綾瀬奈々花のシャトルラン?
さっきまでニコニコしながら話しかけてきていた彼女の顔は、何故か不安そうな顔に変わっていた。
「ねー? 大丈夫? 何か顔色すげー悪くなってるけど。具合でも悪い感じ?」
顔の様子はどちらも変化していたらしい。顔の様子って何だよ…。鏡で確認した訳じゃないから自分では何とも言えないけど。
今日は色々ありすぎたし頭の中でいっぺんにたくさんの事を考えすぎた事も原因か、顔色が悪いと指摘されてから急激に具合いが悪くなってきた。
本当はもっと前から体調が悪かったのにそれに気がついていなかった可能性もありえる。
「あー。うん。今具合が悪くなってきた。でも貴方のせいじゃないから気にしなくていいよ」
「貴方のせいじゃないって当たり前でしょうが! 何? うちがウイルスとでも言いたいわけ?あっはははは。笑ったわ〜」
怒ったのかと思いきや、かなり楽しそうに笑っている。そんなに面白い事を私は言っただろうか。
いや、言ってない。
笑える所なんて1つもない。1人漫才でもやっているつもりなのか。
でもこんな意味も分からない所で笑う事ができるのは羨ましく思った。
一体いつから私の笑顔は消えたんだろう。覚えていないけどここ数年は笑っていない気がする。
だから今笑ったら顔全体をつってしまいそうだ。笑うつもりないけど。
今の私なら面白いテレビを24時間ひたすら見ようが、ひたすら脇を擽られようが笑う事ができない気がする。親にも稜子って全然笑わないよね。ロボットか!などと突っ込まれた時もあった。
アンタが育てた娘だぞ。
「もっと話したかったけど具合悪いんじゃあしゃーないな。また今度話そ! 絶対な! 絶対!」
「…」
「分かった分かった。帰ります帰りますよーだ」
そう言って彼女はまだ世間話をしている2人の方へ向かいながらこっちに顔を向け手を振り歩いていく。
私は振り返さずその場に立ち尽くしじっと見つめていた。1日のうちに2度も手を振られた事はかなり久しぶりだ。反応に困る。
そして後ろを向きながら前進するなんて電柱とかに顔ぶつけても知らないぞ。
「あ!!」
何かを思い出したのか急にでかい声をあげたと思えば走ってまたこっちに戻ってくる。
忙しないやつだな本当に。
「今更過ぎるんだけどさ、うちまだ黒沼に自己紹介してなかったわ。いつまでも貴方なんて堅苦しい呼ばれ方も嫌だしさ〜」
そう言えばそうだ。
貴方、彼女、アイツ、コイツ。が完全に定着してしまっていた。でも呼び方なんて今のまんまでいいじゃないか。堅苦しいぐらいが丁度いい、頻繁に呼ぶわけでもあるまいし。というか具合悪いから会話したくないんだけど。
「……」
「失礼しました! 私の名前は綾瀬奈々花です! 以後お見知りおきを。それでは!」
何故急に敬語でそれこそ堅苦しい言葉を使って来たのかは理解不能だけど今回は手を振ってこないで直ぐにあっちに戻って行ったので助かる、変な気まずさに襲われずに済んだ。
綾瀬奈々花。この名前を聞いた時、純粋に綺麗な名前だな〜と思った。現代っ子って感じ。
私の名前なんて…黒沼稜子って…かなり時代遅れの名前のような気がする。まぁ変なキラキラネーム付けられるよりは全然マシなんだけど。
キラキラネーム、簡単に説明すると頭が悪い父と母がこれでいいんじゃね?的な流れでとにかく目立つ名前や無理やりな当て字で初見では絶対に読めないような痛々しい名前の事だ。
そういう名前は小学校低学年まではギリギリ通用するかもしれない。
けどそこから先場合によっては名前が変って理由だけでいじめのターゲットにされる可能性も十分にありえる。
クソ野郎たちは無理やりにでもいじめる為の適当な理由を作り出す。
自分たちが考えて付けた名前のせいで子供がいじめにあっている。そんな事になったら親は責任を持てるのか。いや、馬鹿だしそんなの無理か。
ニュースでも見たことがあるしキラキラネームを付けられた可哀想な人達は沢山いるんだろうな。ご愁傷さまです。
と、こーゆー所でも人間の腐った所は見えてくる。そして当の本人が自分で腐っている事に気がついていない場合と、気がついているけど自分クソだし?って開き直っている場合がある。
どちらもかなりタチが悪い。この2パターンがある以上、世の中からクソ人間が居なくなることはまずありえない。
「はぁ。。」
ため息を吐く。疲れてただため息を吐いた訳ではなく、もう1つこのため息には理由があった。
「ていうかあの2人は何時になったら帰るの…」
私が今家の方へ向かうと結局またアイツ…んー。綾瀬?でいいか。綾瀬と遭遇してしまう。わざわざこっちまで来て会話しておいて今またあっちで会話するなんて事になったら私達はただの馬鹿だ。
綾瀬は体力作りのためここでシャトルランをしていた。
話なんて一切していないって事にすればいいか。って説明する相手なんていないのにこんな事を気にしてても意味ないな…。
流石にいつまでもここにいるのは限界だし強行突破するしかない。かるーく母の話し相手の方に会釈して綾瀬は完全スルーしながらすぐさま家の中に。よし、この作戦で大丈夫。
私はできるだけ誰とも目を合わせたくなかったため下を見ながらスタスタ歩き進めていく。
進めば進むほど2人の会話が勢いよく耳の中に入ってくる。ほんといつまで喋ってるつもりなんだろ。そして、
「あら、稜子おかえり。あんな所にずっと突っ立って何してたの?」
まぁそりゃこうなるよね。
誰にも話しかけられず家に入れる可能性は限りなく低いとは思ってたけど話しかけて来たのが母でよかった。適当に返してればいいし。
綾瀬は…とチラッとそっちの方を見ると電柱によっかかりながらスマホをいじっていた。よし。
「ただいま。あー別に何でも無いよ。ちょっと立ちくらみしてただけ」
「立ちくらみ? 貧血かしら…大丈夫なの? 晩御飯食べれる?」
「大丈夫。ご飯は食べるけどいつもより遅めにしてもらっていい?1回寝たいから」
「分かった。適当な時間に起こしに行くから休んでなさい」
玄関前での会話が終わりようやく、本当にようやく家の中に入る事ができた。数十分くらいのはずだけどそれが数年たったように思えるほど長く感じた。
もう当分家から出たくない。1ヶ月くらい部屋の中で誰とも会話せずぼーっとしていたい。あ、でも人間観察もしたいし、んーーー。悩む。
結局明日普通に学校に行くんだろうけど。
明日また綾瀬は私に絡んでくるのかな。クラスが同じとなるとその可能性はかなり高い。
でもおかしい…それに関して今は私はめんどくさいと思っていなかった。人と関わるのが超めんどくさいとずっと思い生きてきたこの私が。
これはなんの変化だ。
私は綾瀬にたいして何を思っている。相変らず答えは何も分からずいつになったら分かるのかも検討がつかない。
モヤモヤモヤモヤしていて自分に腹が立つ。自分の胸を何回も叩く、むせる。何やってんだか…。
綾瀬と関わりをもったのは今日が初めて。学校帰りに突然絡まれ無理やり一緒に帰り家が近所だった。
そう、これだけ。これだけだ。なのに特別な感情でも芽生えたとでもいうのか。
私の心の底に埋まっているモノはいったい綾瀬に何を求めてる?胸を引き裂いて手で掘れば分かるのかな。
その前に大量出血で私が死んじゃうか、辞めておこう。
それらの答えを出すためにも人間観察の続きをする為にもやっぱり学校へ行くのは絶対条件。
今日は早めに寝よう。若干頭が痛い、脳みそを使いすぎた。お疲れ様、私の脳みそ。
また明日からも沢山使うからよろし…
寝落ちという奴をしてしまった。夢は見るだろうか、その夢では何が起こり誰が私の目の前に出てくるんだろ。
大抵の人は夢を見ても起きれば忘れているらしい。それは凄く勿体ない気もするけど鮮明に覚えていればそれはそれで全く寝た気がしなさそうだな。
そして私は寝ている間綾瀬に呼ばれている気がした。これは夢?
「稜子ー !稜子 !」
「んっ…んー?」
「ご飯出来たから降りてきなさーい !」
母は晩御飯が出来たことを知らせてきた。ちゃんと全部食べ切れるかな、なんてったって今日はご飯を食べなくても色んな意味でお腹いっぱいだから。