12 決着
Team 123456789 R H E
青嵐 000001 130
桂泉 100000 100
「クソッ、どうなってやがる」
7回表の青嵐の攻撃を凌いだ後、マウンドを降りる際に生天目はそう呟いた。
この回は0に抑えたものの、ヒットを一本浴びた。
さらに、下位打線相手にかなり粘られてしまった。
球数を確認しようとスコアラーの元へ行く。
スコアブックには111球と記されていた。
決して少なくはないが、もの凄く多いわけでもない。
やはり投げた数がどうこうというよりは、酷暑の影響が大きいのだろう。
願わくば向こうのピッチャーにも、自分と同じくらいは疲れていて欲しい——生天目のそんな期待も虚しく、2番を打ち取った村雨は3番・4番と連続三振に切って取る。
「クソッ、どうなってやがる……」
先ほどよりか細い声で呟いた後、生天目はマウンドへ向かう。
* * *
8回表の青嵐の攻撃は、7回と同じく無得点に終わった。
1アウトから2番の翔平が2ベースヒットで出塁し、慎吾が四球でチャンスを広げたのだが、4番・5番の福尾・猿田が共に凡退。
意気消沈してベンチに戻ってくる二人を、依田は呆れた様子で眺めた。
「寸止め大好きだな、君らは。わざとやってんのか?」
「いや、わざとはやってないっス。シンプルに打てないだけで……」
「まあ、こういう日もあるってことで」
どんよりとしている福尾に比べ、猿田は飄々としている。
「君ら二人は、足して2で割るくらいがちょうど良いな」
「はあ? どういう意味ですか、それ」
「……何でもねえ。ほら、さっさと守備に付きな」
手を振って二人をグラウンドに追い立てた後、依田はため息をついた。
「こうなると、打順をもうちょい考えないとだな……」
「そもそも、なんで2番が翔平なんですか?」
スコアを書いている芽衣が横から尋ねると、依田はどこからともなく無造作に一冊の本を取り出した。『猿でも分かる2番最強説』と表紙には書かれている。
「この本に、最近の流行りは2番に最強のバッターを置くって書いてあったから」
「……あー、そうですか」
「ただ、今の打順だと福尾と猿田が不調な時に、村雨が勝負され辛いんだよな。やっぱりここは、晴山を村雨の後ろに置くべきか……」
「そうすると、今度は翔平が勝負を避けられそうですけどね」
「……本当だ! 雪白、お前もしかして天才か?」
「……監督はもうちょい野球の勉強した方がいいですよ」
今度は芽衣がため息をつく。
強豪校相手に接戦を演じているチームの監督とはとても思えない。
(まあ、監督のこの緊張感の無さが、ウチには合ってるのかもしれないけど)
* * *
8回裏の桂泉の攻撃はあっという間に終わり、9回表。
生天目は青嵐の6番・7番を打ち取り、何とか2アウトまで漕ぎ着けていた。
(あと一人で延長か……。こうなると、根比べだな)
自分のスタミナが最早限界に差し掛かっているのは分かっている。
だが、村雨もターミネーターではない。
怪我明けなのが本当であれば、流石に延長に持ち込めばいつか疲れが出るはず。
そんな淡い期待を抱きながら、青嵐の8番打者・佐宗を迎える。
4球目、決め球のつもりで投じたフォークにバットを当てられた。
打球はポンポン弾みながら生天目の横を転がり、ショートの元へ。
しかし、バウンドが難しかったのかショートがこれを弾き、その間に佐宗が一塁へ到達する。
「わりい、生天目」
「いいよ、いいよ」
生天目は軽く手を振った。
ショートのエラーそのものより、自分のフォークを下位打線に当てられたことの方が気になっていた。
何となく嫌な予感がしたが、ふっと息を吐いて弱気を押し出す。
続く9番打者との勝負、今度もフォークだった。
打球は三遊間をきれいに抜け、レフト前ヒット。
(……こんなところで、絶対負けるわけにはいかないんだよ)
抜けていった打球を眺めてから、ホームに視線を戻す。
ちょうど1番の石塚が、左打席に入るところだった。
次打者の翔平にだけは回したくない。
そんな思いから、生天目はストライク先行の強気な攻めを見せた。
おかげで早々に2ストライクと追い込んだものの、そこから石塚に粘られる。
結局2ストライク3ボールとなって、捕手の丹波から出たサインはフォーク。
(フォークはもう、通用しないんじゃないか)
生天目は首を振り、カーブのサインに頷いた。
この選択が正しかったのかどうかは、誰にも分からない。
ただ、結果だけ言うであれば。
キン、と打球がライト方向へグングン伸びていき、追いかけるライトの頭上を超えて、そのままスタンドイン。3ランホームラン。
「……終わったな」
生天目は外野席の芝生に吸い込まれていったボールを呆然と眺めていた。
ある意味清々しさすら感じるような、そんな打球だった。
* * *
9回裏、2アウトランナー無し。
試合が終わるのを阻止すべく、リードオフマンの榊原が左打席に入った。
結局ここまで、桂泉にはヒット1本たりとも出ていない。
(この大会のために高校生活を捧げてきたんだ……こんなところで終われるかよ)
既に涙や嗚咽の混じっているベンチからの声援、スタンドからの悲痛な声援を受けて、榊原はスッとバットを構えた。
初球、村雨のストレートが内角高めに食い込んでくる。
榊原はこれを空振りし、1ストライク。
2球目も同じコースへのストレート。
今度も空振りし、2ストライクと追い込まれる。
マウンド上の村雨は、憎たらしいほど冷静な姿をしていた。
バックの守備陣と声を掛け合いながら、笑みを浮かべてキャッチャーのサインに頷いている。
決着は、呆気なくついた。
3球目。
村雨が投じたインコースへ食い込むスライダーを、榊原が空振りした。
ワンバウンドしたボールをキャッチャーが胸に当てて止める。
振り逃げの可能性に一縷を賭け、榊原は走り出す。
榊原の走る先で、ファーストを守る猿田がミットに福尾からの送球を収める。
3アウト、試合終了。
4対1で、青嵐高校の勝利に終わった。
Team 123456789 R H E
青嵐 000001003 470
桂泉 100000000 101