私の知らない心の底
空気が重い。目眩もする。何でこんな目に合わなきゃ行けないんだ。
下校中、変な女に付きまとわる始末。
ピタッとかなりの近距離で私の隣を歩いている。まさかこいつの家が私の家の近くでした。みたいな展開になるんじゃないだろうな。
こういう嫌な予感というものは結構的中してしまう事が多い。
いい方向へ転がる事は難しいのに悪い方向へは簡単に転がってしまうこの原理。数学じゃないけど何故こうなるのかこれこそ証明して欲しい。
そもそもこいつはホントに何なんだ?
突然私の楽しみを邪魔した挙句、追いかけてきては馴れ馴れしく腕まで掴んできて帰り道まで付きまとってくる…結構力が強かったからかまだ掴まれているような感覚が腕に残っていた。
この生暖かい感じ…気持ち悪い。
そして今までに見たことの無いタイプの人間だ。まぁこんなタイプの人が他にも沢山いたら洒落にならないけど。
見た目はと言うと髪はロングで先生に注意されるかされないか微妙でかなりグレーゾーンな茶髪。
両耳には1個づつピアスがしてあり甘ったるい香水の香りを漂わせている。あ、あとスカートもかなり短い。
簡単に言えばチャラ女、もしくはヤンキーとも言える。こんなに大人しそうで周りから見たら確実に陰キャ扱いされてそうな私がこんな奴と一緒に歩いているなんてこれから裏路地にでも連れてかれてカツアゲでもされそうな絵になっていそうだ。
ホントにただ一緒に帰りたいだけが目的なのか、どうなのか。ただ小馬鹿にされて明日のネタ話でもされそうな気がしてならない。
同じ系統の友達が沢山いて群れを作り団体行動でもしていそうなのにこいつは1人だ。まさか友達がいないのか?帰りに1人ってだけで決めつけるのは早すぎるかも知れないがもし本当に友達が居なかったとしてもそれはそれで納得できる。だってこんな奴だし。あぁ体が悲鳴をあげまくってる。
限界が近い…。
「ねぇ。貴方いつまで着いてくるつもり? 後距離が近すぎるから離れてくれないかな」
「いつまでってまだ学校出て10分もたってねーんじゃね? 後うちも家こっちだし一緒に帰ってんだから距離なんてこんなもんでしょ。普通普通」
このタイミングで使ってきたか。普通を。確かに一緒に歩いて下校してる他の人達もみんなこれぐらいの距離だ。
興味が無さすぎて考えた事もなかった。これが普通なら私は普通なんかじゃなくていい。むしろ普通を嫌悪する。
「そう。それなら私は遠慮なく普通じゃない方を選ぶ、だから離れて」
「もー。ツンデレちゃんだな〜てかうちが黒沼と同クラなのちゃんと分かってる?」
ツンデレなんて初めて言われた。
中学の時に読んでいた漫画のメインヒロインがツンデレキャラだったのを覚えているが似ている所は確実にないと思う。というかあったら発狂するレベルだ。
一体私のどこをツンデレだと思ったのか。意味がわからなすぎて逆にほんの少し興味が湧いたがその興味は一瞬のうちに風に飛ばされていった。
「なに? 同クラ?」
「うわーツンデレの方はガン無視すか!でもそこもツンデレっぽさ出てるかも。あっ!でもあんまし言うと不機嫌になられそうだし辞めとくか…」
いや、階段で話しかけられた時から既にずっと不機嫌なんだが。
「同クラ! 同じクラスって事だよ! う。ち。ら。が!」
こいつの言っているうちらに私は強制的に入れられているんだろうな。
つまり私達は同じクラスって事か。
え?全く知らなかった。人間観察を始めてからはクラスメイトの会話やちょっとした動きなども見ていたつもりだったけどまだ知らない奴がいたか…不覚だな。後何でも言葉を略すのはやめて欲しい。同クラなんて単語初めて聞いた。
「へぇ〜そうなの。初めて知った。別に知らなくても良かったけど。後無駄に言葉を略すそれ、やめた方いいよ。ダサいし伝わらないから」
「いや…ホントに黒沼うちの事どんだけ嫌いなんだよ〜。ここまで来るとちょっと泣けてくるな。急に腕掴んだのは悪かったってー」
ツンデレの件をスルーしたからか言葉の略しの件を華麗にスルーされてしまった。別にいいけど。
「別に貴方のことが特別嫌いで言ってる訳じゃない。腕を掴んだ事だってもう過ぎた話だからどうでもいいよ」
「それ聞いてちょっとホットしたわー。ならもうちょっと仲良く話してくれても」
「理由がない」
「え?」
「仲良くする理由がないって言ったの。ていうか私用があるから、それじゃあ」
私は特に用もないのに嘘をつき途中にあった細い裏道に吸い込まれるように入っていった。
こんな裏道に用がある何て急に言われたら一体なんの用事なんだと相手はかなり気になりそうだな。それはちょっと面白い。
もしまた遭遇した時になんの用事だったのか聞かれる可能性は結構高い。面白い嘘話でも考えて置こうかな。
ん?というか何故私は去る間際にそれじゃあ。なんて言ってしまったんだろう。じゃあね、とかバイバイ。とほとんど同じじゃないか。
この挨拶はまた次に会うことを前提に言っているような言葉だ。またしても不覚をとってしまう。
何年ぶりだろう。こんな挨拶をしたのは…
無意識に言っていた自分に少し恐怖を感じた。背筋がゾクゾクする。このまんま裏道を歩き続けて姿を消して消息不明になりたい気分だ。
でもホントに何でだろ。
私の知らない心の奥底の何かがあの女に対して何かしらの感情でも芽生えたとでも言うのか。自分の心を掘り返したい。何年も前から溜まるに溜まった闇という名の心の土を。
改めて言う。私は自分には興味がない。
けれどさっきみたいに無意識に抜かった事を言ってしまうのは避けたい。それを止めるには周りの人間だけではなく自分の事も少しは知っておかなければいけない。矛盾が発生している気がするけど1から考えを改めるなんてめんどくさい。
私は私だ。これでいい。
「はぁ。今日は人一倍疲れちゃったな。早く家に帰ろ」
ゆっくり歩きながら元の道に戻る。まさかまだ居る何て事はないよな。と軽く当たりを見回し確認してから裏道を出た。
これじゃあまるで変質者だな。
あまり下手なことばかりしていると人間観察をやりずらくなるだろうし逆に観察される立場になってしまう。気をつけないと。
そう思い今日の学校での1日、そして帰りにあった出来事を思い出し反省会を頭の中でしながら家に向かった。
駐車場が無駄に広くいつもトラックが1、2台しか止まっていない寂しいコンビニを左に曲がると右手の方に家はすぐ見えてくる。そして曲がった瞬間私は足と止めた。というか私が脳で命令する前に勝手に足が止まった気がする。
私の家の前で母親と見知らぬ女の人が会話をしていた。観察して予想するにその人の歳は大体私の母と同じくらい。違ったらごめんなさいだけど…。
きっと近所の人とたまたま買い物の帰りにでも会って世間話でもしてるんだろう。母が右手にスーパーの買い物袋をもっていたためこの予想を立てた。
まるで推理してるみたいでこういう観察の仕方も悪くないなと思った。
近所付き合いもめんどくさそうだ。あそこの家の人はあーだこーだってって愚痴大会が始まりそれを言い合っていた人達も別のところでは愚痴を言われていそうだ。
どんなに優しい人でも愚痴をこぼした事がないなんて事は無いだろう。世の中は人間の愚痴で溢れかえっている。だからこそいちいちそんなのを気にしてたら負けだ。キリがない。
ここでずっとそんな事を考えながら2人が話している光景を見ているのも飽きてきた。と歩きだそうとしたがまだ足が動かない。鉛のように重くなっている感覚に襲われた。
「え…? 何で?」
足に話しかけるかのように一人言がぽろっと出てしまった。
こんな経験はもちろん初めてだ。まるで危険信号でも出されている気分。動け動けと重い足を無理やりあげ亀のような遅さでちょびちょび進んで行くと家の前にある電柱の後ろの方にもう1人女の人がいる事が分かった。
動く前の最初の位置からだと全く見えなかった。死角だったのか。そしてすぐにその女の人が誰なのかは分かってしまう。
アイツだった。