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第18話 雨と、彼女の体温

「うわぁ、すごい雨だね」


 部活を終えると土砂降りの雨だった。まだ5月なのに梅雨になったみたいだ。


「大丈夫? ひと君傘持ってる?」


「傘? 今朝妹が突っ込んでいたような…………ああっ!」


「ど、どうしたの?」


「プリ●ュアだった……」


 通学用リュックから出てきたのはピンク色の折り畳み傘。持ち手のところに『おけがわもも』のシールが貼ってある。


 は! 思い出した!


 ──『おにぃちゃんにモモの入れておいたからね!』


 って自慢げに報告してきたんだ。

 朝はバタバタしていたので確認していなかったけど、まさかプリ●ュアだったとは。くそう。


「いやでもまぁ傘は傘だしな」


 気を取り直してひとまず広げてみる。


 子ども用なのでまず小さい。しかもピンク、ピンク、ピンク、おっきな目のプリ●ュア戦士たちがそれぞれキュートなポージングしている。


 これを高校生男子が差して歩いていたら……。


「ダメだぁあああー! こんなもん差して歩けねぇー!」


 雨をしのげたとしても別の大事なものを失いそうな気がする。

 絶望だ。


「ぷぷぷ……かわい……似合うっすね」


「だぁっ小石崎! いま笑ったな!」


「え? なんのことっすか? じゃあお先っすー」


 一年はさっさと帰ってしまう。残されたのはオレと緋色。


「だいじょうぶだよひと君。部室棟に予備の傘があったはずだから」


 と探しに行ってくれたが、数分後、しょんぼり顔で戻ってきた。


「ごめんね、急な雨だからみんな持って行っちゃったみたい。一本も残ってなかった」


 ──ということは。

 いま手元にあるのはプリ●ュアの傘ひとつ。


「あじゃあ緋色がこの傘使ってくれよ。男子高校生が使うよりはマシだろ」


「ダメだよ、ひと君のでしょう」


「いいよ。マネージャーが風邪ひいたら大変だろ、使ってくれ」


「ううん。ひと君が風邪ひいたら妹ちゃんたちが悲しむよ」


「いいんだって!」


「良くない!」


 などと押し問答した結果──、




「本当にいいの? 肩濡れちゃうよ」


「へーきへーき。ずぶ濡れになるよりマシ」


 相合傘で帰ることになった。


 あたりは霧雨に包まれて自分たち以外に歩いている生徒はいない。まるでふたりきりの世界に閉じ込められたみたいだ。


「ごめんね、部活終わるまで引き留めちゃったから」


「いや全然。オレも一年に色々教えてたらつい夢中になっちまった」


「小石崎くんすっごく喜んでたよ、他の一年生たちも教えてほしいことたくさんあるみたい。時間があったらまた部活に顔出して」


「あぁ、うん、時々なら。部外者って言われないように一応入部届も出しとく」


「ほんと? うれしい、ありがとう♪」


 子ども用の傘に身を寄せ合っているせいで緋色の温もりをいつもより近くに感じる。


 吹き込む雨に濡れた髪が白い首筋に張りついている。妙に色っぽい。

 熱でもあるのかな。やけに体が火照る。


(だめだ直視できん)


 不意に指先が触れ合った。


「うわ、ごめん」


 初デートのときはその場の勢いで恋人つなぎしていたけど、学校ではもちろん、登下校のときも指一本触れていない。なんか気恥ずかしくて。


「ううん、いいよ。付き合ってるんだもんね」


 たぐりよせるように指を絡め合った。

 恋人つなぎ。

 緋色の指先は随分と冷たい。


「大きくてあったかい手だね。ひと君の心みたい」


「ふっ、なんだよそれ」


「いつも私を優しく包み込んでくれるでしょう。あの時だって──」


「あの時?」


「うん。屋上にいた私のところに駆けつけてくれた時」


 屋上で泣いていた緋色が自●しようとしていると勘違いして「三ヶ月だけ付き合ってください!」と告白したときだ。


「あ~あの時は本当にすまん。勘違いとはいえ……」


「ううん、違うの。あの時────ちょっとだけ本気だった」


「え?」


「高校に入ってからずっと苦しかった。私を見捨てたゆーくん、嫌がらせしてくる女の子たち、毎日届く誹謗中傷の手紙やメール。だれにも相談できずに明るく振る舞っていたけどもう限界だった。ひと君にはプリントが見つからなくて泣いてたって言ったけどウソ。本当は見たくもない手紙だったんだ」


 もしかしたらそうなのかな、と思ったことがある。

 緋色はいつもニコニコしていたけど時折見せる哀しそうな顔が気になってた。まさかそこまで深刻とは思わなかったけど。


「ひと君が付き合ってほしいって言ったとき、嬉しくて、泣きたくなった」



 ──『死ぬくらいならオレと付き合ってくれ!』


 ──『三ヶ月でいいんで! 絶対に泣かせたり悲しい思いさせたりしない……なんて約束できないけど、間宮さんが笑顔いっぱいになるよう精いっぱい努力する! だからオレと三ヶ月だけ付き合ってください!!!』



「あの時ひと君の手すごく冷たく感じたんだけど、いまなら分かる。血の気が引いてたんだよね? 私が死ぬかもしれないと思って必死になってくれたんだよね? ひと君と出会ってからの私ずっと幸せいっぱいだよ。ありがとう」


 つないだ手にぎゅっと力を込めてきた。

 なんて温かいんだろう。


「どういたしまして」


(オレも緋色のお陰で最高の毎日を過ごしてるよ)


 ザァアアア……雨は降り続く。

 このまま止まなければいいのに。

 そうしたらくっついていられるのに。


「ひと君」


 長い睫毛を上下させながら熱のこもった目で見つめてくる。


「もうちょっとこっち来て? 濡れちゃうよ」


 頬を伝い落ちた雨粒がぷっくりとした唇に沁み込んでいく。

 ────どきん、と胸が鳴った。


「お、おう」


 雨は強くなる一方だ。

 視界が閉ざされていくにつれて互いの距離が縮まっていく。

 つないだ指先が痛くて熱い。


「雨、やまないね」


「うん」


 傘を傾けているせいで緋色の髪やスカートが濡れている。透けたブラウスが白い肌に張りついてやけに艶っぽい。


 前々からカワイイとは思っていたけど緋色ってこんなに色っぽかったか?


 オレの心臓、頼むからもうちょっと落ち着いてくれ。

 そんなに早く拍動したら、まるで、キスを急かしているみたいじゃないか。


 こらえろ。

 こらえるんだ桶川佑人。



 できるだけゆっくり歩いたつもりだけど遠くに駅が見えてきた。

 あっという間だ。


「あ、あのね」


 緋色が名残惜しそうな視線を寄こしてくる。


「もう少し一緒にいたいの。電車、ちょっと遅くなっても……、いい?」

★星評価ポイント4.6。ありがとうございます。

今後益々じれじれ・甘々路線を突き進みます!応援よろしくお願いします!

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