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第17話 『すっごくかっこいい私の自慢の彼氏』

 そんなこんなで男子バスケ部が練習している第二体育館に寄って行くことにした。


「――お、バッシュの音。やってんな」


 緋色の筆箱を手に階段をおりていくとキュッキュッと床をこする音が聞こえてきた。

 スキール音というのだ。なんだか昔(といってもまだ若いけど)の自分を思い出して胸が熱くなる。

 重厚な鉄の扉を前に立つと自然と背筋が伸びた。


「ちわー……っす」


 ガラガラ、と音を立てて扉を開ける。

 ネットで半面に仕切ってあり、奥の方で腿上げやスクワットをしているのが見えた。


「7人か。思ったより少ないな」


 イキリが勧誘した二年は軒並み幽霊部員。奥の方でフットワークをこなしている7人は全員一年のようだ。


「ラスト1往復ー」


 ステージ前で忙しそうに動き回っているのはジャージ姿の緋色ひとりだ。


「はいおわり。次はシュート練習ね」


 いまだ。

 頃合いを見計らってさっと近づく。


「よ! 頑張ってるな」


「ひと君どうしたの、もしかして入部希望? 大歓迎だよ♪」


 オレに気づいて目を丸くする。


「んなわけないだろ。忘れ物届けに来たんだよ。ほらこれ」


 筆箱を差し出すと「ありがとう! あとで取りに行こうと思ってたんだ」と喜んで受け取ってくれた。


 忘れ物を届ける、という用事は済んだわけだけどこのまま立ち去るのは味気ない。「ちょっと見学していいか?」と問いかけると緋色も快く応じてくれた。


 広い体育館内に一年が7人とマネージャーの緋色ひとり。物静かというか、活気がない。


「いつもこんなふうにやってんのか? アイツは? 二年を勧誘した張本人」


「ゆーくん?……今日も来ないみたい。さっき電話したんだけど出なくて」


「部長なのに?」


「早乙女さんたちとカラオケかゲームセンターにでも行ってるんじゃないかな。あるいは動画撮影。ほかの二年生と同じで部活には全然顔出さないの。忙しいんだって。自分の実力なら地方大会くらい余裕だって」


「え? 去年惨敗したんだよな?」


「あの時は調子が悪かっただけだって。……昔から一緒にいるけどバスケやってるところなんて見たことないんだけどね」


「えーと……」


 ツッコミが追いつかない。

 負けたのは調子が悪かっただけって小学生の言い訳かよ。


「ってことは今度の大会は一年だけで挑戦することになるんだよな。勝てそうか?」


「……無理、だと思う――でも……」


 悲しげな表情を見て「しまった!」と焦る。

 本人も苦しんでいるのにオレが追い打ちをかけてどうする。


「ごめん、いまのナシ! 許してくれ!」


 パンッと手を合わせると「ううん」と首を振る。


「ひと君の考えが普通だよ。難しいのは分かっているもん」


「まぁ来ないもんはしょうがないよな、やれることをやるしかない。良かったらオレも手伝うよ。今日は時間空いてるし」


「……ありがとう。優しいね」


 女神のような微笑み。

 ああースマホ百万連写したいぃー!!



   ※



 マネージャーはただ見ていればいいってもんじゃない。

 スポーツ飲料の準備やボールだし、モップがけ、道具整理、個々の選手の記録管理など雑用を一手に引き受ける大事な仕事だ。


 練習メニューも顧問や部員たち(主に一年)と相談しながら緋色が考えているらしい。ふだんの宿題に加えてメニュー作成まで。ほんと頭が下がるわ。


「みんな頑張ってるんだよ。でも人数が揃わないから実戦に近い練習がなかなか出来なくて……あ! 次はスリーオンスリーだよ……良かったらひと君も見ていってね」


 忙しそうに駆けていく。


 三対三の試合が始まった。

 みんな一年だって言ってたけど経験者は少なそうだ。素人に毛が生えたレベルで動きがぎこちないしボールさばきも安定しない。


 マネージャーの緋色もあちこち走り回って大変そうだ。


「さてオレはスコアボードでも――お?」


 空いてるコートで黙々とスリーポイントシュートの練習をしている一年がいる。身長は180センチに届かないくらいか。体つきは細いけど足や腕の筋肉はしっかりついている。だけど何度投げてもボールはリングにあたって跳ね返る。


「なぁオイ、腕の力だけで闇雲に投げてもダメだぞ」


 つい見かねて声をかけた。


「あ”? なんだよオマエ」


 すごい剣幕でにらまれた。イライラしてんな。


「だから腕の力だけで投げちゃダメなんだって。見てろ」


 近くに転がっていたボールを拾い、手本を見せてやることにした。


「いいか、こうやってバネを使って……」


 どんなときでも同じ体勢で、同じ軌道でボールを放つ。祈るような気持ちで、素早く。

 するとボールはちゃんとゴールに向かっていく。



 周りの視線を独り占めにしながら────シュパッ、と軽やかにネットをくぐり抜ける。

 今みたいに。



「な? 分かったか?」


「……マジ?」


 おいおい、鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるぞ(実際に見たことないけど)。


「おまえバスケ初心者だろ? だったら最初からスリーポイント狙わずにまずはゴールの近くで確実にボールが入るようにすること。シュートフォームは人によって違うから自分が確実にゴールできる体勢を見つけて、イヤになるくらい反復練習しろ。そこから少しずつ距離を伸ばしていくんだ」


「もしかしてガチ経験者……っすか?」


「中学まではな。いいからさっさとやれ」


「あ、あと、ドリブルも教えて欲しいっす」


「仕方ねぇな」


 そんなこんなで練習に付き合うことになってしまった。

 一年の名前は小石崎こいしざき。中学では陸上の走り幅跳びや長距離をやってたんだって。


「なんで高校ではバスケ部に?」


「陸上が地味すぎて全然女子にモテないから、バスケならカッコいいとこ見せられると思ったのに二年がやる気なさすぎて引くし」


 そうだよなぁ。オレもそう思うよ。


先輩パイセンはガチ勢なのにバスケやんないんすか?」


「人のことはいいの。――それより隙だらけ!」


 一瞬の隙をついてボールを奪い取った。

 相手のボールをいかに多く奪えるかの練習をしていたんだ。結果は20対0で圧勝。


「はーだめっすわー、やっぱオレバスケに向いてねぇのかなー」


「んなことねぇよ。おまえ陸上やってただけあって体力があるみたいだし体幹もしっかりしてる。ドリブルさえ鍛えればもっと上手くなれるぜ、きっと」


「まじっすか……!」


 小石崎の顔といったら。

 愛犬のサクラが大好物のジャーキーを目の前にしたような笑顔だ。

 オレは男といちゃいちゃしたいわけじゃないんだけどな。


「とりあえず毎日のランニングとそれぞれの手でのドリブル。これが最低ノルマだ。あと白米をちゃんと食え。んでよく寝ろ。体が大きくなればそれだけ有利だからな」


「あざっす!――ところで先輩って何者っすか? 間宮マネージャーの彼氏?」


「……ふっ」


 急に決めセリフを閃いた。

 『桶川佑人。ただのモブで緋色の彼氏さ』。よし、これでいこう。


「いいか、オレの名」


「ひとくーん♪」


 残念。緋色が駆け寄ってきた。


「見てたよひと君」


 両手を掴んでぶんぶん揺さぶられる。

 どうしたどうした? なんでそんなに嬉しそうなんだ?


「すごいね。上手いだけじゃなくて教える才能もあるんだね♪」


「いや、全然……」


 オレは指導者でもなんでもない。経験則で好き勝手いっているだけだ。


「この人、やっぱりマネージャーの彼氏なんすか?」


「うん!」


 はちきれんばかりの笑顔で首肯する緋色。


「すっごくかっこいい私の自慢の彼氏なんだ♪」



 『すっごくかっこいい私の自慢の彼氏』

 『すっごくかっこいい私の自慢の彼氏』

 『すっごくかっこいい私の自慢の彼氏』……以下エンドレス。



 ちょっ――突然そんなこと言われたら変な気持ちになっちゃうじゃないか。


「ひと君どうしたの? 顔赤いよ?」


「マジだ。風邪っすか?」


 双方から顔を覗き込まれたので腕で隠した。


「ほ、ほっとけよ……」


「ひとくーん?」


「あ。さては照れてるっすねー」


「──うるさい見るなっ!」


 体中の血が沸騰したみたいだ。

 どくどくと鳴り響く心臓がうるさい。


 ほんとバスケやっててよかったって思う。だって緋色の『自慢』になれるんだぜ。

 大好きな人に目の前で喜んでもらえる、こんなに幸せなことってないよな?

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[一言] マネージャーに勧誘した本人が来なくなった時点で辞めたら良かったのにな。
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