隠されたお面
前回の様な結果にはなりたくない。
面白半分で下手な嘘をつき1発でそれが見抜かれた挙句、直感という曖昧な理由だけで私はいい人という事になってしまった。
世の中にいい人なんて絶対にいないと思っていた当の本人がいい人扱いされてしまうなんて大失態もいい所だ。
次こそはもっと面白い反応を見せてくれ、綾瀬奈々花。
「趣味なら1つあるけど」
「え!? なになに? マジ気になる」
「人間観察」
「人間観察…って?」
「いや、そのままの意味だけど?人を観察するの」
さすがの綾瀬も1度聞き直してきた。まぁほとんどの人は聞き直してくるだろう。
間違いなく今頭の中は、???でいっぱいになっている。面白くなってきた、いいぞ。
「んーと。それって具体的に…って聞いた所でだから観察だって言ってるでしょーバカちん! とか言われるのがオチかー」
「バカの手前までは正解。観察は観察としか言いようがない。ちなみに最近ターゲットにしたのはクラスメイトとか先生達。ちょっとした行動とか会話内容も見逃さないように心がけてやってるよ。どう? 理解出来た?」
「ふむふむなるほど。1歩か2歩間違えればストーカーって勘違いされそうだけど自分たちが知らない相手の一面が知れるかもってわけかぁ、何かそれって結構楽しそうじゃん? ただ近くにいる人が視界に入ったから見てるのとは訳が違うし」
まさか楽しそうなんて思われるとは…また予想外の展開。ていうか毎回綾瀬といると予想外の事しか起きないし予想すること自体が無駄なのか。
相手の知らない一面が知れる、こんなの面白いに決まってるじゃないか。
人は平均で何枚のお面を持っているのかは分からないが最低でも2枚は持っているはず。
通常時のお面と何か条件が満たされた時じゃないと付けることのないお面だ。
普段は隠し持っているそのお面を見てやりたい。上辺だけの安っぽいものなど要らない、裏に隠された高級なものが欲しい。そーゆー事だろ?綾瀬。
あと、ストーカーは誤解だ。
「ストーカーなんて失礼な、そんな犯罪じみた事なんかじゃないから。まぁ貴方の言う通り結構楽しいよこれ」
「え、やっぱり? そーゆーのはやるからにはとことんやりたいよな! 中途半端な観察程度じゃ誰でもできるしさ! なんか探偵やってるみたいだし考えただけでワクワクする」
「何か単純ね、本当にそう思ってる?」
「思ってるわ! てか嘘までついて相手に話合わせれるほどうち器用に見える?」
「……」
「その無言は納得してくれたと見ていいんだね。んじゃうちも黒沼と一緒に人間観察始めよっと。これ決まりね」
「…は?」
いやいやちょっと待て。
確かに無言だったのは認めたくはないが綾瀬が器用に嘘をつける人に見えなかったから本当なんだろうなとは思った。
けどその後から言った一言に関しては全く意味が分からないし納得できない。
一緒に人間観察?これはどう考えても1人専用なんじゃないか?何を考えてそんな事言ってるんだ…
少し頭が痛くなってきた。
「お待たせ致しました。アイスコーヒーです」
頭痛がしてきたと同時に届くアイスコーヒー、トドメでも刺しに来られた気分だ。グラスが少し汗をかいている。
その水滴が外の光と反射して輝きを見せながらコースターに溶け込んで消えていった。
その繰り返し溶け込んでいく水滴を目で追いながら返答をひたすら考える。
いつまでも黙っているとまたさっきみたいな流れに持っていかれる可能性が大だ。とりあえず…
「2人ってこれ1人専用のものだと思ってたんだけど。それこそ具体例でもあるなら教えてみてよ」
強気で言った。あるものなら言ってみろって感じ。
もし2人でやる観察が1人でやる観察よりも面白そうだと思える具体例を言ってきたのなら、それこそ無言で納得でもしてやろうじゃないか。
そして綾瀬は超ドヤ顔でこう言った。
「賭けしない? もちろん掛けるものはお金じゃないよ。」
「えーと。話が全く見えないんだけど」
「あ、話す手順間違えた。今のなし! 改めて言い直すと2人で人間観察ゲームしようって話。例えば面白そうなターゲットを見つけます。そのターゲットを2人で観察して次にどんな行動をするのか予測する的なゲーム…なのですがどうでしょう?」
つまりこーゆー事か。
同じ人をお互い別の場所から日頃観察してその人が何かアクションを起こした時、次にどんな行動に出るかの予想をしてその予想が近かった方、もしくは当たった方が勝ち。かなり楽しそうじゃないか。
何を掛けたいのかまでは分からないけど…金じゃないってならなんだよ。
「あーなるほど。つまり貴方は私に勝負を申し込んできた…と思っていいのね?」
「そそ! そーゆー事。話が早くて助かるよ」
「なかなか面白そうだからその話にのってあげてもいいけど掛けって何を掛けるつもりなの?」
「自分を掛けよっ」
「は?」
自分を掛ける?まさか命を掛けるなんて小学生の冗談でもあるまいし流石に違うよな。
綾瀬はとにかく日本語が苦手なのか国語が苦手なのかただの馬鹿なのかは知らないが会話を続けていると確実に何度かこーやって詰まってしまう。
言葉のキャッチボールって奴がうまくいっていないって事か。
例えるなら綾瀬が投げたボールは3球に1回は変な方向にそれて飛んでいき私はめんどくさく取りに行く素振りすら見せず立ち止まったまんま次の球を待つという流れだ。
現時点でもう中途半端な使い捨てされた言葉達がたくさんそこら辺に転がっているだろう。
主に綾瀬のやつだが。
「自分を掛けるってーか何て言えばもっと分かりやすいかな。負けた方が勝った方の言う事を何でも絶対に聞く。的なやつがやりたいんだよ」
はぁーーーー。
かなりデカいため息をついてしまう。体全身の力が抜け脱力していく感じ。綾瀬はただのバカなんだとしっかり認識する必要がある。
「貴方って本物のバカみたいね。だったら初めからそーいえば良かったんじゃないの? 自分を掛けるだなんて大袈裟な事言って命でも掛けるのかと思ったじゃない」
「あー! それもそうだ! バカは昔から言われてたし自分でも分かってるから開き直っちゃいます。うちはホンモノの大バカです。あっははははっ」
「ちょっと。笑い声うるさ過ぎ。耳鳴りがする」
「いやーなんか無駄につぼっちゃってさ…黒沼と一緒にいると笑ってばっかりな気がするよ、んでこの勝負受けてくれるの?勝ったらうちに何でも命令していいんだぜーぃ?」
「受けてあげる。貴方のそのバカさ加減にはうんざりしてきたしちょっと命令して懲らしめたくなった。」
「よーし。とりあえず始める事は決まったな。後はターゲットを探すだけか〜」
綾瀬に命令して懲らしめたくなったのも事実だがやっぱり1番は綾瀬の意見を聞ける楽しみだ。
これから始めるのは女と女の一騎打ち。
負けたらとんでもなくめんどくさい事が待っているはず。死んでも負けたくないってお互いが本気で考え予想をするはず。少なくとも私はそうだ。
ターゲットが同じ中、いかにお互いの意見が食い違いネジ曲がるのか。私と綾瀬の考え方や人間性の違いがハッキリする。
ターゲットは私が決めてもいいと綾瀬は言うので遠慮なくそうさせて貰おうと残っていたアイスコーヒーをすぐに飲み終え2人で店を後にした。
その後も綾瀬のたわいない会話を華麗にスルーしながら誰をターゲットにするかずっと考え歩いていると気がつけばもう家にたどり着いていた。
「おかえりなさい。今日はちょっと遅かったのね。どこか行ってきたの?」
「うん…ちょっとね」