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04 嫌な予感は当てにならない

「明日の先発は猿田で行く」


 7月も半ばに差し掛かろうという頃。

 1回戦の前日のため、いつもより早めに終わった練習の後、部員を集めた依田がそう告げた。


「ええ!? 猿田で大丈夫ですか?」


 石塚がまず反応した。

 ほとんど脊髄反射のようで、猿田に対して失礼だとか、そういうことは一切考えてなさそうだった。


「……石塚。お前後で覚悟しとけよ」


 猿田が低い声で言うと、石塚はすぐさま「あ、さっきの発言はなかったことにしてくれ」と撤回した。もちろん、なかったことになどはできない。

 

 今度は翔平が口を開いた。 


「でも、石塚さんの言うことにも一理はあります。だって、要するに、2回戦の桂泉に向けて慎吾さんを温存するってことですよね? 先のことは考えない方が良いって、監督自分で言ってたじゃないですか」

「俺はあくまで、みんなには先のことを考えず、目の前の試合に集中してほしいと言っただけだ。誰も先のことを考えなかったら、部が成り立たないだろうが」

「まあ、それはそうですけど……。というかそもそも、1回戦と2回戦って確か3日くらい空きますよね? そのくらいなら連投でもいけるんじゃないですか?」

「晴山、君は大事なことを忘れてるな。村雨は怪我明けだ」

「……あ、そっか」


 納得したのか、翔平はそれ以上食い下がらなかった。

 部員からの意見が出尽くしたとみた依田が続ける。


「そもそも、明日の先発を猿田にしようと提案したのは俺じゃない。福尾だ。それも、村雨の連投を避けるためというよりは、桂泉との試合に向けて、村雨を隠すことが主な目的らしい。そうだな、福尾?」

「はい。相手が村雨を知らないという状況を、最大限活用したいんで」


 福尾が言うと、「まあ、福尾が言うなら……」と皆納得する。

 なんとなく釈然としないものを感じながら、依田は締めに入った。


「とにかく今日は真っ直ぐ家に帰って、さっさと寝ろ。いいな?」

  

 皆が返事をして、着替えようと部室に戻る。

 着替え終えた慎吾が部室を出ると、途端にぽつぽつと雨が降り出した。


「……もしかして、村雨って雨男?」


 一緒に部室を出た福尾が、そんなことを尋ねてくる。


「まさか。というかこの場合、福尾が雨男の可能性もあるよね」

「でも、村雨は苗字に雨って漢字が入ってるじゃん。だから、俺より雨男の可能性が高いだろ」

「……」


(どんな理屈だよ)


 福尾に呆れながらも、慎吾は空を見上げた。

 さっきまで綺麗な夕焼けを見せていた空に、今は暗雲が立ち込めている。


「……嫌な予感がするな」

「やめろよ、試合前日にそういうこと言うの」


 福尾は慎吾の頭を軽く叩いた。


* * *


 カキーン、という金属音とともに、打球が三遊間を抜けてゆく。

 三塁ランナーがホームへ生還し、マウンド上の猿田が苛立ちを隠せないという風に渋い顔をする。


 後続を断ってベンチに戻った猿田は、厳しい顔を崩さなかった。


「まずいな」

「まずいって?」


 今日はファーストを守っている慎吾が尋ねると、猿田は大真面目な顔で続ける。


「これで俺の完封が途切れた。しかも、点差が6に縮まった。また点を取らないといけない」

「……ああ、そうだね」


 県大会1回戦、対汐見台高校戦。

 試合は6回まで終了し、7対1と青嵐高校の大量リード。

 7回以降は7点差でコールドゲームが成立するので、それを狙おうと思うのであれば、今の失点によりもう1点追加しなければならなくなった。


「次の回は幸いにも俺に打席が回りそうだし、今の失点の借りを返してやる」

「あー、それはどうだろうな……」


 ベンチの動きを見ていて、なんとなく依田の采配を察した慎吾が言葉を濁す。

 猿田が首を傾げていると、腕を組んで片足だけグラウンドに出している依田が、


「猿田ァ! 君はこの回までで晴山にピッチャー交代な」


 と声をかけてきた。


「了解です。ポジションは翔平と入れ替わりでサードですか?」

「いや、ベンチに退いてもらう。今日はよくやった。アイシングをしてしっかり肩を休めてくれ」

「……え? 俺、交代?」

「ああ、そうだ。この回君に打順が回るなら、代打を出すつもりだ。他のやつにも経験を積ませておきたいからな」

「……うぇーす」


 猿田は渋々納得したのか、クールダウンをすべく屋内ブルペンへ向かった。

 慎吾がヘルメットを被り、バットを持ってネクストバッターズサークルへ向かおうとすると、今度は福尾が声をかけてくる。


「当たったか? 嫌な予感」

「……今日は僕にまだヒットが出てない」


 夕べの予感はどこへやら、試合は終始青嵐のペースで進んでいる。

 だが、外れたとは認めたくないので、慎吾が何とか無理矢理「嫌な予感の正体」を捻り出すと、福尾がにやっとする。


「だったらこれから打てばいい。試しにホームラン、狙ってみろよ」

「……本当に狙うからね? 凡退だったら、この打席は福尾のせいにするよ?」

「おう、すればいいさ」


* * *


 2番バッターの翔平が四球で出塁した後、ノーアウト走者1塁で慎吾が右打席に立った。今日の慎吾はここまで3打席立って、2打数0安打1四球。確かにヒットはまだ出ていない。


(……福尾のやつ、無責任なこと言って)


 慎吾はすっとバットを構えた。

 ホームランを狙う、と決めると逆に腹を括れたのか、やけにトップの位置がしっくりくる。


 汐見台のピッチャーの、セットポジションからの第1球。

 すーっと甘いコースに入ってきた変化球を、慎吾のバットが捉えた。

 快音とともに、打球はレフトスタンドへ向かう——。


 最終スコアは9対1。

 慎吾の2ランホームランが決め手となり、7回コールドで青嵐高校は2回戦進出を果たした。

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