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 ◆◆    2



 その日、陽茉莉は営業先から直帰した。最寄り駅で電車を降りて時計を確認すると、まだ午後六時だった。


「今日は早く帰れたし、自炊にしようかなー」


 駅前のスーパーで材料を物色して、携帯エコバッグに詰めて肩に掛ける。

 家に向かい歩く道は、閑静な住宅街だ。


「ケケケ」


 途中、ふと耳障りな声が聞こえた気がして陽茉莉はハッとする。

  慌てて周囲を警戒するように見回したが、何も見えなかった。


「イイノミツケタ」


 今度は間違いなく聞こえ、ご機嫌だった気分は一瞬にして凍り付いた。


(ああっ、もう! またなの?)


 陽茉莉は慌てて鞄の中を探る。そして、手探りで探し当てた古ぼけた小さなお守りを、ぎゅっと手に握りしめた。


(大丈夫、大丈夫。お守りがあるんだから)


 陽茉莉は手に握りしめた古ぼけたお守りを胸に寄せ、自分にそう言い聞かせた。



 ◇ ◇ ◇



 陽茉莉には昔から、人とは違う不思議なことがあった。それは『人ならざる者が見える』ということだ。


 ──あれはまだ、幼稚園児の頃だった。


「ねえ、あれは何かな?」

「え?」


 公園で遊んでいると、電柱の上に人影を見つけた。


 どうやってそこまで登ったのか、落ちるのではないかと心配する陽茉莉をよそに、呑気に座って下を眺めているその子は頭に角の生えた鬼のような姿をしている。


「何もないよ? 陽茉莉ちゃんどうしたの?」


 陽茉莉の視線を追ってそちらを眺めた友達がきょとんとした顔をする。


「え?」


 陽茉莉は驚いてもう一度そちらを見る。そこにはやっぱり、異形の子供がいた。

 必死で説明したけれど友達は首を傾げるばかりで、近くでお喋りをしていたお母さん達は困ったような顔をした。


 それからも同じようなことが続いた。

 ふとしたときに見かける、髪が長く肌が青白い和装の男性、犬とイノシシを掛け合わせたようなおかしな生き物、角の生えた子供……。けれど、それらは他の人には見えていないのだ。


 そして、決定的な事件が起きたのは十歳の頃だった。

 ひとりで図書館に本を借りに行った帰り道、ふと「ヒヒッ」と耳障りな嫌な声が背後から聞こえた。ひたひたと後を追いかけてくるような、気味の悪い足音も。


(な、何?)


 振り返ってはならない。本能的にそう感じた。

 陽茉莉は借りてきたばかりの本を入れた鞄を胸に抱きしめ、足を速める。すると、ひたひたと後を追う足音もそれに合わせるように速まった。


(怖い、逃げないとっ!)


 陽茉莉は自宅に向かって走り始める。

 その直後、ガシンと背中から何かにのしかかられるような衝撃を受けた陽茉莉は前に倒れた。


「オマエ、イイナ。ホシイナ。ツカマエタ」


 ぞっとするような声が背後から聞こえた。


「誰か! 助けて!」


 陽茉莉は恐怖のあまり、ぎゅっと目を瞑り半泣きで叫ぶ。


 ──そのときだ。


 視界の端を、シュッと白い何かが横切った。

 急に背中から重さが消え、何かが争うような物音。最後に「ギャッ!」という悲鳴が聞こえた。


(な、何が起こったの?)


 恐る恐る振り返った陽茉莉は思わず悲鳴を上げた。


(これって、犬? 怪我しているの?)


 そこには、一匹の犬がうずくまっていた。

 サイズはおばあちゃんの家にいた柴犬と同じ位のサイズだけれど、顔つきが子犬に見えたので、大型犬の子犬なのだと思った。夕陽を浴びた毛並みは輝くオレンジ色に見えるが、元の色は白、もしくは銀だろうか?


(どうしよう。怪我しているのかな?)


 その子犬からは、嫌な気配を一切感じない。

 どうしても放っておけなくて、陽茉莉は急いで家に帰ると親を連れてもう一度その場に戻った。

 犬は前足に怪我をしていた。


 陽茉莉は両親と一緒にその犬を近所の動物病院に連れて行って、その子の手当てをしてもらった。明るいところで見ると、とても綺麗な銀色の毛並みだ。


「早く元気になるんだよー」


 スーパーで購入した市販品のドッグフードの缶詰をあげたけれど、犬は鼻を寄せただけでプイッと顔を背ける。


「食べないの? じゃあ、これはどう?」


 陽茉莉は自分の夕ご飯の唐揚げをひとつ差し出す。

 お母さんと陽茉莉で作った、我が家の定番料理だ。


 犬は陽茉莉の差し出したそれの匂いをクンクンと嗅ぐと、パクリと囓る。


「あ、食べた。よしよし、元気になるんだよー」


 陽茉莉は嬉しくなって犬の首周りをわしゃわしゃと撫で回した。

 首輪はしていないけれど、こんなに大人しいのだから飼い犬だろう。


「明日になったら、飼い主を探す貼り紙作るね」


  犬が何かを言いたげにこちらを見る。陽茉莉はにこりと笑ってその頭を撫でた。

 翌日、陽茉莉が急いで小学校から帰ってくると、その犬は姿を消していた。

 外に出たそうな仕草をするのでお母さんがドアを開けてやると、あっという間に走り去ってしまったのだという。




 その数日後のことだ。

 陽茉莉が小学校から帰ってくると家の前に知らない男の子が立っていた。


 整った顔立ちに、子供ながらに綺麗な子だと見惚れたのを覚えている。


「これ、お前にやる」


 陽茉莉と目が合った男の子は、開口一番にそう言ってずいっと片手を差し出す。

 陽茉莉はその手の上を覗き込んだ。


「これ、何? 可愛い」


 手のひらには、小さな布袋が乗っかっていた。七五三で着た着物のような赤い和服の生地でできている。


(でも、なんで私にこんな物を?)


 不思議に思って陽茉莉は男の子を見返す。


「中に護符が入っているから、持っておけよ」

「〝ごふ〟って何?」


 陽茉莉は聞き慣れない単語に、首を傾げる。


「お守りみたいなもん。助けてくれたお礼」

「助けてくれた?」


 陽茉莉はきょとんとして目を瞬かせ、少しの間考える。


「あ! もしかしてあなた、あのわんちゃんの飼い主?」


 陽茉莉はピンときてそう尋ねる。最近何かを助けたと言えば、犬以外に記憶がない。


「わんちゃん?」


 男の子は狼狽えたような顔をした。


「あなた、飼い主なんでしょう? あの子、すっかり元気になった?」


 陽茉莉はずいっとその男の子との間合いを詰める。


「……うん、なった」

「そっかぁ。よかった」


 陽茉莉はほっと胸をなで下ろしてへらりと笑う。男の子はなぜか、腕で顔を隠すようにして少しだけ顔を赤くした。


「じゃあ、そういうことで」


 男の子がくるりと踵を返す。


「あ!」


 陽茉莉は声を上げた。

 数メートル先まで歩いていた男の子が、慌てたように振り返った。


「これ、ありがとう! 大事にするね!」


 陽茉莉はもらったばかりの赤いお守りを片手に持って、大きな声でお礼を言う。

 飼い犬を助けてもらったお礼の品がお守りなんて、変わったお返しだ。けれど、陽茉莉はそれがちっとも嫌ではなかった。


 男の子は少しだけ口の端を上げると、今度こそ走り去っていった。



 ◇ ◇ ◇



  陽茉莉は足早に家路を急ぎながら、赤いお守りを握りしめる。


 あの男の子にもらったこのお守りを持っていると、あのおかしな化け物達に会うこともないし、怖い思いもすることがない。

 そう気が付くまでに時間はかからなかった。


 それに気付いて以来、陽茉莉はいつも肌身離さずこのお守りを持ち歩いている。

 けれど、数ヶ月前から、またおかしな声が周囲から聞こえてくるようなった。それに、人ならざる者を見かけることも。


 さらに、ここ一ヶ月はほぼ毎日になってきた。

 彼らは遠巻きに陽茉莉を見つめ、物欲しげな顔をする。


(また襲われたらどうしよう……)


 幼い日の恐怖心が甦る。


 ──オマエ、イイナ。ホシイナ。


 今にもあの声が聞こえてきそうな気がして、陽茉莉が走り出したそのとき──。


「ギャッ!」


 すぐ背後から短い悲鳴が聞こえた。


「ひっ。何?」


 陽茉莉はびくりと肩を振るわせて立ち止まると、恐る恐る後ろを振り返る。


 ──ガサガサッ。


 道路の脇の茂みから物音がした。

 恐怖心から、陽茉莉は一歩後ずさる。けれど、すぐにそこに何か小さな生き物がいることに気が付いた。


 それは、もふもふとした白い──。


「え? これ……、犬?」


 そこには、白っぽい子犬がいた。道路沿いの植栽の下にうずくまって、こちらの様子を窺っている。


「どうしたんだろ? 怪我しちゃったのかな?」


 陽茉莉は恐怖心も忘れてそちらに近付くと、しゃがみ込んでその子犬に両手を伸ばす。

 子犬は抵抗することもなく、大人しく陽茉莉の腕に抱かれた。もふもふとした柔らかな毛並みが肌に触れる。


「動物病院、どっかやっているかな……」


 スマホを取り出して近隣の動物病院を検索する。ちょうどよく一キロほど離れた場所に夜の八時まで夜間診療を受け付けている病院があるのを見つけて、そのまま犬を抱きかかえて向かった。


「ちょっとだけ足を怪我しているけど、大した傷じゃないからすぐ元気になりますよ」


 眼鏡をかけた若い獣医さんは、診察を終えると呑気な声で陽茉莉にそう言った。


「本当ですか? ありがとうございます!」


 陽茉莉は声を明るくしてお礼を言う。


(そういえば、あの声、聞こえなくなったな)


 ふと陽茉莉は、この犬を見つける直前まで怯えていたあの不気味な声が聞こえなくなっていることに気付く。


「もしかして、お前が悪いお化けを追い払ってくれたのかな?」


 陽茉莉は子犬の頭をそっと撫でる。


 子犬は元々どこかの飼い犬だったのか、とても人に慣れていた。

 まるで陽茉莉の言うことがわかるかのようにこちらを見つめてくる。


「ふふっ、可愛い」


 陽茉莉は思わず笑みをこぼす。

 元来、陽茉莉は動物が好きだ。


(この子、飼い主さんが名乗り出なかったら私が飼おうかな?)


 そんなことを思っていたのに、その野望は見事に打ち砕かれる。

 翌朝目を覚ますと、子犬は忽然と姿を消していた。


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