17 せめて今日くらい
Team 1234 R H E
黒沢 2011 4 7
青嵐 000 0 3
黒沢高校に4点目が入った後、試合は膠着状態に陥っていた。
猿田はヒットこそ許すものの、要所を締める投球で5回以降無失点。
一方、相手投手の西川も、粘りの投球で無失点。
試合は4対0のまま、8回表の黒沢高校の攻撃に入った。
猿田は5番・6番と順調に抑え2アウトまで漕ぎつけたものの、7番の佐々木に四球を許してしまう。
さらに8番・藤井にもヒットを打たれ、2アウト1・3塁。
迎えた9番の遠藤に対しての初球、甘く入ったストレートを狙われた。
キン、という音とともに、打球が三遊間を抜けていく。
3塁ランナーが悠々生還し、追加点。
5対0と、さらに点差が広がってしまった。
続いて、1番の平野が左打席に入る。
ここがある意味、この試合の運命の分かれ道となった。
平野が粘ってからの7球目。
猿田の投じた球を平野のバットが見事に捉え、低いライナー性の打球が猿田の足元へ飛ぶ。
「「「あっ!!!」」」
ベンチにいた芽依(慎吾はライトに居ますよね?)たちは、思わず声を上げた。
それと言うのも、鈍い音と共に打球が猿田の右足に当たったからだ。
何とか猿田が跳ね返ったボールを拾って1塁へ送球。
3アウトにこそなったものの、少し妙な歩き方でベンチへ戻ってくる彼の姿を見ると、誰も手放しでは喜べなかった。
「コールドは!? 手が空いてる人、早く!」
スコアを付けていた芽衣の鋭い声に、ベンチを温めている部員の何人かが我に帰って動き出す。いち早くコールドスプレーを見つけた一人が、猿田の元に駆け寄って患部にスプレーをかけた。
「交代だな」
険しい顔で依田が告げると、ベンチに座った猿田が依田を見上げて笑う。
「何言ってんスか。ただの打撲でしょ? このくらいなら投げれますって」
「ただの打撲だとしても、下手に無理すると今後長引くかもしれないだろう」
「でも、交代ったって誰が投げるんです? 村雨は使わないって、監督昨日言ってたじゃないですか」
猿田が尖った声で言うと、腕を組んだまま依田が黙った。
少し間を置いて、慎吾の方を振り返る。
「……いけるか?」
「今日、外野から刺したのは監督も見てたでしょう? 肩の調子は万全ですよ」
慎吾は右肩をぐるぐる回して見せた。
実際、強がりでも何でもない。
昨日は完封と言えど力半分で、球数も少なかった。
長いイニングとなると流石にボロが出そうだが、短いイニングなら自信がある。
「……試合が終わったら、猿田も村雨も病院直行だな」
依田はため息をついてから、覚悟を決めたように声を張り上げる。
「村雨で行こう。昨日の決定を覆すようで申し訳ないが、みんないいな?」
「「「はいっ!」」」
皆声を張り上げて返事をした。
状況が厳しいことに変わりはないが、慎吾がマウンドに上がれば何かが起こるかもしれない。誰もがそう期待していた。
この回は1番からなので、3番の慎吾には必ず打順が回ってくる。
そこで打席へ向かう準備をしようとすると、「村雨ェ」という猿田の声が耳に入った。振り返ると、猿田が手招きしている。
「どうかした?」
「……わりい、こんなことになっちまって。今日は俺と翔平で、何とかしなきゃいけなかったのに」
「……猿田も翔平も、頑張ってたよ。相手が強かっただけで——」
「でもっ!」
慎吾は目を見張った。
猿田の声の強さにではない。
猿田が、泣いていたからだ。
「でも、せめて今日くらい、お前の足を引っ張りたくなかったんだ。……俺の力なんて大したことないってのは、重々分かってるんだけども」
「……大したことない、なんてことは絶対にない」
慎吾は膝を落とすと、泣きじゃくる猿田に視線を合わせた。
周囲がこちらに聞き耳を立ててているのを何となく感じたが、努めて気にしないようにして続ける。
「それに、戦いは今日で終わりじゃない。明後日以降の試合、県大会か、甲子園かは分からないけど……猿田の投げる機会は絶対に来る。その時にまた、僕の代わりに働いてもらうから」
わざと露悪的に言うと、猿田は一瞬目を丸くした後笑顔を見せた。
この野郎、と軽く慎吾の頭を叩く。
何となくダグアウト内がしんみりした雰囲気になりかけたその時。
グラウンドから、「おらっしゃー!」と奇声がした。
皆が振り返ると、3塁ベース上で石塚がガッツポーズをしている。
電光掲示板のHランプが点っているので、3ベースヒットだったらしい。
「……イッシーって、ほんと空気読まないよね。良くも悪くも」
芽衣の呟きが、ダグアウト内にやけに大きく響いた。
* * *
続く2番の二岡は粘ったものの凡退。
ネクストバッターズサークルから右打席に向かう慎吾を、西川はマウンドから眺めていた。
(この場面でこいつはちょっと恐いな。とは言えこちらのリードは5点。なら……勝負に決まってるだろ!)
初球、西川はストレートを投じた。
結果は空振りで1ストライク。
球速は137kmだが、気持ちが入っているだけあって、スピードガンの表示以上に速さを感じるボールだ。
続く2球目もストレート。
今度は慎吾のバットを掠め、ファールチップがバックネットへ飛ぶ。
西川はほっと胸を撫で下ろした。
追い込んでからの3球目。
西川の右手から離れたボールは、途中まで先ほどと同じような軌道を描いたかと思うと、ホームベースの手前で落ち始めた。
(かかったな!)
既にバットを振り出している慎吾を見て西川がほくそ笑んだその時。
慎吾が右手をバットから離すと、左手一本で落ちてゆくフォークボールを無理矢理掬い上げた。
打球は思いの外伸び、センターがじりじりと後退していく。
少々危なっかしい体勢でセンターが捕球した瞬間、サードランナーの石塚がスタートを切った。
「っしゃあ!」
センターが捕球したその瞬間、西川は叫んだ。
タッチアップを決められて4点差になったとはいえ、相手は敵チームの中でも屈指の強打者。犠牲フライで済んだのは勝ちに等しい。
そのうえ次のバッターは、今日まだ当たりの出てない1年生。
右打席に入る翔平を西川は見た。
今日の翔平の内容は3打数ノーヒット。
序盤のピッチングを引きずっているのか、先ほどまでは本調子には見えなかったが——。
(ん? なんか、さっきまでとは顔付きが違うような……)
心なしか、相手チームの1年生はどこか吹っ切れた様子に見えた。
(まあ、関係ねえか。俺の仕事はここでしっかり相手を切ること。そして、決勝であのクソ野郎を叩きのめすことだ。その事実に変わりはねえ)
ふっと息を吐いた。
「2アウトー!」とチームメイトに声をかけてから捕手のサインを見る。
(てめぇはあと2年チャンスがあんだろ? ……今日は俺たちに譲って、大人しく家で寝てろ!)
振りかぶってからの第1球を、西川は投じた。