ごめん」


 廊下に出ようとしていた緋色が慌てて引き返した――そのとき。

 モミジが蹴飛ばしていったクッションに躓いて傾いた。


「あっ……」


 やばい!

 そう思った時には手を伸ばしていた。




 からん。

 



「だいじょうぶか!?」


 腕の中に抱きとめた緋色に声をかける。


「ひいろ?」


 反応がないのでもう一度呼んだ。


「ぁ……うん」


 オレの肩に顔をうずめたまま微動だにしない緋色。

 様子がおかしい。


 ようやく体を起こしたが様子が変だ。目が潤んでいる。


「なんか……、ごめんなさい。ひと君って本当に男の子なんだなって思ったの。体の大きさや骨の固さ……。変だね、スポ●チャで何度も助けてもらったのに、なんでこんなに驚いてるんだろう」


 意識が変わったのだろうか。

 ただの同級生から、異性へと。


「ひと君の体、あったかい」


 目を閉じて本格的に体重を預けてくる。

 自分の心臓の音が直に聞こえるんじゃないかと不安になった。


 汗のにおい、しないよな。


 長いまつ毛と薄い目蓋。無防備な表情。

 それがすぐ間近にある。


 手の届くところに。


「ひいろ」


「ん?」


 花びらのような目蓋が開いて大きな瞳がオレを映す。


 さらり、と髪が揺れた。

 何気ない仕草ひとつで忘れていたマグマみたいに噴き出すんだ。


 好きだって気持ちが。


「ひいろ」


 どうしようもなく喉が渇く。


 だから――。



「オレ、いま、ひいろと――……キスしたい」

金曜日お疲れさまでした。甘々な二人に癒されていってください。

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