10 勝負か勝利か
Team 123456789 R H E
青嵐 000 020
桂泉 100 100
0アウト1・3塁の場面で、打席に入るのは青嵐の3番打者・村雨。
生天目はその村雨と、ネクストバッターズサークルに座る4番打者・福尾を見比べた。どちらがより怖いのかは、一目瞭然だ。
桂泉高校の捕手・丹波がマウンドへやって来ると、早速自分の考えを話す。
「このバッターはフォアボールでも良いから、クサいとこ攻めよう。多分次のやつの方が安パイだし、満塁の方が守りやすいだろ」
「相変わらず、そういうとこあっさりしてんのな……まあ、お前がそう言うんならそれで良いや」
二人のやり取りはすぐに終わった。
丹波がホームに戻ると、球審によりプレーの再開が告げられる。
打ち合わせ通り、生天目は甘いボールを1球も投げなかった。
どころかストライクすら1球も投げず、村雨はフォアボールで出塁。
0アウト走者満塁の場面で、福尾が打席に入る。
「舐めやがって……」
福尾は闘志を燃やしていた。
* * *
「雪白。今のフォアボールはどういう意図だ」
青嵐側のベンチで戦況を見守っていた依田が、隣に座ってスコアを書いている芽衣に尋ねた。視線をグラウンドから離さないまま、芽衣が答える。
「多分今のは、向こうのピッチャーが村雨とフッキーを天秤にかけたんでしょうね。それで、フッキーと勝負した方が良いって踏んだんじゃないかと」
「でも、そんなことしたらランナーは増えるだろ。結構リスキーじゃないか?」
「確かにリスクはありますけど、そのリスクも含めて考えて、やっぱり村雨とは勝負しない方が勝算が高いって思ったんじゃないですか? それに……」
「それに?」
「これは、イッシーから聞いたんですけど」
芽衣はちらりと3塁にいる石塚を見てから続ける。
「満塁と1・3塁だと、満塁の方が守りやすいらしいんですよね。1・3塁だと1塁ランナーの動きをケアしつつ、3塁ランナーの動向も見守らなきゃいけないけど、満塁だとその辺が割り切れるみたいです。満塁なら、全ての塁でフォースプレー(※1)になりますし」
「ふーん……確かフォースプレーだと、ゲッツーが取りやすいんだよな?」
「わざわざタッチする必要が無いですから」
「……なるほど。そうならないと良いが——」
依田が言いかけたその時、福尾の打球はショート正面に転がった。
相手方のショートが無難にゴロを捌き、ホームへ送球。
桂泉の捕手・丹波はホームベースに足で触れながら送球を捕り、すぐさま一塁へ転送。ゲッツーが成立した。
「……そうなっちゃいましたよ、監督」
「そうなっちゃったな。さて、次は猿田か」
サインを出す依田をよそに、芽衣はスコアブックへ福尾のゲッツーを記録した。
0アウト満塁があっという間に2アウト2・3塁だ、と一瞬肩を落とすも、猿田ならこういう場面でヒットを打ってくれるかも、と期待を寄せる。
「サル、長打はいらないからなー! シングルヒットで良いんだから!」
「……この場面、さっきと同じだな」
「え?」
意味深な依田の言葉に、芽衣は首を傾げた。
さっきと同じ。一体何のことだろうか。
「だから、今のこの状況だよ。2・3塁より満塁の方が守りやすい。しかも猿田と次のバッターじゃ、天秤にかけるまでもなく猿田の方が……」
「まさか」
芽衣は慌ててグラウンドに目を移した。
生天目の初球はボール。続いて2球目もボール。
明からさまな敬遠でこそないものの、勝負する気がないのは明らかだ。
「向こうのピッチャーは、勝負より勝利にこだわるタイプか。……こういうところで性格が出るのは、野球の面白さだな」
依田の懸念通り、猿田は歩かされ、次打者の二岡は何とか粘ったものの三振。
青嵐はこの試合初めて訪れたチャンスを不意にした。
* * *
「悪りい、村雨。さっきの回、俺が打てなかったばかりに……」
4回裏、桂泉高校の攻撃。
投球練習終わりに福尾がマウンドへ行って慎吾へ先ほどのゲッツーを謝ると、慎吾は手を振った。
「いいよ、いいよ。今日は僕の調子も悪くないし、このまま失点さえしなければ、またこっちに流れ来るから」
「……そうだな。生天目のボールも全く手が出ないって感じじゃなかったし、切り替えてくわ。ありがとう、村雨」
実際、慎吾は福尾の凡退など計算していなかった。
とにかくどこかで1点取れれば、一気にこちらに流れが来る。
そんな予感があったからだ。
その回、2番からと好打順だった相手の攻撃を、慎吾は難なく凡退に抑えた。
* * *
5回も両者無得点に終わり、グラウンド整備の時間に入った。
桂泉高校の監督・岩井は渋い顔で円陣を組む自チームの選手たちを見下ろす。
「待球があまり上手くいってないみたいだな。……榊原、どう思う」
「ファールで粘ろうにも、粘れないのが厳しいですね。ストレートもスライダーも、村雨のボールは全部空振りを取れる球なんで。これ以上待球やっても、あまり意味はないような……」
「……そうか。分かった、待球はここまでとしよう。他に何かあれば聞くが、誰か意見あるか?」
「あ、向こうの配球についてなんスけど……」
4番キャッチャーの丹波が手を挙げた。
岩井が目だけで許可を出すと、丹波は口を開く。
「基本、右バッターへは外角一辺倒、左バッターへは内角一辺倒ですね。球の力のは確かに強いけど、配球は割と単調なんで、そこを狙ってけば何とか——」
「本当に何とか、なるか?」
岩井の確認に、丹波が目を逸らす。
何とかならない、と言っているも同然だった。
岩井はため息をつきたいのを堪えながら、スコアラーの槙島に尋ねる。
「槙島。ここまでうちのヒットは何本だ」
「0です。というか、ランナー自体初回の榊原のフォアボール以降全く出せてないです」
「……当たってないとは思っていたが、まさかそこまでとは」
岩井は榊原にちらりと目を向けた。
「どうやら、初回のお前の判断は正しかったようだ。……今日はもう、この1点を守り切るしかないな」
※1 フォースプレー
……ボールを持った選手がベースを踏むことで、走者をアウトにすることが
できるプレー。タッチプレー(※2)よりアウトを取りやすい。
※2 タッチプレー
……ボールを持った手で走者にタッチすることで、走者をアウトにできるプ
レー。