第11話 彼氏彼女が初デートでいちゃつくのは自然なことです
スポ●チャは安全に楽しみましょう。
日曜日。デートの朝。天気は快晴。空には一点の曇りもない。
「うぉおおお!!!」
例によって寝つけなかったオレはサクラを連れて早朝ジョギングに出掛けた。
まだひと気のない河川敷。吸い込んだ新鮮な息が体中を駆け巡り、目が冴えてくる。
折り返しのポイントまで来たところで東の空が明るくなってきた。
夜明けだ。
立ち止まり、サクラとともに太陽を待つ。
「聞いてくれサクラ、今日は初めてのデートなんだ」
「ワン!」
「つっても期間限定なんだけどな。……でも家にも連れてきたいな。サクラも会いたいだろ?」
「ワンワン!」
「可愛いんだぜ。見た目天使なのに中身も天使みたいに優しくて、でもスマホの見すぎで寝坊したり運動神経がちょっとイマイチなところがあるんだけど、そこもまた良し」
「ウー……ワン!」
「デートかぁ。初めてだから緊張するな」
中学時代、土日といえば試合試合練習練習試合……。
去年まではヒマを持て余して恋愛シミュレーションゲームにいそしんでいた。
同じ日曜日なのに「デート」となると世界が根本から裏返るみたいだ。
まだ待ち合わせまで時間があるのにドキドキしてる。
(デートなら、いろいろ期待してもいいよな。たとえば──)
手、つなぎたいな。
恋人つなぎしてみたい。あの白い指と絡めあって。
「ワンワン!」
ビルの向こうから顔を出した太陽がまぶしく輝いている。
いいぞ、今日は。
すごくいい日になる。
そんな予感が胸の奥からあふれてくる。
「よしサクラ、家に戻るぞ。ちょっと飛ばすからな!」
「わふ!」
帰ったらまずシャワー浴びて朝メシ食って着替えて……あぁ服どうするかな、靴は、スマホの充電も確認しないと、金はいくら持って行こう。
悩む。めちゃくちゃ悩む。でもこんな幸せな悩みなら大歓迎だ。早く緋色に会いたい。
※
「ひと君おはよー♪」
先に到着していた緋色が手を振っている。
「ごめん待たせた!」
「ううん、私もさっき来たとこだよ」
ぷっくりした桃色の唇がつやつや光って見えた。
(うぉおお……!! なんだこの激カワイイ私服姿!!)
淡いピンクのセーターに白いショルダーバッグ、チェックのミニスカートといった出で立ちだ。すらりと伸びる白い脚。高さのあるヒール。耳元では林檎をモチーフにしたイヤリングが揺れている。
これ全部オレのためにコーディネートしてくれたんだよな。
正直に言おう。
かわいい。
Kawaii。
めちゃくちゃ可愛い。
半端なく可愛い。
「ど、どうかな、私、こういうのあまり詳しくなくて……」
もじもじと恥ずかしそうに袖を引く。
そんないじらしさも萌えポイント。
「いやもう、なんつぅか……言葉にならないくらい……」
「も、もしかして似合ってない?」
不安そうに瞳を潤ませる。
どこがだよ。
オレの語彙力のなさはともかくとして、鏡みてみろ!
どこのアイドルだってくらい群を抜いて輝いている。
周りの客たちだってチラチラ視線を送っているじゃないか。
「か、かわいいよ、すごく、かわいい……」
それなのにオレは照れてしまってうまく言葉にならない。
「ふふ、ありがとう。ひと君の私服ってシャツにジーンズでシンプルなんだね。似合ってる」
「いや全然てきとうだよ。──じゃ、じゃあ行くか」
「うん♪」
肩を並べて歩き出した。
すぐにでも触れられそうな距離に緋色の手が見える。
「緋色、その、もし良かったら手……」
「きゃっ」
通りすがりの客にぶつかった緋色がよろめいた。
あっと思った瞬間には手が重なっている。
(チャンス!)
すかさず指先を絡めると緋色は一瞬びっくりしたように目線をよこしたけど、すぐに笑顔になった。
「ひと君の手ってあったかいね」
指と指が絡み合って、念願の恋人つなぎ成功。
陶器みたいに滑らかでありながら絶妙のやわらかさと暖かさを兼ね備えた手だ。
あぁ手をつなぐっていいよな。
いい。もう最高。
「変なのひと君。さっきからニヤニヤしちゃって♪」
なんてからかいながらも、緋色自身満更でもなさそうに微笑んでいる。
※
初めてのデート。
遊園地や水族館デートも理想だったけど遠方になってしまう。どこに行くか相談した上で最近できたラウ●ドワンにした。緋色が行きたがったのはスポ●チャだ。
「緋色って意外とアクティブなんだな。カラオケとかゲーセンとかじゃなくて」
「うん。運動神経悪いけど人がやっているところ見るのは好きなんだ」
テニスにバドミントン、卓球、カーリング、アーチェリーなんでもできる。
でも特に楽しかったのが。
「ひとくーん……」
ローラースケートだ。
せっかくだからやってみたい、と順番待ちしてトライしてみたのだが。
「だいじょうぶか?」
オレも初めてだったが、バスケとジョギングで鍛えた体幹が功を奏してすぐにコツを掴んだ。だが緋色は完全に腰が引けている。
「だめ。助けてひと君……」
お尻と両手を突き出してヘルプの体勢。
本人は必死だがこっちは悶絶ものだ。仕方ないなぁと苦笑いしつつ腕を伸ばして背中を支えた。
「オレを支えにしてゆっくり進んでみろ。転びそうになったら遠慮なくしがみつけよ」
「ん、やってみる……」
半べそかきながらそろりそろりと進む。
「ぁっきゃっ!!」
バランスを崩して前のめりになる。ヤバい! と思って両手で抱きとめたら下半身の踏ん張りがきかずに滑った。
どしん、と尻餅をついた。
無我夢中だったけど緋色だけは守ったつもりだ。
「だぁケツいってぇ……緋色だいじょぶか……?」
――はらり、と髪の房が落ちてくる。
すぐ目の前に緋色の顔が迫っていた。
「ひと、くん……」
喉の動きで息をのんだのが分かる。
潤んで泣きそうな目。睫毛の一本一本まで数えられそうな近距離。青白い頬。
(やばい)
自分の内側から抑えようのない衝動が噴き出す。
ヤバい。
キスしたい。
「緋色……」
「ひと君……」
青白い頬に手を添えてそのまま……。
「コイツらキスするぞー!」
ばかでかい子どもの声がした。
「「!!!?」」
気付くと数人の子どもたちに取り囲まれている。いつの間に。
慌てたのは緋色だ。
「あ、わわ、ごめんなさい重かったよね」
急いで立ち上がろうとするも足が滑って再度倒れ込んでくる。
「ご、ごめんなきゃっ」
焦っているせいで余計に足がもつれる。そうやって何度もオレの胸に倒れ込んでくる緋色がなんだかとても愛おしく思えた。
「おちつけ」
テンパって震える体をぎゅっと抱きしめる。
「急がなくていい。深呼吸しろ。オレが立ち上がるから一緒に立つぞ。いいか?」
「う、うん」
「よし。いくぞ。せーの」
緋色の体を支えつつ脚に力を入れて立ち上がる。よろめきながらも二人とも立つことができた。
「なーんだキスしねーのか」
「つまんねー」
外野の子どもたちが興味を失ったように去っていく。
ったく、見せ物じゃねぇんだよ。
でもこれ以上無理してケガしたらいけないな。
「よしローラースケートはこれくらいにして次のアトラクションに……」
「あのね、ひと君」
くいっと袖を引かれた。
頬を赤く染めながらも強い眼差しでオレを射抜く。
「迷惑かけて本当にごめんなさい。──私、昨日スマホ見ながらデートプランを考えていたら冬のスケートリンクで手をつないでいるカップルが出てきたの。すごく楽しそうで、いいなぁ、って思って。いまは時期じゃないからローラースケートならと思って」
指先が震えている。
「だから……、その、ごめんなさい、また転んじゃうかも知れないけど一回だけ、一回だけでいいから手つないで滑ってもいい?」
「……ひいろ」
──考えるまでもない。
オレの答えなんて鼻から決まってる。
「いろいろ考えてくれてありがとな」
「え?」
「一回と言わず何回でも挑戦しようぜ。いくらでも一緒に転んでやるよ。オレは緋色の彼氏なんだからさ」
──その後めちゃくちゃ転んだ(笑)
ご愛読ありがとうございます。二人のイチャイチャはまだ続きます…
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別PNですがこんなラブコメも書いていました(完結済み)。お時間ある時にどうぞ。
「美少女モデルに一目惚れされたけど目立ちたくないので放っておいてほしい。」
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