13 試合の後
「ゲーム!」
球審の試合終了の合図の直後。
サイレンの鳴り響く中、慎吾は目の前に並ぶ桂泉高校の野球部員たちと挨拶を交わしていた。
「おい、村雨」
そんな慎吾に、話しかけてくる者が一人。
桂泉高校エース、生天目だった。
「あ、どうも。えーっと、生天目だっけ?」
「ああ、そうだ。……ナイスピッチ。完敗だったよ、今日は」
「……そっか」
生天目も良いピッチングだった、と言いかけて慎吾はやめた。
今は自分が勝者で向こうは敗者という立場。
何を言っても、憐れみや同情と受け取られるような気がした。
自分がもし相手の立場なら、その類の言葉は掛けてほしくない。
「まあ、1点取っておいて良かったよ。危うくノーヒットノーランになるところだったぜ。なあ、榊原?」
生天目が声をかけると、近くにいた榊原が振り向く。
泣き腫らした目そのままに「まあな」とニヤリとしてから、慎吾を見て続ける。
「下手な相手に負けたりしたら許さねえからな」
「……分かった」
慎吾は頷いた。
野球は必ずしも試合に賭ける思いの強かった方が勝つスポーツではない。
勝者にドラマがあるように、敗者にも一つ一つドラマがある。
彼らのドラマを今自分は背負うことになったのだと、慎吾は悟った。
* * *
「……なんか、実感湧かねえ」
球場から学校へ帰る途中の電車内。
猿田がしみじみ言うと、芽衣が「だね」と頷いてから続ける。
「球場出る時とか、凄かったよね」
「ああ、あれな。どこから湧いて出たんだってくらい、メディアの人沢山いたよな。村雨なんて、囲まれ過ぎて窒息死しそうになってたし」
「……それはちょっと大袈裟だけど、まあ、確かにびっくりしたよね」
慎吾はつい先ほどの出来事に思いを馳せた。
試合を見ていた人にそれなりのインパクトを残した自覚はあったが、まさかあれほどとは思わなかった。
「おい、見ろよ。さっきの試合、早速ネットニュースになってるぞ」
3人で話していると、一人スマホを弄っていた福尾が画面を彼らに見せてきた。
皆が画面を覗き込むと、『桂泉高校、まさかの初戦敗退』というタイトルの記事が目に飛び込んでくる。
「えぇ〜!? 何で主語が桂泉? そこは『青嵐高校、2回戦突破! エース村雨好投、ノーヒットノーラン未遂の17K!』でしょ!」
「バカ、そのタイトルじゃアクセス数稼げないだろ。青嵐のことも村雨のことも、今んとこ誰も知らないんだから」
記事のタイトルに文句を言う芽衣に、猿田がなぜかやけに冷静な指摘をする。
芽衣はそれでもまだ納得いかなかったのか、頬を膨らませていた。
そこへ呆れた福尾が割り込む。
「……お前ら、内容もちゃんと読めよ。一応、村雨の投球内容とかちゃんと触れてくれてるぞ」
「あ、ほんとだ。写真も載ってる!」
芽衣の指摘の通り、慎吾が投げる瞬間の写真がそこには載っていた。
猿田が慎吾の方を見てにやりとする。
「全国デビューだな、村雨」
* * *
翌日の朝。
慎吾が自室から階下の居間に降りると、食卓では父の丈晴が新聞を読んでいた。
「……おはよう」
声を掛けると、丈晴は慎吾の方を一瞥もせずにおはよう、とだけ答える。
(父さんが新聞だなんて、珍しいな)
そう思いながら食パンを電子レンジに放り込むと、紙面から目を離さずに父が話しかけてくる。
「昨日の試合、中々良いピッチングをしたそうだな」
「そうだけど、それがどうしたの?」
「……いや、まあ、なんだ。努力が実るのは悪いことではないが、だからと言ってあまり調子に乗っても駄目だぞ。どうも今のお前は、それなりに注目され始めているようだから」
「……ああ、そういうこと」
慎吾は納得した。
厳しい言葉をかけているようで、どうも父は父なりに自分のことを気にかけてくれているらしい。
「今更調子に乗ったりはしないと思うけど……まあ、危なそうなら注意してよ。自分じゃ分からないからさ、そういうの」
「……それを自分で言えるのなら、今のお前は大丈夫そうだな」
「そういうもの?」
「そういうものだ」
二人の会話はそれで終わった。
慎吾が朝食を食べていると、先に食べ終えた丈晴が新聞を畳んで食卓の脇に置き、「行ってくる」とだけ言って居間を出る。
行ってらっしゃい、と父の背中を見送ってから、慎吾は何気なく丈晴の置いていった新聞を開いてみた。滅多に新聞を読まない父がどんな記事に興味を持ったのか気になったから。
新聞は全国紙ではなく、神奈川の地元紙だった。
慎吾がマウンドで軽くガッツポーズを取っている写真がでかでかと載り、横には『青嵐エース村雨 強豪桂泉相手にノーヒット17Kの快投!』という文字が踊っている。
「……」
慎吾は新聞をぱたりと閉じた。
(見なかったことにしよう)
そう決意した。
今日はこれから3回戦。
昨日完投した慎吾に登板の機会は無いが、打の方でしっかり貢献しなければならない。