09 膠着状態
Team 123456789 R H E
青嵐 0 000
桂泉 1 100
2回表の青嵐の攻撃が終わった後。
桂泉高校監督の岩井は自チームの選手を集めて円陣を組ませた。
初回から得点を欲しがるあまり暴走気味の走塁を見せる榊原に、少し思うところがあったのだ。
「ここまで打席に立ったやつからの率直な印象を聞きたい。今日の向こうの先発投手について、どう思った?」
岩井の質問に、3番の桜井が口火を切った。
「スピードガンの球速はもちろん速いんですけど、自分は正直それ以上に速く感じました。手元でググッと伸びてくるというか……まあ、そもそも150km越えのボール自体ほとんど見たことないんすけどね」
「ふむ……他には?」
今度は4番の丹波が、おずおずと手を挙げる。
「丹波か。どうした?」
「いえ、その、多分気のせいじゃないと思うんですけど……向こうのピッチャーと、対戦経験あります。中学の時」
「マジかよ」
「お前、それをもっと早く言えよ」
丹波の発言に、皆が咎めるような目を向けた。
「違うんだって。本当に、ついさっき気付いたんだって」
丹波は必死に言い訳してから、岩井に目を移す。
「あいつ、中学の頃神奈川で無双してたやつですよ。山吹実業に行ってたはずが、確か怪我がどうとかでいつの間にか転校してた、みたいな噂は聞いてたんですけど……まさか青嵐にいるとは、思いも寄りませんでした」
「あ……村雨って、あの村雨か」
丹波と同じ神奈川のシニアリーグで野球をしていた部員の何人かが、言われて初めて気付いたのか声を上げる。榊原や梶田は中学時代は東京だったので、あまりピンときていない様子だった。
「なるほど……怪我か。それなら確かに、やけに情報が少ない理由の説明もつくな。いくら転校後1年公式戦に出られないとはいえ、あれほどの投手がここまで埋もれているのは普通あり得んぞ」
岩井は顎を撫でながら考えた。
しばしの沈黙の後、「よし、分かった」と口を開く。
「ここからしばらくの間、待球しよう。もし本当に怪我明けなら、向こうの投手はスタミナに不安を抱えているはずだ」
「「「はい!」」」
部員たちが揃って返事するのを確認してから、岩井はマウンドへ目を移した。
そこでは村雨が、相変わらず素晴らしいボールを投じている。
「村雨くん、君には悪いが……怪我明けだろうと、こちらは容赦しないぞ」
* * *
2回裏、桂泉高校の攻撃。
5番、6番から連続で三振を奪い、初回も含めると連続三振を3に伸ばしたところで、桂泉打線のボールの待ち方が変わってきたことに慎吾は早速気付いた。
(多分これ、向こうは待球してきてるな)
中学時代に培ってきた経験が、慎吾にそう告げている。
しかし、福尾はまだ気付いていない。
とはいえここで福尾をいきなりマウンドに呼べば、桂泉ベンチから怪しまれる。
慎吾としては、こちらが向こうの戦略に気付いているのを悟らせないようにしつつ、相手の待球を防ぎたかった。そこでこの回は、福尾のリードに大人しく従う。
7番打者からも三振を奪い、連続三振を4に伸ばしたところで3アウト。
ベンチへ戻った後、慎吾は福尾の肩を叩いた。
「福尾。多分桂泉は、待球しにきてる」
「待球? ……まさか、あの桂泉が?」
いくら慎吾が好投手と言えど、桂泉のような強豪が、青嵐相手にわざわざそんな戦法を取るはずない。そんな先入観を、福尾は拭えなかった。
無理もない。常に打者を見下ろして投げ、相手から様々な対策を練られる立場だった慎吾でなければ、すぐには気付かなかっただろう。
「そのまさかなんだよ。だから、しばらく気付かない風を装いつつも、球数は省エネでいきたい。そういうリード、できそう?」
「村雨の球なら、やってやれないことはないだろうな。でも、本当なんだよな? これで待球じゃなかったら、痛い目見るぞ」
「合ってる、と僕は思う。あとは福尾が、僕を信じてくれるかどうかだ」
「……分かった、信じよう。強豪とやり合う経験は、間違いなく村雨の方が持ってるからな」
二人は顔を見合わせて、頷き合った。
* * *
3回は両チーム無得点に終わった。
慎吾の連続三振は結局6まで伸びたところで、榊原のショートフライにより途切れた。
しかし、投球内容は相変わらず圧倒的。
相手の待球作戦を見抜いた上での配球が見事にはまり、球数を節約しつつもアウトを重ねた。
一方の桂泉高校エース・生天目は、よほど調子が良いのか、ここまで一人も塁に出さないパーフェクトピッチング。岩井は待球作戦が思うようにいかないことに焦りつつも、生天目の出来には満足していた。
「すまんな、生天目。今日はしばらく、お前に耐えてもらう展開になりそうだ」
「まあ、向こうの打線はあのピッチャーほどじゃないですし、何とかなるんじゃないスかね。それに、パーフェクトかかってますから。張り切って行きますよ」
「……まだ4回なんだ。あんまり色気出すなよ」
気安く頷く生天目を見て、岩井はむしろ不安になった。
一方の生天目も、監督の前でこそ大口を叩いたが、そう簡単にはいかないだろうと内心踏んでいる。
(下位打線はほぼ置物だったけど、上位は結構良い振りしてんだよな……でも、今日の俺はとにかく調子がいい)
投球練習を終えてプレイがかかると、青嵐の1番打者・石塚が打席に入る。
(ちょっとバッティングに自信がある、くらいじゃ今の俺は打てないはず!)
生天目は自信を持って、初球を投げた。
ところが、そのボールを石塚のバットが捉え、打球は三遊間を抜ける。
早速パーフェクトが崩れた。
さらに続いて打席に入った翔平もヒットを放ち、0アウト1・3塁。
青嵐にとってはチャンス、桂泉にとってはピンチという場面を迎える。
「あいつ、言ったそばから……」
ベンチで見ていた岩井は、額に手をやった。
Team 123456789 R H E
青嵐 000 020
桂泉 100 100