第六章 強敵現る
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年越しの慌ただしさが近付いてきた師走のある週末、陽茉莉は大掃除をしていた。まだ十二月に入ったばかりだけど、早めに始めたほうが後からわたわたせずに済むと思ったのだ。
「お姉ちゃん、棚の上のパタパタ終わったよー」
「はーい。ありがとうね」
得意げな悠翔の言う〝パタパタ〟とは、ハタキのことだ。使い捨てのハタキを使って、大掃除のお手伝いをしてもらっている。
「ただね、裏のところに溜まった白いのが取れないの」
「んー、どれどれ」
陽茉莉は悠翔に手を引かれ、リビングに設置されているテレビボードの裏側を見る。確かに、白っぽい埃が壁との隙間に積もっているのが見えた。狭いので、ハタキでは隙間に入らなかったのだろう。
「これだと掃除機も入らないね。そうだ!」
陽茉莉はそのとき、名案を思いついてポンと手を叩く、割り箸の先に雑巾の端切れを巻き付けて拭けば届くかもしれない。早速使い捨ての割り箸と、雑巾を一枚用意した。
「どっかに、輪ゴムないかな?」
陽茉莉はきょろきょろと辺りを見回す。固定しないと、巻き付けた雑巾が取れてしまう。
「輪ゴム? そっちの引き出しに入ってると思うよ」
「本当? ありがとう!」
陽茉莉は悠翔が指さした、リビングのサイドボードの引き出しを開ける。
引き出しの中には、スティックのりやはさみ、クリップなどの小物が綺麗に整理されて入れられていた。
「輪ゴムどこだろ?」
ぱっと見た限り、輪ゴムは入っていなかった。陽茉莉は引き出しの中に、文具に交じって漆塗りの木箱が入っているのに目を留めた。黒い漆塗りに、椿の花の蝶貝細工が施された雅びな小物入れだ。
「もしかして、この中かな?」
陽茉莉はその木箱の蓋を開ける。
中を確認し、しまわれていたあるものに目が釘付けになった。
「え?」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
悠翔が不思議そうな顔をして、こちらに近付いてきた。そして、陽茉莉の見つめるものを横から覗き込む。
「これ……」
陽茉莉は中に入っていたそれを恐る恐る手に取った。
着物のような生地で作られた小さな巾着袋には、見覚えがある。紫色の紐には両側に房が付いており、中央に金色の鈴が飾られていた。
(私の持っている、お守り?)
それは、陽茉莉が毎日持ち歩いているお守りにとてもよく似ていた。いや、似ていると言うよりは、同じに見えた。少しだけ模様の出方が違うのは、元の生地を切り取った部分の差からだろう。
(なんで、これがこんなところに?)
そのお守りを見つめたまま動けない陽茉莉の横から、悠翔がひょいっとそれを手に取った。
「あ、これ。これね、僕のお母さんが作ったんだよ」
「悠翔君のお母さんが?」
「うん。邪鬼に襲われないようにするお守りなんだ」
悠翔はそれを陽茉莉に見せつけるように持ち上げると、屈託なく笑った。
「邪鬼に襲われないようにするお守り……。これって、どこかで売っていたりする?」
「ううん。売ってないよ。お母さんが作って、自分で持ってた」
「お母さんが作って、自分で……」
陽茉莉は悠翔の言葉をそのまま繰り返す。
そうすることで、自分の頭の中を整理しようとした。
悠翔の母親である琴子さんが祓除師だったこと、そして、陽茉莉と同様に邪鬼に襲われやすい体質だったことは既に高塔や相澤から聞いて知っている。
陽茉莉はそのお守りをじっと見つめた。
陽茉莉が持っている、これと同じお守りは見知らぬ男の子からもらったものだ。
(なんでもらったんだっけ?)
そう考えて、すぐにその男の子が飼っている犬を助けたからだと思い出す。邪鬼に襲われそうになっているところに颯爽と現れた犬だ。
その犬のおかげなのか、あのときすぐに邪鬼はいなくなった。
(あれって、本当に犬だったの?)
陽茉莉は片手をおでこに当てる。
偶然にしてはできすぎている。
邪鬼に襲われたところで、たまたま犬が現れて、調子よく邪鬼がいなくなる。
それだけじゃない。
飼い主の男の子が後日現れて、邪鬼から守るお守りをくれた。
陽茉莉より少しだけ年上の男の子だった記憶がある。
(あの男の子、どんな顔をしていたっけ?)
なんとか思い出そうとしたけれど、幼い日の記憶は曖昧ではっきりとは思い出せなかった。けれど、とても綺麗な顔をしていると見惚れたのだけは覚えている。
(あれって、もしかして相澤係長?)
何ひとつ証拠はないけれど、なぜか確信めいた予感がした。
「そういえばね、もうすぐお父さんが帰ってくるの」
横にいる悠翔が、嬉しそうにそう言った。
「え? お父さん?」
「うん。今は岩手県にいるんだけど、もうすぐ邪鬼退治が一段落するから戻ってくるって」
「そう……」
相澤の父親が邪鬼退治で各地を巡っていることは以前、高塔に聞いた。それが一段落しそうだから、ここに戻るということだろうか。
(私、このままここにいていいのかな?)
相澤の父親が戻ってくるなら、部外者の自分は元の家に戻ったほうがいいのではないか。陽茉莉はそのお守りを見つめたまま、そんなことを思った。




