5-5 ①
◆◆ 5
正面エントランスを入って最初に見えたのは、見上げる程に高い天井からぶら下がる滝のようなデザインのシャンデリアだった。
(わあ、素敵……)
陽茉莉は心の中で、感嘆する。
壁際には半円状の噴水が設置され、心地よい水音を鳴らしている。
その奥、エントランスホールから見えるのは精緻にデザインされた、西洋風庭園だ。庭園には至る所に花が咲き乱れているのが見えるので、全てのシーズンで花が楽しめるようにデザインされているのかもしれない。
「お姉ちゃん見て。ウサギがいるよ」
窓ガラス越しに外を眺めていた悠翔が、興奮したように陽茉莉を手招きする。陽茉莉が悠翔の指さす方向を見ると、植栽の一部がウサギの形に剪定されていた。
「すごいねー。あっちにはくまさんもいるよ」
「え、どこ? ……本当だ!」
悠翔は頬を紅潮させ、目をキラキラさせている。
「悠翔、陽茉莉。部屋に上がるぞ」
悠翔と庭を眺めながらキャッキャとしていると、背後から声をかけられた。チェックインを終わらせた相澤が、カードキーを見せるように片手を上げる。
部屋はシティビューセミスイートと呼ばれる、セミダブルベッドが二つ置かれたタイプだった。〝セミスイート〟を謳うだけあり、六十五平方メートルある室内には透かし格子になった仕切りが設えられており、ベッドがないほう──窓際のエリアには大きなソファーセットが設置されていた。
「すごい。ここ、かなりお高いんじゃないですか?」
「ルームチャージの正規料金が十三万くらい」
「十三万!」
陽茉莉は驚いて、素っ頓狂な声を上げる。
(これって、会社の経費じゃ下りないよね……?)
アレーズコーポレーションの業績は決して悪くはないが、湯水のように経費を使える余裕はない。ということは、自腹?
(前から思ってたけど、相澤係長のご家庭の経済事情ってどうなってるんだろ?)
悠翔から話を聞きかじった限り、陽茉莉が同居するまでは相澤がどうしても家を空けなければならないときは家政婦さんが定期的に来て悠翔の世話をしていたようだ。
それに、今住んでいるところも都心の一等地にある高級低層マンションで、広さは優に一〇〇平方メートルを超えている。
おかしい。
どう考えてもうちの会社の給料だけでは賄えない気がする。
しかし、お金の話をするのは下品なので、聞くこともできない。
相澤はそんな陽茉莉の疑問など露にも知らぬ様子で、機嫌がよさそうに言葉を続ける。
「このホテルで多いタイプの部屋がこれなんだ。反対側がベイビューになっているけど、景色が違うだけで部屋の造りは一緒。リニューアル後も、内装──壁紙や水回りを変えるだけで、基本的な部屋の構造は同じだって聞いている」
「なるほど」
アメニティグッズの営業もする予定なので、最もターゲットとなる部屋数が多いこのタイプの部屋を予約したということなのだろう。
「夜は悠翔と俺が一緒に寝るから、陽茉莉はもうひとつのほうでいい?」
「えー。僕、お姉ちゃんと寝る」
「悠翔は兄ちゃんと寝るんだ」
「お姉ちゃんがいい!」
そのやり取りを見ていて、なんだかおかしくなって笑ってしまった。
「いいよ。悠翔君はお姉ちゃんと一緒に寝よう。礼也さんは体が大きいから、そのほうがいいと思うんです」
陽茉莉がそう言うと、相澤は「それなら……」と同意したけれど、やっぱり不満げだった。そんなに悠翔君と一緒に寝たかったのだろうか。
──都会の癒やし、極上のリゾート。
新たなカノンリゾート東京のコンセプトを思い返す。
「この代金を支払って泊まりに来る位だから、お客様はきっと『さすがはカノンリゾート東京』と思わせるようなサービスを期待していますね」
「だな。俺も、低価格で勝負するよりは、多少値段がかかっても付加価値によるプレミアム感を持たせる戦略のほうが、勝算が高い気がしてる」
「今日初めて来ましたけど、ホームページで見たよりもだいぶゴージャスな雰囲気のホテルで驚きました。もっとモダンな感じだと思っていたのに、思ったより西洋風って言うのかな?」
ヨーロッパのベルサイユ宮殿っぽいイメージ?と陽茉莉は付け加える。
「それに合わせて、商品提案したほうがいいかも。うーん、例えば裏コンセプトで〝マリーアントワネットのようなひととき〟なんてどうだろう?」
「それだと、ターゲットが女性だけになっちゃいますけど、いいですかね?」
「あー、確かにそうだな。この部屋の造りだと、女性グループと同じ位カップルが多い気がする」
相澤はガシガシと頭を掻く。
「うーん。でも、よくよく考えると、このホテルがいいって言い出すのは女性側のような気がしますね。だから、やっぱりそれでいいかもしれないです!」
陽茉莉は少し考えて、そう言った。
「今さっき見たら浴室が結構広かったから、バラのバブルバスとかどうでしょう? あれなら浴槽を傷めないし」
「確かにいいな。特別な非日常感が味わえる」
「ですよね!」
陽茉莉は自分のアイデアを褒められ、パッと表情を明るくする。
部屋を見ながら、次々とアイデアが湧いてきた。
正直なところ、今日の今日まで陽茉莉は自分自身でカノンリゾート東京に泊まることまでする必要あるのだろうかと疑問に思っていた。けれど、実際に泊まってみるとこれまでより遥かに具体的に提案イメージが湧いてくる。
「エステも一番ベーシックなヒーリングコースを予約したから、順番に行こう。予約が四時と五時。後で、気付いたこと共有な」
「はい、わかりました!」
陽茉莉はこくこくと頷く。
「結構、色々と気付きがあるものですね」
「そうだな。提案のプレゼンするのはひとりだけど、俺達の仕事は基本、チーム戦だ。今いない他のメンバーも、商品選定やデータ収集なんかで協力してくれてるから、いい結果を残したいな」
相澤はにこりと微笑むと、腕時計を確認した。
「まだ時間があるから、部屋の外をぶらりとする? 悠翔、さっきの庭園行くか?」
「行くー!」
広いベッドの上でゴロゴロ回転しながら遊んでいた悠翔が、満面の笑みを浮かべて元気に手を上げた。




