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1-3

◆◆  3



 犬を拾った翌日、残業をしていた陽茉莉は今月の売り上げ実績整理を一段落させると、大きく伸びをした。


「うーん、これでいいかな」


 昨日は急遽動物病院に行ったりしたので、寝不足だ。でも、家に帰るとまた変なお化けが出てくるかもしれないからなんとなく帰りたくない。

 陽茉莉は口元に手を当ててふわーっとあくびを噛み殺す。


「もう八時か……」


 作成すべきものは作ったし、明日の資料も用意したし──。

 そこまで考えて、ふとデスクの端に置かれた提案書が目に入る。表紙には『サロン・ド・ブーケ様』と書かれていた。


(ん? サロン・ド・ブーケ? 明日の営業先ってロイヤル・シンフォニーだよね?)


 嫌な予感がした。バサッとその提案書を持ち上げ、下を見る。


「ない、ない、ないっ!」


 念のためデスクの反対側に積まれた資料も確認したけれど、どこにもない。


「うそ……。相澤係長に渡した資料と逆だった?」


 陽茉莉はがっくりと項垂れる。


 今日の日中、相澤に資料の印刷を頼まれて必要分をセットして封筒に入れたのだが、どうやら一緒に印刷した別の提案先用の資料と逆に入れてしまったようだ。三つ隣の相澤の席を見たが、既に帰宅した後でデスク上は綺麗に整理されていた。


 陽茉莉はキーボードを叩いて社内スケジューラを開くと、相澤の行き先予定を確認する。


「明日はお客様のところに直行? あー、最悪……」


 これは陽茉莉の失態のせいで、お客様に大変なご迷惑をかけてしまうことになる。

 寝不足でぼんやりしていて、確認がおろそかになっていた。


「これは、届けに行くしかないよね……」


 陽茉莉は疲れた体に鞭打ってすっくと立ち上がると、とぼとぼと会社を後にした。



    ◇ ◇ ◇



 その三十分後、陽茉莉は城南地区の閑静な住宅街を歩いていた。

 周囲には大きな一戸建てや、低層の高級マンションが広がっている。


「この辺のはずなんだけどなぁ」


 スマホで地図アプリを確認しながら、周囲を見渡す。かなり近くにいるはずなのだが、どのマンションなのかがわからない。


 先ほどから何度か相澤の携帯電話に連絡したが、取り込み中なのか電話に出ることはなかった。四度目のかけ直しで、ようやく相澤が電話に出る。


「もしもし」

「もしもし、新山です。実は今日の日中に係長にお渡しした資料なんですけど──」


 陽茉莉は一通りの事情を説明し、かなり近くまで来ているのだけれど肝心のマンションが探せないことを伝えた。


「今いる場所からは、何が見える?」

「えーっと、目の前にグローバルタウン港って名前のマンションがあります」


 陽茉莉はちょうど目の前にあった、見るからに高級そうなマンションのエントランスに書いてあった文字を読み上げる。


「わかった。ちょうど裏手だな。その通りからコンビニの看板が見えないか? そこで待っていてくれたら俺が行く」


 通りの進行方向に目を向けると、確かに数百メートル先にコンビニの看板が光っているのが見えた。


「わかりました」


 陽茉莉はスマホの通話を切ると、そのコンビニに向かって歩き始める。

 そのとき、ゾクッとするような寒気がした。


「イイノガイル。モラッチャオウ」


 ヒヒッという笑い声と共に、すぐ近くから聞こえる声。


(この声って……)


 さび付いた蝶番のようにぎこちなく首を回すと、ガリガリに痩せた小人のような男がいた。目がぎょろりと浮き出ており、側頭部には角のような不自然な膨らみ。こちらをまっすぐに見つめて爛々と目を光らせている。


(これ、人間じゃない!)


 すぐにそう気付いた陽茉莉は、走り出す。


(そうだ、お守り!)


 走りながらも慌てて鞄を探っていると、後ろからドンと衝撃を受けた。陽茉莉はその拍子に前に倒れた。


 ──カランカラン。


 弾みで手に持っていたスマートフォンが投げ出され、数メートル先に弾き飛ばされる。


「ツカマエタ」

「ひっ!」


 咄嗟に立ち上がろうと上半身を起こしたタイミングで、にたりと笑う小男が足首を掴む。

 恐怖のあまり声が出ない。


(怖い! 誰か!)


 頭を抱えてぎゅっと目を瞑ったそのとき、どこかから「新山!」と叫ぶ声が聞こえた。

 ぎゅっと体を包み込まれるような感覚。


季節外れの強い風が吹き、「ギャー」と悲鳴が聞こえた。


「新山! 新山! 大丈夫か!?」


 力強く両肩を揺さぶられ、陽茉莉は恐る恐る目を開ける。


「え? 係長?」


 そこには、心配そうに顔を覗き込む上司の相澤がいた。

 珍しく焦ったような様子で、髪の毛も少し乱れている。


 陽茉莉はきょろきょろと辺りを見渡した。


(あれ? あのおかしな化け物は……)


 いつの間にか、陽茉莉に迫ってきた異形のものはいなくなっていた。

 目の前にいるのは相澤だけだ。


「立てるか? 怪我しているな」


 怪我をしていると聞いてふと足を見ると、膝から血が出ていた。恐怖のあまりにほとんど痛みを感じなかったが、さっき転んだときに擦りむいたようだ。


「大した怪我じゃないんで、大丈夫です」


 陽茉莉はそう告げると、慌てて立ち上がろうとする。

 ところがだ。


(あ、あれ……?)


 おかしい。足に力が入らない。


「どうした? 痛むのか?」


 陽茉莉は心配げに問いかけてくる相澤を見上げる。


「…………。すいません。腰が抜けて動けません……」


 その瞬間、相澤の瞳が大きく見開いた。


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