表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/90

19 ナイスピッチ

(昨日の今日でこのボールかよ)


 慎吾のボールを受けながら、福尾は驚きを通り越して呆れていた。

 相手のバッターは全くタイミングが合っていない。

 1イニング限定なら変化球すらいらないかもしれない。


 先頭打者・松尾を三球三振に抑えると、3番の竹内が右打席に入る。

 ここからはクリーンナップだから、本来は慎重にいきたいところだが――。


(自信満々な顔しやがって。ほんとマウンドに上がると、性格変わるんだな)


 こちらのサインを覗き込む慎吾の顔を見て、福尾は笑みを浮かべる。

 サインはストレート。

 インパクトを与えるには、純粋なパワーで押すのが一番だ。


 結局、この回は1球も変化球を使わず三者連続三振に抑えた。


* * *


「点差は3点。厳しい展開だけど、まだ十分勝機はある」


 ベンチに戻った後、円陣の中で福尾が口火を切った。

 チームメイトの顔を見回すと、皆良い顔をしている。

 先ほどまでとは明らかに違う雰囲気だった。


「とりあえず、村雨と晴山まで何としても回すぞ!」


 福尾が言うと、選手たちが「ようし!」と応じて散らばる。

 主将だから何か言わないと、とこっそり準備していた慎吾は、嬉しいような悲しいような複雑な気持ちで、他の部員の動きを眺めていた。


 8番の佐宗が、右打席に入る。

 マウンドには黒沢高校のエースナンバー・遠藤。

 先ほどの回の途中で、西川から先発の遠藤へと投手交代していた。


 その遠藤からの2球目を、佐宗のバットが捉えた。

 三遊間を抜けるヒット。

 初回から3回途中まで遠藤の投球を見ていただけあって、青嵐の打者陣に彼への苦手意識は無い。


 続く9番の中井が粘った末に三振に倒れた後、1番の石塚がヒットで続いた。

 1アウト1・2塁となり、2番の二岡が打席に入る。

「頼むぞ二岡ー!」と声をかけてくるチームメイトを、二岡は恨めしく思った。


(俺は村雨や晴山と違ってただのモブだ。こんなチャンスで打順が回ってきても、持て余すだけなんだよ)


 とにかくゲッツーだけは避けよう、という弱気がいけなかったのだろう。

 初球いきなりど真ん中に甘いボールが来て、中途半端に手を出してしまった。

 打球がセカンド正面に転がり、終わった、という言葉が二岡の頭をよぎる。


 ところが、事態は意外な方向に向かった。

 セカンドが打球をファンブルし、ゲッツーが成立しなかったのだ。

 それどころか、バッターランナーの二岡すらセーフになった。


(あっぶねえ〜! マジで生きた心地しなかった!)


 恐らく、球場の空気のせいだろう。

 甲子園には魔物がいる、などとよく言われるが、それは地方大会でも同じ。

 まだまだ未熟な高校球児は、良くも悪くも球場の雰囲気に左右されやすい。

 今は明らかに、青嵐を応援する声が大きかった。


 二岡が1塁ベース上でほっと胸を撫でおろす中、3番の慎吾が打席に入る。

 ブラスバンドによる夏祭りの演奏がスタンドから聴こえてくる中、慎吾は打席に入った。


 緊張はあまりしていなかった。

 次打者は先ほどの回のホームランで復活した翔平。

 無理に自分が打つ必要はないと、分かっていたから。


 その上、マウンドに立つ背番号1の遠藤は完全にアップアップの状態。

 9回裏3点差1アウト満塁という状況と、球場の雰囲気を考えれば無理もない。


(バットを振る必要すらないかもな……ここは翔平くんに決めてもらうか)


「ボールフォア!」


 慎吾の予想通り、遠藤は4球続けてストライクが入らなかった。

 大人しくレガースを外すと、押し出しでホームへ生還する三塁ランナーの佐宗を一塁から讃える。


 4番の翔平が打席に入ろうとしたところで、黒沢側がタイムを取った。

 ファーストの西川が、そのタイミングで慎吾の方を向く。

 慎吾は首を傾げながら挨拶した。


「……どうも?」

「……随分と余裕だな。まだ勝ってるのはこっちだぜ?」


 西川が慎吾を睨んだ。

 慎吾は翔平にちらりと目をやってから微笑む。


「信じてるから。チームメイトを」

「……ふーん」


 西川は真顔で相槌を打ってから、マウンドを見た。

 どうやら相手方はここで再び投手を交代するらしい。

 ピッチャーの遠藤が、西川と交代しにファーストへやって来る。


「……まあ、ナイスピッチだったよ。ちょっと出てくるのが遅かったけどな。本当は打席であんたの球を見たかったが、今日はあいにくこの回で終わりそうだ」

「……そっちも、ナイスピッチ」


 捨て台詞を残してマウンドへ向かう西川へ、慎吾は声をかけた。

 背中越しに西川が微笑むのが、何となく分かった。


「サンキュー」


* * *


 マウンドへ上がった西川は、打席に立つ翔平を見た。

 先ほどのホームランで自信を取り戻したのか、明らかに打ちそうな気配を醸し出している。


 とはいえ状況は5対3、1アウト満塁。

 次打者は今日2安打の福尾。

 勝負を避けると言う選択肢は選び辛い。


(大人しく勝負すっか……ワンチャン打ち損じてくれるかもしれねえし)


「おい、守備の方頼むぞ! 打球いくからな!」


 西川がバックに声をかけると、皆がおう、などと応じてくれた。

 いくら球場の空気が青嵐側に傾こうと、チームの士気はまだ高い。

 白い歯を見せつつ、西川はホームに目を移す。


(言っとくけどな……仲間を信じてるのは、テメェだけじゃないんだぜ)


 しかし、勝負は呆気なく決着がついた。

 西川の投じた4球目のスライダーを、翔平のバットが捉えたのだ。


 打球は右中間を抜けてゆき、一人、二人とホームインする。

 終いには一塁ランナーの慎吾まで還ってきた。


 慎吾がホームベースを踏むと、ベンチからチームメイトが飛び出してきた。

 彼らの祝福を受けながらもフェアグラウンドに目をやると、魂が抜けたようにばたばたと黒沢の選手が倒れている。


 少しして西川ら何人かの選手が立ち上がった。

 他の選手と肩を組むようにして、ホームベース前へやってくる。


 試合結果は6対5。

 逆転サヨナラで、青嵐高校が勝利を掴んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ