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【書籍化】今宵、狼神様と契約夫婦になりまして【コミカライズ】  作者: 三沢ケイ


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4-2

 ◆◆    2



 この日、会議室は少しぴりぴりとした緊張ムードが漂っていた。


「今回の営業対象であるカノンリゾートグループだが、国内に十六、海外に二つの宿泊施設を構えるホテルチェーンだ。カノンリゾート東京はその中でも最大の規模を誇る。総客室数は四五〇室、設備にはスポーツジム、エステサロン、大宴会場──」


 須山課長の説明を聞きながら、陽茉莉はぺらりと資料を捲る。


 陽茉莉が所属する営業第一部のミッションは法人の顧客への営業、即ち、アレーズコーポレーションが作るリラクゼーション関連商品の需要開拓である。


 この度、大規模ホテルチェーンであるカノンリゾートグループがその旗艦店である『カノンリゾート東京』の大幅なリニューアルを行うという。新コンセプトは『都心の癒やし・極上リゾート』だ。


 これに伴い、カノンリゾートではアメニティグッズなどの大刷新を行うためのコンペを開催する。アレーズコーポレーションでもこれに参戦する計画を立てているのだ。


「先ほども伝えたが、カノンリゾート東京はグループ旗艦店だ。ここに食い込めば、他のホテルでもうちの商品を使っていただける可能性が開ける。絶対に取りに行きたい」


 須山課長は力強くそう言いきった。


 総客室数四五〇室といえば、一日のアメニティの使用量はかなりの量になる。それだけでも大きいのに、その先には同グループのいくつものホテル。陽茉莉が営業第一に配属されてからは一番の大型案件であることは間違いない。もしかすると、ここ数年でも一番の案件かもしれない。


「本件の担当だが……」


 須山課長は顔を上げて会議室のメンバー達を見渡し、一点で視線を止めた。


「相澤。お前に頼む」


 指名された相澤は一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに表情を引き締める。


「はい、承知しました。必ずよい結果を出します」

「頼んだぞ。他のメンバーも相澤のサポートをしてやってくれ。いいな?」

「「はい」」


  会議室にいたメンバー達の声が一斉に重なった。




 自席に戻ると、早速隣の席の楠木さんに話しかけられた。


「やっぱり相澤係長を主担当に指名したね。予想通りって言うか」

「そうですね。係長、仕事できますもんね」


 事実、相澤の営業成績は部内で断トツだった。あの会議室にいたメンバーの誰もがこの案件を受け持つなら相澤だと思っていたはずだ。


「でも、相澤係長は『よい結果を出します』って言っていたけど、なかなか厳しいんじゃないかなー? だって、うち以外にもかなりたくさんの会社がコンペに応募するみたいだよ」


  楠木さんは肩を竦めると、パソコンに向かって仕事を始める。

 陽茉莉がちらりと視線を移動させると、相澤は須山課長とパーティションの打合せコーナーで何かを話し込んでいた。きっと、どういう戦略でこのコンペに挑むか、相談しているのだろう。


(カノンリゾート東京か……)


 楠木さんが言うとおり、これはきっとかなり厳しい戦いになるだろう。

 アレーズコーポレーションは中堅の総合リラクゼーション企業だ。しかし、競合相手にはもっと大手がいるはずなのだから。



 ◇ ◇ ◇



 その日の夜、陽茉莉は相澤がリビングに広げた物を見て目を丸くした。

 会社から持ち帰ったという大きな紙袋をひっくり返すと、中から出てきたのは山のようなアレーズコーポレーションのリラクゼーショングッズだ。


 相澤はそれの前に座り、商品ブランド別に仕分けてゆく。悠翔も隣に座り、見よう見まねで仕分けをしていた。


「係長、何をしてるんですか?」

「来月のカノンリゾートのコンペまでに、自社商品のおさらいをしておこうかと思ってさ。資料を見れば特徴とかは書いてあるけど、実際に使ってみないと具体的な使用感って上手く説明できないから」

「これ、全部をですか?」

「うん、そう。これでもまだ半分。多すぎるから、一回で持って帰って来られなかった。ただ、種類が多すぎるからコンペに出しそうな商品を先に重点的に確認するつもり」


 そう言いながらも、相澤は黙々と商品を分ける。

 陽茉莉は正直驚いた。アレーズコーポレーションの商品はボディクリームやマッサージクリームなどの化粧品から、リラックス用のアロマオイルまで多岐に亘る。


 それを、全部?


「今日から早速使おうと思うんだけど、どれがいい?」


 相澤は顔を上げると、入浴剤をいくつか差し出す。


「僕、これがいい。僕が入れたい」


 悠翔がひとつを指さして、顔を明るくする。青色のボール型入浴剤で、お湯に入れるとシュワシュワと泡の出るものだ。


「そうか。じゃあ、今日はそれにしよう。悠翔が入れるか?」


 相澤は優しく目を細めると、悠翔の頭を撫でる。悠翔は嬉しそうに顔を綻ばせた。


 小学二年生の悠翔は、基本的には相澤と、相澤がいないときだけ陽茉莉と一緒にお風呂に入る。相澤と一緒にお風呂に向かった悠翔がキャッキャとはしゃぐ楽しげな声が浴室から聞こえてきた。


「あれね、シュワシュワで面白かったよ! ボールは水色だったのに、お湯が白くなるの」


 お風呂から出てきた悠翔は、まだ火照った顔をますます紅潮させて陽茉莉に説明する。

 その後ろから、相澤もリビングに入ってきた。


(あれ?)


 相澤はいつも、お風呂の後はリビングで缶ビールを飲むことが多い。けれど、今日はそうせずに会社から支給されているモバイルパソコンをつけていた。


「仕事ですか?」


 陽茉莉は不思議に思い、相澤に尋ねる。


「うん。使った感じを忘れないうちにメモしておこうと思って」


 そう言うと、相澤は顔を上げて陽茉莉のほうに目を向けた。タオルドライしただけの髪がしっとりと濡れている。


「あの入浴剤とボディクリーム、単独で使うのはいいんだけど両方だと匂いが混ざってキツくなるな。どちらかを無臭タイプにするか、もしくは両方を同じ系統の匂いにするか。それと、ボディクリームがサラサラしすぎてて、これからの乾燥する季節は人によっては物足りないかも──」


 相澤は自分で使った感想を呟きながら、キーボードに沿わせた手を動かす。そして、考えるように画面を眺めていた。


(すごいなぁ)


 いつも、大きな案件の前はこうやって試行錯誤しながら営業を成功させるための作戦を練っていたのだろうか?


 ただ単にプレゼンテーション資料の文章の善し悪しだけに集中していた自分とは、全然違う。根本的に仕事に対する姿勢の違いを見せつけられた。

 相澤が仕事ができるのは、そうなれるように見えないところで努力し続けているからこそなのだ。


「どうした?」


 陽茉莉が自分のほうを眺めたまま立っていることに気付いた相澤は、顔を上げると怪訝な表情を見せた。


「私も、お手伝いしましょうか? 男の人と女の人だと、同じ商品でも使った感じ方が違うと思うんです」


 陽茉莉はおずおずと相澤にそう申し出た。

 須山課長も、相澤のことを部員で支えてほしいと言っていたし、自分でもそうするべきだと思ったのだ。


「本当か? 助かる。顧客のターゲット、女性のほうが多いと思うんだ」


 相澤は表情を明るくすると、嬉しそうに微笑んだ。


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