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57/90

11 流れ

Team 123456789 R H E

青嵐  00000     020

桂泉  10000     100

「まだ向こう、ノーヒットなんだね」


 5回終わりのグラウンド整備中。

 スコアブックを見ていた芽衣は、そのことに気付いた。

 隣で休んでいた慎吾が、


「こういう展開になると、初回の失点がありがたいな」


 と呟く。芽衣は首を傾げた。


「……ありがたい? もったいないじゃなくて?」

「うん。だってさ、久しぶりの公式戦ってシチュエーションがそもそも緊張するでしょ。そこにノーヒットノーランまでかかってきたら、ピッチングがおかしくなる」


 慎吾はタオルで首元の汗を拭くと、立ち上がって芽衣のそばを離れた。


「……そういうもの?」


 仕方なしに芽衣が近くを通りかかった猿田に尋ねると、猿田は慌てて手を振る。


「俺に振るなよ、知らねえから。……てか、逆に聞くけど、俺がノーヒットノーランなんてやったことあるように見えるか?」

「……それ、自分で言ってて悲しくならない?」

「やめろ。それ以上人の傷口を抉んな」


 猿田はそう言い残して去っていった。


 芽衣は、やはり納得いかない。

 こうしてスコアブックを見ていると、どうしても初回が0ならと思ってしまう。

 慎吾にはもっと、日の目を見て欲しいから。


 そんなことを考えていると、また慎吾がそばに戻ってきた。

 どうやらスコアブックを見に来たらしい。

 芽衣の横から覗き込むようにして見てから、口を開く。


「もしかして、見たかった? ノーヒットノーラン」

「……ごめん。正直言うと、ちょっと見てみたかったかも」


 芽衣が白状すると、慎吾は苦笑する。


「悪かったね。でも、幸い神奈川は試合数が多いから、まだ6回チャンスがある」

「確かに! ……って、村雨が全部投げるわけじゃないでしょ」

「あー、それはそうだ」


 二人は顔を見合わせて笑った。

 ひとしきり笑ってから、慎吾が再び口を開く。


「でも、ノーヒットノーランチャレンジを続けるには、まずは今日勝たないと」

「……そうだね。どう、勝てそう?」

「試合中に、勝てなそうって言うやつはあまりいないと思うよ」

「それもそっか」


 話している間に、グラウンド整備が終わった。

 1番バッターの石塚が、2度バットをゆっくり振ってから左打席に入る。


「……2点あれば、今日は勝てる」


 グラウンドを見ながら呟く慎吾の横顔に、なぜか芽衣はゾクっとした。


* * *


 6回の表。

 生天目は先頭打者の石塚を抑えたものの、2番の翔平に四球を許した。


 しかも、今回は翔平が粘った末での四球。

 先ほどの回の、生天目が出したくて出した四球とは訳が違う。


「このシチュエーションは、勝負するしかねえな……」


 酷暑が体力を徐々に蝕む中、生天目は打席に入る村雨を見た。

 仕方ないという風に一つ頷くと、丹波のサインに頷いて一球目を投じる。


 ボール、ストライク、ボールとなってからの4球目。

 生天目のストレートは、村雨に綺麗に弾き返された。


 やば、と生天目が振り返ると、打球は1・2塁間を抜けライトへ。

 その間に1塁ランナーの翔平が2塁を蹴り、3塁へ向かう。

 捕球したライトが内野へ返球し、結果はシングルヒット。

 1アウト1・3塁とピンチを迎えたのだが——。 


「っし!」


 生天目はガッツポーズしていた。


 村雨相手にシングルヒットなら想定内。

 一塁ランナーも還さずに済み、かなりマシな結果に終わったと思っていた。

 これで次のバッターさえ抑えれば、と打席に入る福尾を見る。


 先の回に比べ、福尾は自然体のように見えた。

 何となくやばいな、と思いつつも、満塁策という選択肢は生天目の中にない。

 福尾と猿田の間に、打者としてそこまで有意な差があるとは思えないからだ。


 そして、福尾への3球目——。


 キン、という音とともに、打球はセンターへ舞い上がった。

 センターが軽く後退してボールを捕球したのと同時に、3塁ランナーがタッチアップ。悠々とホームインし、試合は振り出しに戻る。


 生天目は結局後続を絶ち、6回表の青嵐の攻撃は同点止まりに終了した。

 が、この1点は大きかった。

 ヒットすら出ていない桂泉からすれば、絶望的な1点だった。


* * *


「いいか、まだ諦めちゃいかんぞ。5回終わりのグラウンド整備で時間が空くのは向こうも同じ。6回ってのは、得点が入りやすい回なんだ。この回なんとか勝ち越して、皆で逃げ切るぞ」


 岩井の言葉に、桂泉の部員が頷く。


 6回の裏、先頭打者は生天目。代打はなかった。

 今日の岩井は自分に託すつもりなのだろう、と考えつつ、生天目は打席に入る。


 生天目は普段、そこまで打席で闘志を燃やすタイプではない。

 ピッチャーはあくまでマウンドで仕事するべき。

 打席で全力を出してピッチングに影響を出したくないという、高校球児というよりはむしろプロ野球選手らしい考えをしていた。


 しかし、今回の打席は別。

 村雨への対抗心や、先ほどの回同点にされたという負い目もあってか、めらめらと闘志を燃やして打席に入った。


 が、無情にも——。


「ストライクスリー!」


(クソッ、かすりもしねえじゃねえか)


 三球三振であっさりベンチへ戻ってくる。

 村雨は続く9番を凡退に抑え、2アウトで榊原に3度目の打席が回ってきた。

 が、これも「ストライクスリー!」という球審のコールが響く。


 それと同時に、156kmという数字が電光掲示板に表示された。

 ここにきて今日最速のボールに、観客が大きく湧く中榊原はベンチへすごすごと帰ってゆく。


(手が付けられねえな、あの野郎)


 流れは徐々に、青嵐側に傾きつつあった。

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[一言] 怪我明けで156km…… これがトミージョンマジックなのか
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