4-4 ①
◆◆ 4
ガラスの容器に入ったそれは、いわゆる『口溶けなめらかプリン』だった。
上には絞った生クリームが乗っかっており、カラメルソースの代わりにかかっているのは黒糖シロップ。
はっきり言って、めちゃくちゃ美味しい。
「お姉ちゃん、美味しいでしょ?」
「うん、美味しい!」
ああ、幸せ。
休日にのんびりと美味しいスイーツ。これぞ至福のとき。
あまりの美味しさに思わずほっぺたに手を当て、恍惚の表情を浮かべる。
そのとき、陽茉莉はハッとした。
(なんで私は呑気にプリンを食べているんだ!)
思わず目の前のスイーツに夢中になってしまった自分に喝を入れる。
陽茉莉は今、先ほど見つけたカフェで悠翔オススメのプリンを食べている。
両隣には相澤と悠翔、そして相澤の前にはあの和風美人。そしてその隣にはなぜか、商品開発部新商品開発課の高塔副課長が座っている。
(デート現場に会社の同僚と弟が紛れ込むって、どういう状況?)
とにかく、全く意味がわからない組み合わせでなぜかプリンを食べているのである。
「いやー。こんなところで新山ちゃんに会うなんて、すごい偶然だな。でも、なんで悠翔と一緒にいたんだ?」
高塔が不思議そうな顔をしてこちらを見る。
新山ちゃん?
名前を覚えられていたことにもびっくりだけど、私はいつ高塔副課長から「ちゃん」付けされるような仲になったのだろう?
「実はですね。そこで偶然──」
とにかく、会社の人に同居をばれるわけにはいかない。陽茉莉はすぐに適当な言い訳を並べようとした。
ところが、その努力は一瞬で無に返る。
「だって、お姉ちゃんも一緒に住んでるもん!」
屈託のない笑みを浮かべた悠翔が大きな声で答える。
「げっ!」
年頃の乙女らしからぬ声が出た。
ここはデート現場なのである。そして、隣には相澤の彼女がいるわけで……。
「住んでるって、礼也の家に?」
「そうだよ。お姉ちゃんは料理が上手でね、──」
高塔が重ねた質問に、悠翔がすらすらと答える。
(ひいい。お願い、もう黙ってー)
陽茉莉の願い虚しく、悠翔はご丁寧に昨日の夕ご飯のおかずまで説明している。
(これは、まずいでしょっ!)
陽茉莉はたらーりと背中に汗が伝うのを感じながら、ちらりと斜め前を見る。
しかし、和風美人は全く動じる様子もなく、静かにお茶を飲んでいた。
これは、自分がいなくなった後に凄惨な痴話喧嘩が繰り広げられるのだろうか。
それとも、相澤に絶対的な信頼を寄せていて陽茉莉など取るに足らないと全く動じてないということだろうか。
どうか後者であってほしい。
内心ハラハラしている陽茉莉とは対照的に、高塔はやけに楽しそうに目を輝かせた。
「へえー。新山ちゃんが礼也の家に住んでいるとは予想外だったな。確かに最近、急に夜の付き合いが悪くなって、打合せもランチタイムにしてくれって言い出してはいたけれど、てっきり、悠翔を家に残してきているからだと思っていた」
高塔はにまにまと相澤に意味ありげに視線を送る。
「邪鬼除けには一緒に住んで長い時間を過ごすのが、一番確実だろう?」
相澤は少し不機嫌そうに、高塔を睨み付ける。
「まあ、そうなんだけどね」
睨まれた高塔はそれを意に介さぬ様子で、相澤を見つめてふっと笑う。
相澤はからかわれた子供のような、ムッとした表情になった。
「ごちそうさま! 美味しかった」
プリンを丸々ひとつ平らげた悠翔が、パチンと顔の前で手を合わせる。
「ねえ、お兄ちゃん。僕、叔父ちゃんのところに行きたい」
(叔父ちゃん?)
陽茉莉は不思議に思う。叔父ちゃんとは誰だろう。
「わかった」
少しご機嫌斜めだった相澤はすぐに気を取り直したように笑顔に戻り頷くと、すっくと立ち上がる。悠翔はその後をキャッキャとはしゃぎながら付いていった。
(行っちゃった。彼女さん、置いていっていいの? 怒ってないのかな?)
相澤と悠翔を見送った後、陽茉莉は斜め前に座る和風美人を恐る恐る窺い見る。彼女は、全く興味なさげな様子でお茶を啜っていた。
「新山ちゃん、いつから礼也と一緒に住んでるの?」
またもや、高塔が彼女への気遣いゼロな発言をする。
ここまで来ると、いたたまれなくなってくる。
会社では切れ者として通っており、甘いマスクも相まって女性社員に大人気の高塔だが、初めて話した印象はこれまで抱いていたイメージとはだいぶ違った。
「なんか、すいません。デートの邪魔をしてしまって……」
陽茉莉は高塔の問いかけに答えずに、和風美人に謝罪をした。すると、和風美人がつとこちらに視線を向ける。
「デート? 誰と誰がじゃ?」
随分と古風なしゃべり方をする人だ。
「え? それはもちろん、相澤係長とあなたのですけど。あのっ、私と係長は清廉潔白な間柄ですのでどうか誤解はしないでください!」
陽茉莉はぐっと拳を握り、和風美人に力説する。
その途端、和風美人の黒目がちな瞳が驚いたように大きく見開かれ、高塔が耐えきれない様子で大笑いした。




