第2話 屋上で泣いていた美少女
あっという間に季節が廻り、ふたたびの四月四日。
高校生活二度目の春。
「二年A組にちょーかっこいい先輩いるんだって!」
オレが在籍する二年A組の廊下では黄色い歓声が響きわたっていた。
昨日入学したばかりの女子生徒たちが集ってちょっとしたお祭り騒ぎ状態になっているのだ。
「そうそう、病院を経営する医者の一人息子。ちらっと見たけど背高いし手足も長くて八頭身、しかも信じられないくらいのイケメン!」
「動画チャンネルの登録数十万人達成したんでしょ!」
「知ってる知ってる、オケガワユウト!」
”オケガワユウト”の話題で盛り上がりながらオレの横をすり抜けていく新入生たち。
(オレも一応『オケガワユウト』なんだけどなぁ……)
だれか一人でも気づいてくくればと、普段めったにつけない「桶川」の名札をぶら下げているけど見事に素通りされている。
かるく説明しよう。
この学校には「オケガワユウト」がふたりいる。
ひとりはオレ、桶川佑人。もうひとりは件の超ハイスペ男、桶川悠斗。
同じ桶川姓だけど親戚でもなんでもない、まるっきり赤の他人だ。
向こうは代々医者の家系。片やオレの両親は共働きの平凡なサラリーマン。
身長190cm超、彫りの深い顔立ちに白い肌、趣味ではじめた動画配信サイトでは一般人ながらにチャンネル登録者10万人を突破、いまも記録を伸ばし続けているそうだ。
「ユウト教室にいるってよ」
「えーどうしよ緊張してきたー」
また別の集団がやってきた。
これで何組目?
おーい。同姓同名の別人がここにいますよー。
……なんて冗談を言えるはずもなく、自分が退室してきた二年A組の廊下に続々集う女子生徒たちを遠巻きに眺めるしかない。
(あれから一年……か)
昨年も同じような光景を目にした。
入学当時すでに数万人の登録者がいた”オケガワユウト”見たさに新入生や先輩たちが押し寄せ、教室を出てトイレに行くにも大変な思いをした。
その後も初対面の相手に名乗ると失笑されたり、「もしかしてユウトの親戚?」「違います、赤の他人です」「なんだ~、じゃない方かw」というやりとりが発生したりしたものだ。
ついたあだ名は「~じゃない方の桶川w」。完全なモブ扱いだ。
でもオレだってモブに甘んじていたわけではない。
「~じゃない方」から脱却すべく、部活には入らず、体育祭の実行委員やクラスのイベントなどで積極的に人と関わるようにしたけど、ヤツの前では霞んでしまう。
結局「彼女」もできなかった。
ヤツはいつも黄色い歓声に包まれているのに、だ。
──おのれ桶川。
配信切りわすれて鼻毛切ってる映像でも流出すればいいのに……。
ま、それはそれで人気が出そうな気もするけど。
はぁ、今日も恋愛シミュレーションゲーム「オレの彼女(仮)」をプレイしよう。
「ん?」
にぎわう校内を足早に抜けて外に出たときだった。
何気なく振り返った校舎の屋上にぽつんと人影が見える。
我ながら視力はいい方だ。
フェンスに寄りかかっているのは同じクラスの女子生徒、間宮緋色だ。
クラス内では地味で目立たない存在だがじつは密かに気になっている。
ぱっちり二重の大きな瞳と華奢な身体。腰まで届く黒髪、ブラウスがはちきれんばかりの胸……、そしてなにより可愛い顔にまったく似合ってない黒縁のメガネが最高なのだ! 彼女が眼鏡を外したとき「女神」かと思ったほどだ。
オケガワユウト目当ての美人でスタイルのいい女生徒はたくさんいるが、生まれつきという意味で間宮は別次元の存在だ。
(で、なんであんなところにいるんだ?)
老朽化のため立ち入り禁止になっているはずだ。
フェンスにもたれかかって何をしようというのか。
(まさか、だよな)
放課後の屋上といえばアレがつきものだ。
思いつめた末に空中に身を投げ出して──。
遠目にごしごしと目をこすっているのが見える。
思いつめた様子でうつむいていたかと思えば、覚悟を決めたように顔を上げて一歩前へ。数歩先はあの世だ。
(──それだけはダメだ!)
オレは走った。
無我夢中で走った。
身体はすっかり鈍っていたけど全身の筋肉が息を吹き返したように躍動する。
廊下を走り抜け、階段を一足飛びで駆けあがった勢いで屋上のドアを蹴破った。
「ダメだ間宮さん!」
「……え?」
びっくりしたように目を見開く間宮。
瞳にはたくさんの涙があふれている。
「死んだらダメだ! 思いとどまってくれ!」
細い肩を掴んで必死に訴えた。
「死んだらダメだ。なにもかも終わってしまう。終わらせちゃダメだ。オレだってこの一年はマジでなんもなかったし彼女もできなかったけど絶望せずに生きているんだから間宮さんだって生きるべきだ!」
生きるのに理由なんていらないんだよ、惰性でいいんだよ、生きる理由を目的や目標にしちゃいけない、食って寝て授業てきとうに受けてスマホ眺めていれば一日24時間はなんとなく過ぎていくんだよ。そんなもんでいいんだよ。
だから死んじゃいけない。
でももし──オレが少しでも足掛かりになるのなら。
彼女が生き続けたいと思うための、頭の中に死がよぎった時ちらっとでも思い出してくれる理由になるのなら。
「死ぬくらいならオレと付き合ってくれ!」
「付き合……」
「三ヶ月でいいんで! 絶対に泣かせたり悲しい思いさせたりしない……なんて約束できないけど、間宮さんが笑顔いっぱいになるよう精いっぱい努力する! だからオレと三ヶ月だけ付き合ってください!!!」
ヒョオオオオ……
二人の間を冷たい風がすり抜けていく。
硬直していた間宮は「え……と」とためらいがちに口を開いた。
「なにか誤解しているみたいだけど、私、死のうとしていたわけじゃないよ?」
「ほふぇ!?」
自分でも聞いたことのない声がもれた。
「中庭にいたら突風でプリントが飛んじゃったから探しに来たの。でも見つからなくて。人に見せられないような恥ずかしい落書きしていたからどうしようーって泣きそうだったのは本当だけど。……ということなので、そろそろ離してもらってもいいかな?」
「うぉおおうごめーん!!」
コントみたいに飛びずさった。いつのまにかぎゅうっと手を握っていた。あまりの恥ずかしさにバック転しながら屋上を飛び出したい気分だったが流石に危ないのでやめておく。
(さいあくだ)
マズいぞ、オレ。すさまじい勢いでやらかした。
勘違いから告白して三ヶ月でいいから付き合ってとか言っちまった。
どうしよう。穴があったら入りたい。で、そのまま埋めてほしい。
もう明日から間宮と顔合わせられない。
いっそこのまま屋上から飛び降────。
「……あの、」
「はぃい!!」
肩が震えた。
絶対ヘンなやつだと思われたよな。引くよな。ほとんど話したことのない同級生に肩を抱かれて手を握られ「生きろ!」と熱弁されたんだぞ。引くよな……(二度目)。
「ありがと」
「え」
間宮は微笑んでいた。夕陽が照らし出す二人きりの屋上で、彼女の笑顔がまぶしく光る。
「ちょっと勘違いがあったみたいだけど、あなたの気持ち痛いくらい伝わってきた。心配してくれてありがとう、桶川くん」
耳を疑う。
「オレの名前知っ……て?」
「もちろんだよ、クラスメイトだもん。桶川佑人くん」
これまでは名乗ると失笑され、忘れられ、「~じゃない方」と蔑まれてきた。
だけど間宮はちゃんと覚えていてくれた。
「これまでなかなか話す機会なかったけど、もし良ければ友だちになれないかな」
「友だち!!??」
「だめ、かな」
「とんでもない! 喜んで!」
あぁ神様は哀れなオレを見捨てていなかった。
これ以上ない救済策を提示してくれた。
というわけで、早速連絡先を交換する。
間宮のアイコンはオレンジのガーベラ。うん、似合う。
「あ、桶川くんのアイコン、ワンちゃん?」
「うん。家で飼ってる雑種のサクラ。大型犬だけど人懐こくて甘えん坊なんだ。家に帰ると玄関先で襲いかかってくる」
「ふふ、かわいい」
口元を押さえて笑う間宮も十分かわいいぞ。
憧れの間宮と連絡先を交換し、肩を並べて話をする。
友だちとして。こんな幸せなことがあっていいのだろうか。
「……へぇ、じゃあ桶川くん中学は私立なんだ」
「そそ、中高一貫。全寮制の監獄みたいなとこ。親がこっちに家買ったのを機に高校からは公立にしたんだ。間宮はずっとこの辺り?」
「うん。ゆーくん……じゃなくて、もう一人の桶川くんとは幼なじみなんだ。親同士も仲良くて」
「あんな目立つヤツが幼なじみだと大変だろうな」
「ふふ、まぁね」
特等席で間宮の笑顔が見られる。
夢じゃないだろか。
さりげなく手の甲をつねってみた。痛い。最高。
「──あ、ごめんなさい、そろそろ行かないと」
腕時計を見て慌ただしく踵を返した。
楽しい時間はあっという間だ。名残惜しい。
「今日はいっぱい話せて嬉しかった」
「オレも」
「じゃあまた明日」
パタパタと駆けだしたかと思えば、なにか思い出して立ち止まった。
「あの……私がここにいたこと、だれにも話さないでほしいんだけど」
「なんで? あ、もしかして立ち入り禁止されているから?」
「うん。副委員長なのに怒られちゃう」
くく、真面目だな。
気恥ずかしそうに眼鏡を押しあげる間宮があんまり可愛いから笑ってしまう。
「了解。じゃあ二人だけの秘密だな」
「なんか恥ずかしいけど……そだね。秘密だね」
夕暮れが迫る屋上。
二人だけの時間。二人だけの秘密。
「じゃあ、これからよろしくお願いします。桶川佑人くん」
「こちらこそ間宮緋色さん」
手を振って小走りに去る。
バタンと扉が閉まるのを見届けた瞬間、一気に来た。
なにがって。
「やっちまった!」と「やったぜ!」
二つの気持ちが同時に押し寄せてきて立っていられなくなった。
勢いのあまり告ったときは死んだかと思ったけど、結果オーライ。
ここでのことは「二人だけの秘密」になったから、告白したこともまぁいい感じに曖昧になった(はず)。
パタパタ……
「おや?」
視界の端でぴらぴらと揺れる紙。
老朽化したコンクリートの隙間にうまい具合に引っかかっている。
もしかして間宮が探していたプリントか? 興味本位で手に取った。
「…………は?」
目を疑うようなことが綴られていた。
新連載2話目です!
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