第15話 にがい過去
第二章開幕です!
いまでも時々中学時代の夢をみる。
朔丘中央学園男子バスケ部のキャプテンであり『黒い閃光』などと恥ずかしい二つ名で呼ばれていたころの夢だ。
────ワァアアアアア……
海鳴りのような大歓声。
目蓋を開くと体育館の床に寝そべっていた。
まぶしい。どうしてオレは天井とにらめっこしているんだっけ。
もしかしてぶっ倒れた? それは困るな。早く立ち上がって試合に戻らないと。だけど足に全然力が入らない。なんだこれ。
「優勝おめでとう、キャプテン」
大きな手のひらと青いユニフォームが見える。四番。
「ああサンキュ」
その手を掴んで起き上がると会場のボルテージがあがった。
脳みそがガンガン揺さぶられるような大声援。耳鳴りがする。
見渡す限りの人、人、人。
ちらつく横断幕。
ああ試合がおわったんだ。
「まったく、終了間際にあんな無謀なスリー打つんなんて呆れるわ。お陰でウチは三年連続の優勝を逃したぜ。ほら、キャプテンなんだからぼーっとしてないで挨拶しろ」
乱暴に背中を押されて相手チームと向き合った。
みんな目が赤い。声を出さずに泣いている。
ありがとうございました。と言葉にしても腹に力が入らない。
終わったんだ。優勝した。強豪と言われながらも優勝から何年も遠ざかっていたウチのバスケ部が、先輩たちが成し遂げられなかった全中優勝を果たした。オレたちは勝ったんだ。
「佑人、よくやったぞ」
「格好良かったわよー」
「おにぃちゃんさいこー」
「おにーさま大好きー」
応援席にいた家族に手を振っていると、優勝した実感がじわじわとこみ上げてきた。
最高の気分だ。
ここから見える景色、仲間たちの喜ぶ顔、おっかない監督のうれし涙を見たいとずっと思っていた。
と同時に、腹が痛くなってきた。
なぜなら試合より緊張する「告白」という大イベントが待ち受けているからだ。
『もし優勝したら桶川くんと付き合ってあげる──』
それが同級生である「カノジョ」との約束だった。
見事約束を果たして優勝したのだ。
きっと今ごろ飛び跳ねて喜んでいることだろう。
(……あれ?)
応援席の中にぽつんと一つ、空席がある。
周りは朔中の生徒や保護者でぎっしりなのに、そこだけ。
誰よりも喜んで欲しかった相手がいない。
(なんでいないんだ)
胸騒ぎがする。
「桶川キャプテン、インタービューいいですか? いまのお気持ちは?」
いつの間にかマイクとカメラを向けられていた。
ああくそ、すぐにでも探しに行きたいのに。
「桶川君?」
「あ……はい、最高です。ありがとうございます」
「最大の目的である全中優勝を果たしました。来年は高校生ですね。次はなにを目指しますか?」
「次、ですか?」
今までずっとボールを追いかけてきた。
敵から奪い取ってゴールにつなげることしか考えなかった。
汗とすり傷だらけの手。
次はこの手で優しいことをしたい。
大好きな彼女と手をつないで歩きたい。
「──恋がしたいです」
「はい? いまなんて?」
インタビュアーが瞬きする。
「バスケはもう十分頑張りました。だから、その人のためなら死んでもいいと思えるような最高の恋がしたいです。……ということで失礼します! 腹痛いんで!」
※
必死にカノジョを探し回った。
(いた!)
ひと気のない薄暗い廊下の角。
腕を組んでスマホをいじっている。
「良かった。おーい……」
手を上げようとして、やめた。
カノジョの側にはさっき戦った四番がいたのだ。
(なんで二人が?)
「どういうことだ! 話が違うだろう」
「違わないわ。ちゃんと言ったじゃない」
とっさに自販機の影に隠れた。
激しい剣幕で言い争っている。
「何度も言わせるな。試合が終わったら付き合ってくれるって約束じゃないか」
耳を疑った。
付き合う? どういうことだ?
(だってカノジョはオレと……)
二股?
いやまだ付き合ってないから未遂か?
でも……。
「あたしは全中で優勝したら付き合ってあげるって言ったのよ。負け犬に用はないわ」
ぞっと鳥肌が立った。
まさか。
オレに親切にしてくれたのも。
好意を向けてくれたのも。
目的はぜんぶ――──。
「ふざけるな、俺たちはおまえのアクセサリーじゃないんだぞ。ここまで来るのにどれだけ大変だったか……」
相手の男もさすがに怒りを隠せない。
しかしカノジョは長い髪の毛を払いのけて余裕の表情。
「ひどい言い方ね。あたしみたいな美女と付き合えると思ったからここまで頑張れたんでしょう? むしろ感謝して欲しいくらいよ」
苦しいときカノジョは献身的に支えてくれた。
でもそれが狙いだったとしたら。
「おまえは最低だ。最低の女だ!」
相手もわなわなと肩を震わせている。
「なんとでも言えばいいわ。あたしはアンタが負けた『黒い閃光』の彼女になるんだもの、負け犬になんて言われても全然平気。きっともうすぐあたしのところへ来て『付き合ってください』って犬みたいに尻尾を振るわ。たっぷり餌づけしておいたもの」
ふと、オレのポケットでスマホがうなった。
着信だ。相手を確認するまでもない。
「……出ないわね、まだ反省会してるのかしら」
ブーブー、としつこい。
すぐ近くにオレがいるっていうのに。
オレは二人に気づかれないよう近くにあった出口から外に出た。
雨が降っている。どうでもいい。
スマホを取り出すと『ヤツ』の名前が表示されている。
「……もしもし」
『あ、佑人? 試合観てたよ。おめでとう。すっごく格好良かった❤』
「…………そう」
『このあと会える? 逢いたいな。話したいことがいっぱいあるの』
「ごめん、疲れてるんだ」
『えー? じゃあ明日は? 休みでしょう? 試合前ずっと張りつめていたからパーッと遊びに行こうよ。二人で』
急に可笑しくなってきた。
この女はオレと付き合ってても別の強いヤツが現れれば簡単に乗り換えるだろう。
利用されるなんて御免だ。
「イヤだよ」
『え?』
「もう会いたくない。声も聴きたくない。おまえは最低だ」
『ちょっとなに言ってるの、佑──』
ぶつっと乱暴に切った。
そのまま地面に叩きつける。
画面に亀裂が入ってひどい有り様だ。
オレの気持ちも。行き場のない感情も。
「……なんだよ畜生」
試合前に励ましてくれたことも差し入れしてくれたことも全部、ウソまみれだった。
オレはこんな惨めな気持ちを味わうために優勝したんじゃない。
バスケをしていたんじゃない。
オレは────。
※
ピピピ、とスマホの目覚まし時計が鳴った。
手を伸ばしてアラームを消す。
ひどく憂うつな気分だ。
「久しぶりに見たな……」
思い出したくもない苦い過去。
あのことをキッカケにバスケから遠ざかり、内部進学ではなく月波高校に進学した。当時のスマホは廃棄し、電話番号を替え、進学先はチームメイト含め誰にも告げなかった。ヤツは卒業までなにかとしつこかったが完全無視した。
(たぶん初めての恋だったんだよな……)
なんとなくセンチメンタルな気持ちだ。
ぼんやり天井を見上げているとピロリンとスマホが鳴った。緋色だ。
『おはようひと君。昨日は雨だったけど今日はとってもいい天気だね』
カーテンを開けると眩いばかりの太陽が輝いている。
昨夜まで降り続いていた雨はすっかり消えていた。
『今日もいつもの場所で待ってるね♪』
文面から優しい声が聞こえてきそうだ。
そうだ。
過去は過去。いまオレには間宮緋色という最高の彼女がいるじゃないか。
それだけでいい。
「ま、三ヶ月限定なんだけどな!」
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