第10話 緋色のキャラ変宣言!
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。ごめんね、次からは寝坊しないよう頑張るね」
温かな日差しの中で緋色の笑顔が輝いている。
こんなに可愛い子がオレの彼女なんだよな、と思うと、たまらない喜びが込み上げてくる。
「今朝ごめんな、幼なじみの桶川に突っかかって。嫌がらせされてないか?」
「うん、平気だよ」
平気。それなりにされてるってことか。
──『こいつはひどいぞ、かわいい顔してえげつないことしてくる。俺以外を異性とも思ってない。どんな成り行きで付き合うことになったか知らねーけど一ヶ月ももたずに別れるだろうな。で、結局俺のところに戻ってくるんだ。いつもそう。めんどくせーやつ』
「緋色」
「なぁにひと君」
「もしイヤな思いしているなら言ってくれ、オレがなんとかする。でもその前に教えてくれないか、桶川が言ってた『えげつないこと』ってなに?」
ハッと息を呑む気配がした。
地雷だったのかもしれない。でも確かめずにはいられない。
「……私とゆーくんは幼なじみだって言ったよね」
背筋を伸ばしたきれいな姿勢で、青く澄み渡った空を見つめている。
顎から首筋にかけてのきれいな輪郭が空に映えた。
「じつは婚約者だったんだ」
「ぶっ!」
噴いた。
「こ、ここここんやくしゃ」
「うん。おじいちゃん同士が口約束で決めたんだけど、子どもだった私は間に受けて『将来はゆーくんと結婚するんだぁ』て本気にしてた。でも小学生のときゆーくんに彼女ができたの」
「ん? うん」
話がどうつながるのか分からない。
「相手はとなりのクラスの女の子でモデル活動もしていた。私はすごく悲しくて、ゆーくんに『私と結婚してくれるって約束したのに、どうして私以外の彼女を作るの』って聞いてみたの」
「うん」
「そうしたら『あんなもんじーちゃんが飲み会で勝手に決めた話だろ』ってゆーくんは呆れてた。だから私、家出しちゃったの。夜になってお廻りさんに見つかって家に帰されたけど、ゆーくんは渋々別れてくれた。でもひと月足らずで別の子と付き合いはじめたときは『もし同じことしたら絶交する』ってけん制してきた。『俺がいなくちゃ生きていけないおまえと違って俺は自由なんだから』──って」
「…………話の腰を折ってスマン。それ、いつ頃の話?」
家出とか絶交とか、ずいぶん古い話のように聞こえるが。
「うーんと小学三年生だったかな」
「え!? そんなガキの頃のこと根に持ってんのアイツ!」
それこそびっくりだわ。
「婚約の話をしたおじいちゃん同士はもう亡くなっちゃったし、正式な書類があるわけでもないの。ゆーくんは彼女をとっかえひっかえ、いまも早乙女さんの他に何人もの『候補』がいるんだよ。SNSで知り合ったファンの子とも会っているみたい。顔と名前覚えきれるのかな」
羨ましいを通り越してもはや尊敬する。
「早乙女さんとは同じ中学だったけど、私のこともずっと目の敵にしてるみたい」
「それこそなんでだ? 単なる幼なじみなら放っておけばいいのに」
「多分、だけど、ゆーくんのご両親、最近よくウチに来るの。噂ではお父さんが経営するクリニックがあんまりうまくいってないみたい。ウチに援助してほしいんじゃないかな」
「緋色の家? 援助?」
「資産家だと思われてるみたい。お父さん真廣病院の外科医なの。おじいちゃんは理事だった」
真廣病院ってここらへんじゃ有名な大病院じゃないか。
「おばあちゃんは生け花の師範代。看護師だったお母さんはいま女性用下着の会社を立ち上げてがんばってるよ。私はまだ将来のこと決めてないけど、お兄ちゃんは医学生」
エリート一家てことか。
で桶川の親は金策に必死、と。
「ちなみに桶川のクリニックってどこ?」
「内科だよ。ほほえみファミリークリニックってところ」
こっそり検索してみると『医者の態度が悪い』って★1つけられてた。
「でも、そっか……。なんか疑ったみたいでごめん」
「ううん、いいの。私もゆーくんを利用してたんだ。いつも他人の顔色を窺って、不安で、自信がない。だから、なにかあったら守ってもらいたくて存在をアピールしていた。──でも、もうやめる。私も、変わりたい」
まっすぐ見つめてくる瞳はどこまでも澄み渡っていた。
「ひと君、私を見つけてくれてありがとう。あなたのこと好きになれたら幸せだと思うけど、ごめんね、まだよく分からない。でもちゃんと考えたい。だから約束どおり三ヶ月お付き合いしたあとに答えを出したいの。あなたの彼女に相応しいか自分自分を試してみたい」
緋色はほんとうに真面目だ。
なりゆきに任せるんじゃなくて自分でちゃんと決めたいと思ってる。
「分かった。じゃあ三ケ月後……たしか七月三十日に花火大会がある。そこで答えを出さないか?」
花火大会といえば浴衣とまとめ髪。
緋色はよく似合うだろう。
「うん。分かった。じゃあ花火大会に」
「ああ、引き続きよろしくな」
付き合っても付き合わなくても、三ケ月後までオレたちは恋人同士。
だれにも遠慮せずイチャイチャしていいんだ。最高じゃん。
「それで、なんだけど──やっぱりさっきの許さないことにする」
「へ?」
唐突になにを言い出すのか。
おもむろに立ち上がった緋色は大きな胸をぐっと反らした。
「さっきひと君が女の子たちに囲まれていたとき思ったの。ぐずぐず遠慮していたら誰かにとられちゃうかもしれない。そんなのイヤ。だから私もグイグイする。キャラ変する!」
「お……、おお」
「だから私を疑ったこと簡単には許さないんだからね……!」
目を吊り上げてぴし、とオレを指し示した。
怒り顔も可愛いけどちょっと無理してないか。
「えと、じゃあどうしたら許してくれるんだ?」
「それは……」
もじもじと膝をこすり合わせ、恥ずかしそうに下を向く。
「でぇと……1回してくれたら許す、かも」
「デート!!!???」
緋色からの提案だなんて。
むしろ願ったりかなったりだ。
「……だめ?」
「ぜんぜん! 喜んで!」
キャラ変はどこいったのか。
恥じらいながらおねだりする緋色が可愛すぎてつらい。




