黒沼稜子の敵
「えーと、この平面図形の証明解ける人はいるかー? 黒沼とかどうだ。分かったか?」
昼休みが終わり5時間目の数学の時間。先生に名前を呼ばれた。
解ける人はいるか?ってみんなに聞いといて何故私に単独で聞いてくるんだ。無論こんな問題分かるわけがなく無言で首を振った。
それを見て先生は残念そうな顔をして黒板に答えを書き始める。
教室の中は先生以外まるで誰もいないのかと思えるくらい静かだ。
昼ご飯を食べた後で眠い事とその次の授業が数学という追い討ち、数学を喜んで受ける生徒なんて存在するの?私は大っ嫌い。
そもそも証明って何?から始まる。ある程度真面目に授業を聞いていてもこんな問題解ける気がしない。
数学なんて足し算と引き算、掛け算と割り算が出来れば十分じゃない。
この平面図形の証明をしなさいって?生意気、命令するな、勝手に1人で証明してろやって思っちゃう。
やる気がない生徒が大半を閉めているこのクラスでも先生は真面目に細かく説明しながら授業を進めている。まぁこれが仕事で金貰ってるなら無理やりにでも教えなきゃいけないものなのかな。
幼稚園の時や小学生の時は先生という存在は偉大だと思っていた。怒られると怖いし逆らう事なんて以ての外。そして先生はいつでもどこでも先生をやっているんだなーと。
でも今の考え方は違う。
この人達も生活するためにお金を稼ぐために必死でこの仕事をしている。先生と言うよりただ頭がいい大人って感じ?仕事が終わればまっすぐ家に帰るなり、先生同士で飲みに行くなりして体の中に溜まっている黒いモヤモヤしたものを吐き出してるはずだ。
「いやー。本当にムカつくわあの糞ガキ達。こっちが手を出せないからって調子に乗りすぎだな」
「まぁまぁ。自分たちも若い時なんてあんな感じだったでしょうし仕方がないですよ」
「確かにそうかもな。でもやっぱ腹立つから夏休みの宿題多めに出してやっか」
「あははははっ。それはいいアイデアですね」
何てこんな会話してるに違いない。先生あるあるとでも勝手に決めつけておこうか。
人間観察をすると決めたその日から、私、黒沼稜子は観察に激ハマリしてしまいこんな感じですぐ被害妄想や相手の心情を考えるようになってしまった。
でもこれが面白くてたまらない。
ふざけているように見えるだろうけど結構頭使うし想像力が豊かになっていいと思う。授業で例えると…道徳てきなやつ?だと思う。
鐘が鳴り今日の授業が全て終わる。
ホームルームの時間は適当に流し部活動の時間が始まる。私は帰宅部だけど。
帰宅部以外の部活の経験は全くない。帰宅部を部活と呼んでいいのか分からないけど、別にいいよね。
勧誘などは何回かされたがどうしても興味を持つことが出来なかった。大前提に先輩後輩の関係を考えただけで吐き気するし。孤独を好む私にとっては無縁すぎるな。
素早く教室を出て素早く階段をおり玄関へ向かう。そう、とにかく素早く。のらりくらりしていると先生に捕まり何か手伝いを要求される危険があるのが帰宅部のネックなところだ。
階段を降りていると階段裏の所で男女が2人で話をしているのがちらっと見えた。
場所が場所だけあって何か内緒系の話でもしているのか?これも人間観察の1つだ。と私は階段の手すりに寄りかかり、スマホをいじっているフリをして耳を傾けた。
「突然呼び出しちゃってごめんね。電話にしようか迷ったけどやっぱり直接の方が良くて。部活の時間大丈夫?」
「あぁ。全然大丈夫だよ。てか今日部活だるいから休もうかな〜って思ってたしね。それでどーしたん?」
うわぁ。この展開はあれしかないじゃん。
「告白ってやつね」
階段裏なんか指定しなくてももっといい所あるはずなのに。そんな場所私以外の人にも気づかれてしまう。
告白する場所はロマンチックな場所が定番だと思っていた私はかなり時代遅れだったみたいだ。学生は学生らしく学校の中がお決まりなのか。新たに1つ学ぶ事ができた。あんまりいらない情報だけど。
「んーとね。単刀直入に言うね。うち大智の事が好きなんだけど…大智はうちの事どう思ってるかな?」
「え!? びっくりしたぁ。真由が俺の事好きなんて全然気が付かなかったわ〜。LINEとか電話だけじゃやっぱ分からないもんだな」
「気が付かれたらめっちゃ恥ずいしバレないように頑張ってたんだもん。それで今答えって出せる…?」
YESかNoか。文字を打っているフリをして指をすらすら動かしながら答えを待っていると、
「盗み聞きなんて悪趣味だな〜くろぬま〜」
イチャコラトークに夢中になっていたせいか隣に人が来ていることに全然気が付かなかった。しかも私に話しかけてきている。
この展開は望んでない。
すけ通った透明な第三者として人間観察を楽しむ事が重要な鍵となっているのに…。その鍵は一瞬のうちにサビ付きボロボロになっていく。
「………」
あー。めんどくさい。話したくない。こいつは敵だ。このまんまどこかへ行ってくれないだろうか。
「ありゃ。もしかしてうちって黒沼に嫌われちゃってんのかな。堂々と無視されちゃってるんだけど…おーい。聞こえてますかー?」
はぁ。仕方がない。動け私の口。
「私になんか用?」
「用ってか、さっき言ったじゃん。あの二人今いい感じ何でしょ? 見てないフリしてあげようぜ」
やっぱり盗み聞きしてたのはバレバレって訳か。しかたない。黙って帰ろう。
彼女に言われた事を聞き流しスタスタ階段を降り始める。見てないフリしてあげようって事はこの場から離れれば文句ないって事。これ以上彼女と話す理由はない。
「ちょちょ! 待ってよ!」
逃げられたとでも思ったのか階段を1段飛ばしして猛スピードでこちらに向かってくる。何だ、まだ何か用があるのか。高校生にもなって鬼ごっこなんて私はしたくないのだけど。
そしてバッ!っと左腕を掴まれてしまった。
その瞬間全身にブルッと鳥肌がたった。両親以外の人から体に触られるのが久しぶり過ぎて敏感に反応してしまったのか。振りほどこうとしてもガッツリ力を入れて握られてしまっているため彼女の手はずっと私の腕にくっついている。
「何? 離してくれない? まだ何か用があるの?さっさと帰りたいんだけど」
「奇遇だな〜。うちも今から帰ろうとしてたんだよ。途中まで一緒に帰ろうぜ。断るのはなし!」
「誰だか知らないけど貴方何様のつもり?」
「何様か〜。んーと女王様とか? そこら辺? 別にいいだろ一緒に帰るくらい。1人でも2人でも変わんないっしょ」
確かに1人で帰ろうが2人で帰ろうが私にとっては何も変わらない。知らない人が近くを歩いているだけ。そんなの心の底からどうでも良かった。
「もういいよ。勝手にしたら?」
「っしゃ! さすがくろぬまっ」
まさかここから先彼女と私が親友のような関係になるという事は今はまだ知らない。