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05 サイド転向

「ちょっと待った。え、何、ほんとに招待試合やんの? 

 しかも、相手が海王大付属?」


 職員室で依田・森の指導者二人と話した後。

 二人から聞いたことを、練習前の部室で慎吾が部員に報告すると、先陣を切って猿田が言った。


 慎吾が頷くと、しばしの沈黙の後、


「マジかよ、文化祭終わった」

「絶対公開処刑されんじゃん」

「てか、森じい海王大付属OBだったのかよ。全然見えねえ」


 部員たちの嘆き声が部室を満たす。


 彼らの反応も無理はない。

 海王大付属は近年その強さに陰りの見える山吹実業に代わって、神奈川の高校野球界を引っ張る存在。


 加えて青嵐は、つい2週間ほど前の夏の大会で、海王大付属相手に6回コールドのぼろ負けを喫したばかり。そのトラウマは、部員たちの脳裏にしかと刻みつけられていた。


 さて、お通夜のような雰囲気の中、翔平のスカウト結果について話すのは慎吾も流石に気が引けたが、腹を括ってこれも全て話した。翔平をスカウトするつもりだ、ということ自体は以前に打ち明けてある。


 慎吾が話し終えると、またしばしの沈黙の後、


「……じゃあ、その子には他の高校に行ってもらうしかないな」

「うん、今回は縁がなかったってことで」

「だな。ちょっと強い相手ならともかく、海王大は今の俺らには荷が重い」


 と部員たちは言い合う。


 正直言って、慎吾も彼らの意見に同調したかった。

 現状の彼我の差を客観的に見た時、お互いが全力でぶつかりあえば、何度戦おうと今の海王大付属には勝てないだろう。


 ただ、ここで自分が同調していいのか。

 数週間前、主将に選ばれたときのことを慎吾は思い出す。


『強豪のことを一番よく知ってる、村雨が主将やるべきじゃねえの?』


 慎吾を最初に主将に推薦した石塚は、確かにそう言っていた。

 つまりそれは、こういう時のためだったのではないか。

 一見不可能に見えるこの状況を覆すだけの希望を見せるために、自分が主将に選ばれたのではないか。


 意気込んだ慎吾が、息を吸って口を開きかけたその時。


「まあ、まだ諦めるには早いんじゃないか?」


 副主将の一人・福尾が、慎吾に先んじて言った。

 するとすぐに、石塚が笑って応じる。


「そうだよ。大体向こうだって、俺ら相手に本気出すとは限らないぞ。文化祭だからって、ワンチャン花持たせてくれるかも」

「向こうが花持たせてくれても、負けるかもしれないけどな」

「それを言ったらお終いだろ、お前」


(……メンタル面は、この分なら大丈夫そうだな)


 徐々に明るくなる皆の顔を見ながら、慎吾はそう思った。

 ただ、実力面ではこのメンバーで勝つとなると——。


(……やっぱり、ピッチャーか)


 慎吾は猿田に目を向けた。

「ん、俺?」と自分の顔を指さす彼に、喧騒の中「うん。……後で、ちょっと話があるんだけど」とだけこっそり告げる。


「……りょーかい、キャプテン」


 猿田は笑って応じた。


* * *


 その日の練習後。

 慎吾は猿田と二人、部室に残っていた。

 芽衣には事情を話し、先に帰ってもらっている。


「……で、話って?」


 こちらに目を向ける猿田に、慎吾はどう切り出そうか迷った。

 なにせ、中々デリケートな話だ。


 慎吾自身もずっとピッチャーだったので、ピッチャーという人種の言って欲しいことと言って欲しくないことは、なんとなく分かる。そしてこれから慎吾が猿田にしようと思っている話は、彼の経験に照らし合わせれば、まず間違いなく言って欲しくない類のものだった。


「……猿田はさ、自分のフォームにこだわりとかある?」


 結局口をついて出たのは、そんな迂遠な質問。

 しかし、猿田はその一言で察したのか、にやっと笑う。


「いや、特にはないけど……何? サイドに転向して欲しい、とか?」


 いきなり図星を指され、


「あ、もちろん無理にとは言わないけど、その——」


 言葉を濁そうとする慎吾を遮って、


「いいよ、はっきり言ってくれて。分かってるんだ。俺のボールでは、強豪相手じゃ通用しないことくらい」


 猿田は言った。


「……でも、サイド転向を勧める立場でこんなこと言うのも何だけど、絶対に成功するとは限らないよ?」


 もちろん、転向を勧める以上は慎吾の方でも最大限フォローするつもりはあるし、そもそもデメリットを上回るメリットがあると思っているから、慎吾はサイドスローへの転向を勧めている。


 例えば、猿田は今のフォームではカーブしか変化球が投げられない。

 遊びでサイドスローをした時にはスライダーやシンカーが投げられるようだったので、少なくとも変化球については、サイドスローに変えた方が幅が広がる。


 さらに、サイドスローは球速こそオーバースローやスリークウォーターに比べて出にくいものの、投球に角度がつくので、初見殺しになりやすい。一発勝負の高校野球では、この初見殺しが想像以上に効果を発揮するのだ。


 ただ、同じピッチャーである以上、本人の気持ちは何より優先しておきたい。

 そんな思いを滲ませながら慎吾が確認すると、


「……でも、今のままじゃ強いやつに太刀打ち出来ないのだけは確かなんだ。だったら挑戦してみるのも、ありなんじゃないかと思う」


 猿田がそう答えた。

 どうやら、先日の夏の大会で海王大付属に打ち込まれたのは、彼にとっても大きな経験だったらしい。


 思いの外前向きな答えを得た慎吾は、安心したように微笑む。


「そ、そっか。なら、明日から——」

「ごめん、それは無理。せめて秋大までは、今のフォームでやらせて。それでダメだったらもう諦めるから」

「あ、はい」

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