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第14話 お礼の…

作中の階段のくだりは演出です。危ないので真似しないでくださいね。

「今日、本当に楽しかったね♪」


 帰りの電車を待つ駅の待合室。

 丸一日遊びつくした緋色は至極ご満悦だった。


 あれから『りぃな』を避けるように別の階に移動したが、建物内のゲーセンやカラオケ、ボーリングなどをめいっぱい楽しんだ。


「ひと君ほんとうに運動神経いいんだね。ボーリングもダーツも高得点ばっかり。極めつけはクレーンゲーム! 可愛いクマさんとってくれてありがとう!」


 腕に抱いているのはピンク色のクマのぬいぐるみだ。これは本当に偶然、一発でとれたクレーンゲームの景品。嬉しそうに撫でる姿を見ているとオレが撫でられているみたいで恥ずかしくなる。


「でもカラオケはひどいもんだったろ」


「ううん、アニソン盛り上がったよ」


「家族で時々歌いに行くんだけど、どうしても妹たちに合わせた選曲になっちまうんだよ。次はもうちょっと流行りの曲覚えてくるから」


「ふふ、じゃあ次のデートの約束だね♪」


 まだまだ話題は尽きない。

 緋色がオレに向かって笑いかけているだけで幸せな気持ちになる。

 このまま時間が止まってしまえばいいのに……なんてセンチメンタルなことを考えちまう。


 だけど時間は過ぎていき、無情にも電車の時刻が近づいてきた。



『ピンポン! まもなく列車が参ります。ご乗車のお客様は――』



「あ、そろそろホームに行かないと……」


「……だな。よし行くか」


 手を伸ばすと当然のように恋人つなぎをしてくれた。


 改札を抜けてホームに向かう。出来るだけゆっくりと。


 オレが乗る予定の電車はもう少しあと、反対側のホームだが緋色を見送ってから走れば十分間に合う。本当ならば家まで送りたいところだがさすがに性急すぎると諦めた。


 つないだ手をぶらん、ぶらん、と何気なく揺らす。

 寄り添う影は本物の恋人みたいだ。


「なんだか夢みたいだったなぁ」


 緋色の顔に夕陽の影が落ちてどこか淋しげに見える。


「私ネクラだからああいう賑やかな場所には一生縁がないと思ってたんだ。でも実際行ってみたら本当に楽しくて、一日中笑ってばかりだった。表情筋が壊れたのかなってくらい。ひと君のお陰だよ」


「なに言ってんだよ。オレはなにもしてないぞ」


「ううん。そんなことはない。ひと君と友だちになってから毎日が目まぐるしく変わった。景色が前よりうーんと鮮明に見える。あの夕陽だって、ああまた夜が来るんだって憂うつな気持ちにならない。逆にまた明日が来るんだって嬉しさでいっぱい。全部ひと君がいてくれたからだよ。本当にありがとう!」


「どういたしまして」


 あふれんばかりの笑顔を見ているとオレも誇らしい気持ちになる。


「ただ、でも、ほんのちょっとだけ淋しいかな。こんなに楽しい一日が終わっちゃうんだと思うと……帰りたくなくなっちゃう」


 線路をまたがる跨線橋の階段をあがる途中、ふと、緋色が足を止めた。

 つないでいた手が離れる。


 どうしたんだろう。


「緋色? 忘れ物か?」


「ううん。そうじゃなくて──」



 ──ぽすん。



 背中への軽い衝撃。

 ガラス越しに緋色が寄りかかっているのが分かった。


「帰りたくない。この時間が終わらないでほしい……」


 どきっと心臓が鳴る。


(帰りたくない──どうしろと!?)


 じゃあ家に来るか?……ってそういう問題じゃないだろう。

 オレだってもっと一緒にいたいけどお互いに門限がある。


 想像しろ。


 名残惜しいってことは緋色はものすごく楽しんでくれたということだ。

 オレと過ごした時間を満喫してくれたのだ。


 ならば。


「また来ようぜ。何度でも。オレたちは恋人なんだからいつでも好きなだけデートすればいいんだよ。な?」


「……うん、そだね。……ごめんね突然」


 緋色の重みが消えた。

 オレの横をすり抜けて淡々と階段を上がっていく。


(あれ、不正解? どうすれば良かったんだよ?)


 互いに無言のまま今度は階段を下っていく。

 クマを抱きしめる緋色の後ろ姿があまりにも淋しい。


 どうしたらいい。

 とうやったらオレの気持ちを伝えられる?

 オレはこんなに──緋色のことが好きなのに。


 一体どうしたら……。


(そうだ)


 無我夢中で手を伸ばし──。 

 か細い背中を後ろからぎゅっと抱きしめた。



「……ひと、くん?」


 

 イヤリングが揺れ、緋色の肩がかすかに震える。


「オレ、緋色のことが好きだ。大好きだ」


 ハッと息を呑む気配が伝わってくる。


 周りの客がじろじろ見ながら追い抜いていく。

 くっそ恥ずかしい。でも今だけは耐えろ。



 長くて短いような時間がすぎていく。

 ホームに電車が滑りこんできた。


「ひと君、こっち向いて」


「え?──ぅわっ!」


 急に腕を引っ張られてよろめいた。

 次の瞬間、頬に生温かいものが触れる。


「は、はなれて」


「うぉっ!」


 今度は問答無用で突き飛ばされる。

 ぷるぷると唇を震わせる緋色は夕焼けみたいに顔を染めていた。


「今日すごく楽しく過ごせたのはひと君のおかげだから――その、お礼」


「ほぇ……」


「私たちはまだ正式な恋人じゃないけど、いつか……いつか、ひと君の彼女になれたら……いいな」


 そう言うが早いが一目散に階段を駆け下りて電車に飛び乗った。

 直後に扉が閉まり、緋色を乗せた電車が遠のいていく。


 あっという間の出来事だった。



(いまの……キス、だよな)



 取り残されたオレの思考がようやく現実に追いついてくる。


 じわじわと頬が熱くなってきた。

 オレ、いま、キスされたんだよな、緋色に。


「うっわ……やば……」


 思わず顔を覆う。


 やばい、嬉しすぎる。


 初デートに初手つなぎに初キス。

 最高か???

 最高じゃん!!!


「ぃよしっ」


 小さくガッツポーズしてしまった。



 ──こうして初めてのデートは無事?に終わった。

 キスされた頬は焼けただれたように熱く、今後一生顔を洗うまいと決意した……が、帰宅するなりサクラに押し倒され、問答無用で顔中ベロベロ舐められたのだった。


 ひどい……。あんまりだ(泣)

甘々な二人にはブラックコーヒーをおすすめしたいですね(真顔)。

この話で「きゅんっ!」とした方は★で評価すると今後さらに糖度マシマシにさせていただきます。

次回から2章に突入します。

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