未知の領域ルート
胸の奥のざわつきが止まらない。
バンバン胸を叩きたい衝動に駆られているせいで綾瀬が何か喋っているが何も聞き取る事が出来なかった。
分からない。何一つ。何から考え何を思いどう頭の中を整理したらいいのか、ごちゃごちゃしすぎて足場もまともにない散らかった部屋のように頭の中は荒れていた。
「ちょっとー大丈夫?何かごめんね。ウチばっか突っ走る感じになっちゃって、無理やりにでも連れていこうとか血迷った事考えてたけどおかしいよね。マジでごめん」
「だから…どうして?」
「え?」
「どうして私なの? いつも1人でいるからとかそーゆー理由?」
質問攻めにあい、ぶらんぶらんフリー状態にしていた綾瀬の両腕が動きを止めた。
「確かに1人でいるなーとは思ってたよ。でもそんな理由なわけないっしょ。1人寂しくしてる人に手を差し伸べて悲劇のヒロインぶるような事うちには向いてないし、1人を好んでいる人だっている。うちはただ黒沼を初めて見た時からこの人とは仲良くなれる気がする、仲良くしたいって思っただけ、それが何でかは自分でも分かんない。まぁかなり自分勝手って分かってるけどそれでもワンチャン都合よくいってくれ〜って思ってね。本当はもっと早く声掛けたかったのに帰りはすぐに帰っちゃうし隙がなかったじゃん? だからあの時階段に寄りかかってるの見た時にチャンスって思ったんだよね〜」
長々と話をしてきたがそのほとんどをスルーして聞きたいことだけを一言で聞いた。
「都合よく行かなかったらどうするの?」
「そん時はそん時でまた考えるよ、自分の都合よく物事が進むほど人生楽勝だなんて思ってないしむしろそれならつまんないしね」
人はみんな自分の都合がいい方の選択をしそっちを歩いていく。無意識に。
それが都合よく行かなくなって道が塞がれ引き返すことになった時、そこから人は劣化し腐っていく、こんな感じの流れだと思っていた。
けど綾瀬の考えは違った。
都合よく行かない事も人生の楽しさの1つにしている。こんな価値観の人とはもちろん出会ったことがない。
元から人との絡みが少ないのも原因なのかもしれないが、こんな人そうそういないのではないだろうか。
興味が湧く、綾瀬をもっと近くで見ることでまた新たな何かを知ることができるのではないかと。
そして私も何かが変わるのかもしれない、自分に興味が全くなかったはずなのに綾瀬に出会った事により色々な変化が生じる。
そしてさっきまでごちゃごちゃに散乱していた物が同じ場所に集まっていき1つの大きな塊となった。
これらの事が最終的にいい結果になろうが悪い結果になろうがどっちでもいい。自分も含めもっと人とは何なのか、それが知りたいと強く思った。
「んで、行くの? 行かないの?」
「……」
「分かった。んじゃ今回は諦め…」
「行く」
「え!? ほんと!? 無理してない?」
「無理して行くわけないでしょ、そんなめんどくさい事考えただけで吐き気がする」
「てことは楽しみだったり…?」
「うるさい。行くならさっさと案内して、私場所知らないし」
「はい! ツンデレいただきましたー! さっさと案内しちゃいます〜」
かなり上機嫌になっている。
そんなに一緒に行ける事が嬉しかったのか、子供がオモチャを買ってもらった時の様なはしゃぎ具合いだ。
ここまで喜ばれると調子が余計に狂ってしまう。ただでさえ狂ってるのに。
学校を出て校門をいつもは左に曲がるところだが右へ進んでいく。喫茶店は帰り道と真逆の方向らしい。
これじゃあ帰る時歩く道のりがいつもの2倍くらいかかるのではないかとそんな事ばっかり考えささってしまう。友達同士でどこかへ出かける時はみんな同じ考えをするのだろうか。
寄り道などしない私にとって校門を右に曲がった時点でそこはもう未知の領域。
こっちは都会的な場所なのか、歩いている大人や学生達の数がかなり多い、人に酔いそうな感覚に襲われる。祭りとかもこれぐらいの人がいるのか、それともこれよりももっと多いのだろうか、想像しただけで目眩が起きそうだ。
綾瀬は何度が来たことがあるのか、辺りをキョロキョロ見回すことも止まることもなくスタスタ前を歩いていく。私が少し急ぎ足で追いかけるよう後ろをついて行っていると
「あ、ごめん。少し早かった? どっかで休む?」
「いや、大丈夫。ちょっと人の多さに酔っただけだから気にしないで」
「あ〜黒沼人混みとか超苦手そうだもんな。ていうかまず人が嫌いか、はははっ」
「そうそう、良く分かってるじゃん。」
「だろー? でもそのわりには誘いに乗ってくれて急ぎ足でうちの後ろに張り付くようについてきてるよな、黒沼かっわいぃ〜」
「ほんとうるさい、次そんな事言ってきたら帰るから」
帰り道覚えてないけど。
「あっごめんごめん。我慢するよ、んふふっ」
とまぁこんな茶番をしているうちに目的地の喫茶店についたのか目の前にあるガラス張りの店に指を指しこちらをニヤニヤしながら見てきた。ガラス張りのため店の中にいる人に見られている。私以外の人なら恥ずかしくて引っ張ってでもすぐに店に入りそうだな。
「到着! どう? ガラス張りなんて洒落てるよね〜外の景色ガッツリ見れるから」
ドヤ顔でグッドしてきている。
もちろんそんなのにグッドで返すはずもなく真顔でそれをただ見つめるだけ。後は外の気色なんてどうでもいい。変わるわけでもあるまいし。
私の顔につまらないから早く入れ、とでも書いていたのか何かを察した表情で店の扉を開けようやく店の中に入った。
店内の中は軽く冷房が効いていて心地いい。冷たい風が柔らかく体を包んでくれるようだ。
もうそんな季節なんだなーと改めて思った。
店員に案内され1番奥のテーブル席に座る。薄い数ページしか無さそうなメニュー表に目を通し無難なアイスコーヒーを頼む事にした。
綾瀬が何を頼むのかなんて興味なかったのにうちアイスコーヒーにするよ〜と宣言されてしまった。どうせ注文する時喋るんだからそこで分かるのに、てか私と同じかよ。
ここには何度か両親と来たことがあると言っていたからてっきり捻りのあるものを頼むのかと思っていたけどアイスコーヒー。
うん、実に普通だ。感想がない、だからこそ普通なのだ。
「どっちもアイスコーヒーってなんかウケる、アイスコーヒー好きなの?」
「別に好きとか嫌いはないよ、何でも良かったからこれにしたってだけ」
「はははっ黒沼ってほんと何に対しても興味なさそうだな〜何かないの? 趣味とかそーゆー系」
ここへ来てまた面白くなりそうな展開を迎えられそうだ。
今はちゃんと趣味がある、堂々と人間観察って答えてやろう。
それを聞いて綾瀬がどう言う反応を見せ何を思うのか、これも観察の1つ。
今日誘いに乗ってここまで来た理由を忘れてはいけない。
簡単に言えば綾瀬奈々花の観察をしにきたのだ。ただそれだけ…のはずだ。
そこら辺を歩いている人やてきとーに授業を受けている奴らの観察だけしていてもネタが尽きて飽きてしまう。
でも綾瀬は他の人たちにはない何かを見せてくれると期待して遥々学校から徒歩で約30分かかる喫茶店まで来てやったんだ。裏切るなよ…この期待を、つまらない返答が来たらガッカリしてアイスコーヒーが来る前に帰ってしまうだろう。
だから帰り道分から……その時は何とかする
都合よく勝手に期待させてもらってるがこれもまた人間らしくていいじゃないか。
そして私の口はいつもより少し柔らかく口を動かした。