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04 芽衣の葛藤

 慎吾との出会いをきっかけに、中1の終わり頃、芽衣はソフトボール部に入った。

 慎吾を見た秋から時期がずれたのは、中途半端な時期に運動部へ加わる踏ん切りが中々つかなかったため。

 野球ではなくソフトボールだったのは、そもそも女子で野球をしている人が学校にいなかったからだ。


 野球部のマネージャーという選択肢もあったが、部活動の野球部には慎吾が参加していないうえ、当時の芽衣は自分でプレーをしてみたいという気持ちが強かったので、プレーヤーとしてソフトボール部に入った。


 幸いソフトボール部は慢性的な部員不足に悩まされていたので、芽衣の入部を誰もが歓迎してくれた。

 おかげで彼女の性格は徐々に明るくなり、さらに部活で毎日それなりの量の運動をこなす習慣がついたせいか、徐々に身体がスリムになっていった。


 また、当時のソフトボール部員の中には高校野球オタクもいた。

 彼女たちの影響で高校野球にも関心を持つようになった結果、今の芽衣は硬式野球部のマネージャーをしている。


 こうして振り返ってみると、今の自分があるのは慎吾のおかげで、その慎吾が今日という日に芽衣のクラスへ転校してきたのは運命としか思えなかった。

 向こうからすればピンとこない話だろうが。


(これ、毎日鞄に入ってるってバレたら、絶対キモいって思われたよね)


 例のボロボロのバッティンググローブをひらひらさせながら、芽衣は苦笑する。

 慎吾の手前否定したものの、実際のところ彼女は常にそれを持ち歩いていた。


(……しっかし、中2の頃ですら今日ほどまともに村雨と会話できたことってあったかな)


 思い返せば、当時は同じクラスになって狂喜乱舞したものの、憧れの気持ちが強すぎたのと暗い性格を引きずっていたせいか、普通に日常会話をするなど思いもよらなくて。

 ソフトボールを話題の糸口にして、アドバイスを貰おうとするくらいしか会話の選択肢が無かったのだ。


 そういう悲しい過去を考えると、今日1日の進歩は彼女にとって目覚ましいものがあった。ただ——


(……スポ薦だったよね、村雨って。こっちに転校してきたってことは、やっぱり……)


 芽衣にとって慎吾は憧れの異性なので、進学先も、誰と付き合っているのかも当然の如く把握していた。

 そもそも青嵐へ進学したのも、慎吾が朱莉と付き合っていることを知っていて、自分では彼女に敵わないと諦めたからだ。

 そうでなければ、芽衣も今頃山吹実業にいただろう。


 学校でこそ「村雨って、さ。野球、やってたよね?」などととぼけて尋ねたものの、そんなことは最初から知っている。

 あの時芽衣の頭の中では、わざわざスポーツ推薦で入った野球の強豪校をやめて普通の公立に転校してきた以上、野球部で何かあったのだろう、というところまで頭が働いていたのだ。


 そしてもちろん、朱莉との間にも何かあったのだろう、と。


(洋平に聞いてみるかな? アイツも確か山吹実業だったし)


 慎吾のついでとして覚えていた幼馴染の進学先を思い出し、そんな案がふと頭に浮かんだ。

 しかし次の瞬間、今度はその幼馴染本人の顔が浮かび、芽衣は首を振る。


(いや、アイツに借り作るとかムリムリ。そもそも、本人の知らないところでこそこそ嗅ぎ回るなんて良くないし)


 やっぱり本人に聞くしかないのか、と納得しかけたところ、今度は慎吾の顔が思い浮かび、芽衣は再び首を振る。


(いやいや、野球部のことはともかくとして、南雲さんと別れたかどうかなんて聞けないでしょ!)


 芽衣が一人ベッドの上で苦悩に身悶えていると、スマホがブーッと振動した。


(村雨だったりして)


 一瞬期待したものの、野球部LIMEからの通知と気付いて落胆しつつ、グループのアイコンをタップする。

 するとすぐに、『なんか噂で聞いたんだけど、転校生って山吹実業から来たらしいな』という同学年の野球部員、猿田のメッセージが目に入った。


(もうそんなことまで……)


 芽衣が額に手をやると、立て続けにスマホが振動し、芽衣の目の前で新着メッセージが送られてくる。


『マジ? まさか野球部じゃないよな?』

『そのまさからしい。なんでウチに来たのかまでは知らないけど』

『ええ!? じゃあ、勧誘しないと! クラスどこだっけ?』

『確かB組だから……雪白のクラスじゃね? 雪白はなんか知らない? 転校生のこと』


(やっぱそうなるかぁ)


 芽衣はため息をついた。

 転校したての今日だとは流石に思わなかったが、正直言って、この展開そのものを予想していなかったわけではない。


 そもそも芽衣だって慎吾の姿を見た瞬間、真っ先に頭に浮かんだのだ。

 転校の事情は分からないが、ともかく慎吾を野球部に引き込めば戦力アップになる、と。

 もちろんそこには、自分の憧れの人が野球するところをまた見たいという、彼女自身の私情も混ざっていたが。


 ただ、自分の願望や野球部としてのメリットとは別に、相手の事情を考えると。

 今すぐ露骨に勧誘するのはまずいというのが、今日の慎吾との会話から芽衣の出した結論だった。


 芽衣はわずかに逡巡した末、自分の判断を信じることにした。


『知ってるよー。てか、隣の席だし。でも、転校生にも色々事情があるだろうから、みんなはしばらくそっとしておいてね。とりあえず私の方で探ってみるから。それで良いかな?』


 芽衣が文章を打ち、送信した数秒後。

 部員たちから了解の言葉や、その意味を示すスタンプが次々に送られてくるのを見ながら、彼女は安堵の息をついた。

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