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  作者: 黎井誠
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 部活に来ない悠斗を探しに来た吹奏楽部員が二人を発見し、救急車を呼んだらしい。

 明らかに異常があるのは透真の方だったが、悠斗も混乱が酷い状態だったので、念の為に病院に運ばれた。

 あの白い蛇のような何かは、救急車が来る前、悠斗が無意識に自分のロッカーに放り込んだ。


 悠斗はすぐに回復し、数時間病院で休養して家に帰った。透真は数日入院したが、外耳からの出血以外特に問題はないということだった。

 その時に何があったのか、二人とも何も話せなかった。



 §



 悠斗は全て忘れたことにした。荷物を取りに教室に来たことまでは覚えているが、その後は……と。

 しかし実際は覚えている。

 蛇を掴んだおぞましい感触も、蛇と言えるのか分からない全貌も、透真の耳から垂れる血の赤色も、こちらを睨む透真の表情も。


 悠斗は学校を数日間休んだ。行く気などなかった。

 登校しないとそれはそれで透真のことで思い悩んでしまうので、ずっと自室に籠り、毒にも薬にもならないようなゲームとSNSで時間を潰した。

 何も考えないように。メッセージアプリの通知は切り、手癖で開かないように奥のページの見つけ辛い所に並べ替えた。


 悠斗は以前見たオカルトサイトを何気なしに見に行った。

 記事は更新されておらず、以前読んだ都市伝説二つがトップページに表示されている。

 田舎の村の奇習の話。『狐憑き』ではなく『蛇憑き』。

 詳細を忘れたので、そのページをタップして開き、スクロールして読み進めて行く。


 しかし、五月、初夏の日差しが差し込み、電気をつけていないのに明るい部屋で、悠斗は一人布団に包まってがたがたと歯を震わせた。

 床に取り落としたスマートフォンには、都市伝説に出てくる『蛇』のイラストが表示されている。


 伝承を基に記者が書いたそのイラストは図解として一緒に掲載されているものだ。その都市伝説の『蛇』は普通の蛇ではなかった。


 イラストの絵柄はシンプルで、影もついておらず、輪郭線だけで構成されていた。ところが線が単純だからこそ、異形の雰囲気が強調されている。

 しかしこれを見た悠斗がスマートフォンを床に取り落としたのは、その不気味さに身震いしたからではなかった。


 その『蛇』は黒い獣のような毛むくじゃらの下半身で、筋肉質な脚が三本。

 普通の後ろ脚にあたる部分の二本と、尻尾の下からにゅっと生えているもう一本だ。

 前足が生えるはずの部分には何もない。頭が乗るはずの部分からは白い蛇が伸び、ぐにゃりとイラストの中で鎌首をもたげていた。

 その画像の下に「伝承を基にした記者による『じゃあさま』のイメージ」と小さく注釈が追加されている。


 このイラストと透真の耳から引っ張り出した生物のような何かの様子が、脳内でぴたりと合致した。


 イラストの蛇が突然にスマートフォンの中で動き始め、画面を突き破って自分の耳に迫りくる――。

 布団の中で突発的に妄想してしまい、喉がヒュッと音を立てた。



 §



 サイトに載せられた記者のプロフィールにアドレスがあったので、詳細を伏せて自分も似たものを見たとメールを送った。

 詳しい話を訊きたい、という旨も添えたが、返信は来なかった。嘘と思われたのだろうか。それともメールのマナーも分からないまま送ってしまったせいで機嫌を損ねられたか。


 諦めるわけにもいかないので、翌日もう一度メールを送った。付け焼刃のマナーを活用し、前回のメールの非礼も詫びた。そうして来た返信には、目的の見えない長ったらしい謝罪の後にこうあった。

『結論から言いますと、あの「じゃあさま」の記事は自分の創作です。しかし事実も基にしていており完全な創作ではないのですが……』


 そこまで読んで、悠斗はメールアプリを閉じた。

 続きはあったが、それ以上言い訳がましい文章を読む気力はない。


 スマートフォンを持ったまま、勉強机の上に手を無気力に置く。

 机とスマートフォンから鈍い衝撃を受けて、掌が開く。スマートフォンが机の上に半分ほど滑り落ちる。

 悠斗はそんなものに気もやらず、机の前の白い壁を見つめながら思考を巡らす。


 憑りついていた『蛇』こと『じゃあさま』がいなくなったから前の透真に戻るはずだ、と思っていた。

 なのにそもそもがあの記者の創作だという。しかし特徴は一致していたし、でも……。

 それにどちらにせよ透真を傷つけたのは自分なのだ。


 考えていると目の前の白いはずの壁がどんどん汚れていくような気持ちがしたので、机に突っ伏して何も見ないようにした。



 §



 このように悩んでいたので透真と顔を合わせるのはもう嫌だった。

 しかしとうとう両親に催促され、悠斗は次の日から仕方なく登校を再開することにした。


 いつもより二本早い電車に乗ることにして早めに家を出たが、駅付近の人の多さはあまり変わらなかった。

 ただ朝の空気が普段よりも冷たい気がして、悠斗は歩きながら、捲っていたシャツの袖を戻してボタンを留めた。


 やがていつもの場所についた。

 勤務場所や学校に向かう人がごった返す、駅の西口、階段の下。


 悠斗はそこに透真がいるのに気づいてしまった。

 長身、茶髪、透明なまでに白い肌の透真は人ごみの中であっても見つけやすいのだ。


 悠斗に気付いた透真が右手を挙げる。

 完全に目が合ってしまったので気が付かなかった振りもできず、透真の方に向かう。


「おはよう、悠斗。久しぶりだね」

「ああ、うん。……本当にごめん、怪我させたの多分俺だよな」


 蛇のことを忘れた振りをして、頭を下げる。


「忘れた振りなんかしなくてもいいんだ。別に。分かってるし」


 嘲るように大げさな抑揚で言われた。


「ロッカーの中にあいつをしまったろ」と肩を竦めている。

「え、そうだったっけ」


 そう言われてみれば、ぼんやりと記憶がある。

『じゃあさま』の頭の辺りを親指と人差し指の先の方でつまんで壁際まで引きずり、ノートと教科書が数冊ほどしか入っていない自分のロッカーの扉を開けてそっと入れておいた記憶。


「うん。あ、でも他の人が間違えて開けて見られた、とかそういうことはないと思う。次に学校に行ったとき、うちに持ち帰って火葬しておいたから」

「火葬? それって、どういう……」

「どういうって、そのままの意味だけど。うちの庭に墓があるから放課後来た方が良いと思う。……ほら、とりあえず学校行かなきゃ」


 訳が分からず立ち尽くす悠斗の手を優しく取り、透真は階段へ行く。

 反射的に悠斗は手を振り解いてしまう。


「あ……ごめん。人前だった」


 目を伏せる透真。右目の下の腫れはもうない。前のようにすべすべとした肌。


 違う、と悠斗は言いそうになった。

 手を握られたくなかったのは人前とかそういう理由じゃない。


 しかし自分でもよく分かっていなかった。だから何も言わずに透真の後ろに続いた。

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