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【書籍化】今宵、狼神様と契約夫婦になりまして【コミカライズ】  作者: 三沢ケイ


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第七章 あやかし上司とその後の話

◆◆    1



 事件から二週間が経ったこの日、相澤は高塔と久しぶりに飲みに来ていた。


 宴もたけなわとなった頃、高塔が一本の酒を取り出した。持ち込み料を支払って、特別に持ち込んだのだと言う。

 注がれた透明の液体に口を付けると、からりとした軽快な飲み口と、まるで白ワインを思わせるフルーティーな味わいがした。


「これ、旨いな」

「だろ?」


 青い江戸切子のグラスを見つめる相澤を見つめ、高塔がにんまりと口の端を上げる。


「なにせ俺が、隠世から取り寄せた本物の神酒だから。まだたくさんあるから、飲めよ」


 高塔は瓶子(へいし)を持ち上げると、それを相澤の空になったグラスに近付ける。相澤はありがたくそれを注いでもらった。


「こうやってゆっくり飲んだのも久しぶりだよな」

「そうだな」


 相澤は高塔に注いでもらった後、今度は瓶子を受け取って高塔のグラスへと酒を注ぐ。


 陽茉莉と暮らし始めてからというもの、遅くなろうとも極力夕食は家で食べてきた。こうして高塔とふたりで酒を酌み交わしたのは三ヶ月ぶり近いかもしれない。


「しかしさ。俺、あの日ほど自分ができる男だと思ったことないわ」

「できる男?」


 相澤が怪訝な表情で高塔を見返す。


「あの、強力な邪気が現れた日だよ。新山ちゃんが駆けつけた。一番いい見せ場を礼也にあげて、自分は裏方で後処理に回るって、完璧じゃない? 昔から、お姫様のピンチに現れるのはヒーローだって決まってる」


 器用にウインクした高塔を、相澤が胡乱げに見つめた。


「ただ単に別の邪鬼の始末に追われてて、出遅れただけだろ?」

「いや? 心配した新山ちゃんが電話をかけてくるところから、全て計算通りだけど?」


 すまし顔でそう宣う高塔に、相澤は内心で「うそをつけ」と言う。


 ──けれど。


 あの日、陽茉莉を来させるという判断を高塔が下したおかげで相澤が助かったのは確かだった。


 陽茉莉の癒札がなければ、回復まで数時間かかった。その間に善良な市民が襲われる危険や、邪鬼自体がどこかに逃げてしまい見失う可能性があったのだ。

 現にあのとき、相澤と高塔は二匹の邪鬼がどこにいるのか見失いかけていた。


「いやー、それにしても、新山ちゃんが祓除師になるなんてねえ。しかもまだ始めたばかりなのにあの癒札の効き具合、かなり才能ある気がする」


──それこそ、琴子さんを超えるかもね。


 グラスを置いた高塔は感慨深げに呟きながら、湯葉入りだし巻き卵に箸を伸ばす。この店の看板メニューのひとつだ。


「俺、実は礼也が新山ちゃんのことを無理矢理家に連れ込んでるんじゃないかとちょっと心配してたんだよね。でも、今回の件で平気そうだなって思った」

「…………。無理矢理に連れ込んだりなんか、しない」

「そうなんだけどさ、新山ちゃんにとっては礼也って上司だろ? 提案されたら断りづらいのは事実だろ?」


 高塔の指摘に、相澤は黙り込んだ。そんな相澤を見つめ、高塔はふっと口元を緩める。


「新山ちゃんが祓除師の修行をしたいって言い出したときに、この子は礼也のことが本当に心配なんだろうなって感じた。で、この前は危険を侵してまで礼也の元に駆けつけたのを見て、確信した」


 高塔は再び酒を飲み干すと、相澤のグラスにも注ぐ。


「まあ、半妖と人間だと大変なことも多いと思うけど、あの子なら大丈夫なんじゃない? 悠翔のこともすごく可愛がっているし、そもそも礼也の両親なんて純粋な狼神と人間だったわけだし」


 相澤は徐々に満たされてゆくグラスを見つめる。

 陽茉莉との関係をはっきりさせたほうがいいというのは、相澤もずっと感じていた。


 独身の男女、しかも上司と部下が一緒に住んでいるなど、普通に考えると非常識な状況だ。もしも会社の同僚などに公になれば、相澤だけでなく陽茉莉まで立場が悪くなる。


「まだ〝清廉潔白な間柄〟なわけ? あれ聞いたとき、悪いけど大笑いした」


 その下りについては、後日笑い話として高塔から聞いた。陽茉莉が詩乃のことを相澤の恋人だと勘違いしていて、そう言ったと。


「……きちんとしないといけないって、わかってる」

「礼也と気まずくなった後に新山ちゃんの保護が必要になったら、俺が引き受けてやるから安心しろ。俺も新山ちゃんの愛妻ご飯食べたいからな」


 高塔は相澤に発破をかけるように、軽口を叩く。

 その瞬間、相澤の目付きが剣呑なものへと変わり、部屋の気温がぐっと下がった。


「心配無用だ。陽茉莉は俺が守る」


 低い声には、邪鬼と対峙するときのようなすごみがあった。完全に男として敵視されている。


「決めるのは、新山ちゃんだろ?」


 澄ました表情で片眉を上げてみせると、ガタッと相澤が立ち上がった。高塔はその後ろ姿を見送り、苦笑する。


(相変わらず、新山ちゃんのことになると余裕がなくなるよね)


 高塔からすると、相澤は赤ん坊の頃から成長を見守ってきた弟のような存在だ。すっかりと大人の男になったと思っていたが、こうしてときに余裕をなくすところを見るとついついからかいたくなる。



 店を出て、ひとり歩き始めた高塔はふと空にぽっかりと浮かんだ丸いものに気が付く。


「あれ? やばい、ちょっとやりすぎたかも……」


 今日は満月であることをすっかり失念していた。

 先ほどの高塔の挑発と酒の力も相まって、これはさぞかし力強く迫られること間違いない。


「うーん。でも、まっ、いっか」


 高塔はからりと笑っていつものような適当さで〝問題なし〟と判断する。


「もう一店舗くらい飲んでいくかなー」


 明日には、いい報告が聞けるかもしれない。

 そんな想像をしつつ、高塔は軽い足取りで夜の町へと消えていった。



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