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14 試合の反響

「「「……」」」


 1学期終業式の行われる日。

 教室に入ると、クラスメイトの視線が集まるのを慎吾は感じた。

 しかも、沈黙というおまけまで付いている。


 慎吾が居心地の悪いものを感じていると、一拍置いて沈黙が途切れた。

 堰を切ったように皆が慎吾の元へやって来て、興奮気味に、


「一昨日の試合見たよ! すげえな、村雨!」

「村雨のこと見直したわ。あんな凄いやつがまさかうちの高校にいたとは!」

「てか、昨日はなんで投げなかったの? 学校サボって試合見に行ったのに!」


 などと話しかけてくる。

 慎吾は内心苦笑しつつ、彼らの言葉に応対した。


 昨日行われた3回戦。

 翔平と猿田の継投により、青嵐高校野球部は8対3で勝利した。

 慎吾自身は打の方でしっかり貢献したものの、予定通り登板は無し。


「ありがとう。今度の4回戦では多分投げるから、その時また見に来てよ」


 クラスメイトに言い含めつつ、慎吾は自席にたどり着いた。

 意外に精神的な疲労があったのか、ふう、と思わずため息が出る。

 既に隣に座っていた芽衣が「お疲れ〜。ヒーローは大変だねぇ」と微笑み混じりに声をかけてきた。


「ヒーローって、そんな大袈裟な」

「全っ然大袈裟じゃないよ。今日は終業式だからこれから体育館にみんな集まるし、もっと大変なことになるかもねー」

「……」


 本当は「そんなまさか」と言いたかった。

 が、今の状況を冷静に見れば、芽衣の意見も否定しきれない。

 現に自分のことが、ネットや新聞に書かれているのだから。


 中学時代にも慎吾は世代有数の好投手として注目されていたが、決して今ほどではなかった。


(やっぱり、高校野球と中学野球じゃ注目度が段違いだな)


 そんなことを、慎吾は今更ながら実感しつつあった。


* * *


 終業式のため体育館へ向かう途中、慎吾はやけに周囲からの視線を感じた。

 それも、同学年の生徒だけではない。

 一度も顔を見たことのない下級生からも、やけに見られている気がする。


「あのっ!」


 廊下を歩いている最中、不意に横から話しかけられた。

 声のした方を向くと、慎吾の知らない女子生徒が二人。


 その中で先ほど慎吾に声をかけてきた方の子が、震える声で続ける。


「しゃ、写真撮って貰えませんかっ!?」

「写真? ……別にいいけど、こんなところで?」

「は、はい! ここで構わないのでっ!」


 慎吾は首を傾げつつ、他の生徒の邪魔にならないよう少女たちを動かしてから自分も脇に退いた。


「何で撮ればいいの? スマホ?」


 スマホを受け取ろうと手を差し出すと、少女たちは


「あ、あの、そういうことじゃなくて……」


 と何やらモジモジしている。


「多分、村雨に二人の写真を撮って欲しいって意味じゃなくて、村雨と一緒に写りたいって意味だと思うよ。……そういうことだよね?」


 横で見ていた芽衣が、呆れたように口を挟んだ。

 少女たちに確認すると、二人ははにかみながら頷く。


 それでようやく、慎吾は自分の勘違いを悟った。


「あ、なるほど。……え、本当に僕なんかと撮りたいの?」

「は、はい!」

「むしろ先輩が良いんです!」

「……そっか」


 正直、ちょっと、いや、かなり嬉しい。

 ただ、他にも廊下を通る生徒たちがいる手前、あまりだらしない顔をするわけにもいかない。


 慎吾は何とか顔を引き締めながら、二人と写真を撮った。

 取り終えて二人と別れ、気を取り直して体育館へ向かう。

 なぜか隣の芽衣から、やけに視線を感じた。


「……な、何かな?」

「良かったね。可愛い女の子のファンができて」

「ま、まあ、性別とか関係なしに、ファンができるのは良いことだよね」

「良かったね。可愛い女の子のファンができて」

「……」


(今は何を言っても無駄だな)


 慎吾はこれ以上の抗弁をやめることにした。


* * *


 練習の後、慎吾と芽衣はいつもの土手を歩いていた。

 その日はいつもより少し早めに練習が終わったので、真っ赤な夕日を浴びて川面がキラキラと輝いている。


「こういう時間帯、なんか久しぶりだね」


 慎吾は言った。


 大会前は、練習が終わり帰宅する頃には日が沈んでいるのがデフォルトだった。

 夕日をゆっくり見ながら帰るというのは、最近の二人には珍しいことだ。


「うん……」


 芽衣は言葉少なに答えた。

 実は終業式の前に女子二人と写真を撮って以来、ずっとこの調子。


 嫉妬だけにしてはちょっと妙な気もしたが、嫉妬も混じっているのだろう、というのは流石の慎吾にも分かる。


 慎吾は芽衣の好意に、薄々気付いていた。

 ただ、怪我明けの大事な時期を過ごす彼にとって、今のところ野球が最優先。

 以前の失恋も相まって、芽衣の気持ちを見て見ぬ振りしていた節があった。


(少なくとも山吹実業を倒すまでは、雪白の気持ちには……だけど……)


「写真、撮らない?」


 気づくと慎吾は、そう口に出していた。


「写真?」

「うん。2ショット。せっかく夕日が綺麗だし」

「……良いけど、逆光が凄そう」


 口では不平を言いながらも、「村雨、写真撮るの下手そうだから」と芽衣は自分のスマホを取り出した。カメラを自分の側に向け、慎吾と2ショットを撮る。


「あはは、やっぱ逆光で全然顔が見えないや」

「マジかー」


 芽衣が機嫌を直したことに、慎吾はほっと胸を撫で下ろした。


* * *


 数日後の県大会4回戦、対港南高校戦。

 慎吾の投じたボールが、金属バットにぶつかった。


 ギン、という鈍い音とともに、打球がふらふらとセカンド後方へ上がる。

 追いかける青嵐高校二塁手・二岡のグラブをすり抜け、ボールは天然芝の上を弾んだ。その瞬間、球場全体がぐらりと揺れるほど湧きかえる。


 その日の試合は地元のケーブルテレビで中継されていた。

 実況席では実況が興奮気味に話し、隣でそれを解説が聞いている。


『ヒット、ヒットです! 2回戦の桂泉高校戦から続いていた青嵐エース・村雨のノーヒットが崩れました! 港南高校6番・小林、ついにやりました!』

『試合も終盤に差し掛かって、あわやノーヒットノーランかと思いましたが……打った小林くんを褒めるべきですね』

『ええ! そして、港南高校側の応援席はこの盛り上がりようです!』


 試合は8回裏、6対0で青嵐がリードしていた。

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