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前編

短編の予定でしたが少し長くなったので前後編に分けました。

――きゃーっ!!――


(…死ぬのかな…お母さんごめんなさい…)


大きな悲鳴が聞こえる中、ステラの視界にはずっと想っていた男が映っていた。


(…あぁでも、もうこの想いにかき乱されることが無くなるなら…)


男が何か叫んでいるが朦朧とした頭では聞き取れず、ステラはそのまま意識を手放した。




ステラは魔導士として王立騎士団に所属していた。


働く女性がさほど多くないこの国であるが、大きな魔力を持った人間は男女問わず魔導士として所属するものが多かった。


魔力のある人間は幼い頃からその力を安定させるためにも専門の学校へ入れられる。


そこでは家族と離れ、寮で過ごすこととなる。


ステラは魔導士の両親の間に生まれたせいか、生まれつき魔力が大きく、物心つく頃には入寮させられていた。


それが何かしらの原因になっているのか、感情があまり表情に出ることはなく、また人の輪に入らず読書に没頭するようなタイプだった。


18で魔導士となり、配属された先で会ったのがフィリップだ。


魔導士と騎士はバディとして組まされることが多く、新人のステラのバディは3つ上のフィリップだった。


ブロンドの髪に切れ長の目。150㎝程度しかないステラよりも頭2つ以上も背は高く、騎士らしく引き締まった筋肉の付いた体は男女問わず憧れの的だった。


性格も朗らかで人当たりが良いフィリップは違う世界に生きているようでステラは苦手だった。


交流を深めようとしてくるフィリップに対し、少しでも関わりたくないと避け続けていた生活が変わったのはいつだったか。


仕事に対してはストイックなフィリップを苦手ながらも尊敬していた。


ある時、通い慣れた古書店からの帰り道、繁華街の方から聞きなれた声が聞こえたステラは視線をそちらへ向けた。


そこに居たのは派手な美女と腕を絡め歩くフィリップだった。


どうやって家に帰りついたのか覚えていないくらいショックを受けたステラはそこで初めて、尊敬から憧れへと自分の気持ちが変化していたことに気付いた。


幸いなことにステラの表情はめったなことでは変わらないため、その後も表向きは何も変化が無かった。


しかし、一度気にしてしまえばステラの視線はフィリップに向かい、彼が特定の女性を作らず、様々なタイプの美女たちと浮名を流しているのを知った。


(関心が有るのと無いのではこんなにも入ってくる情報が違うのか…)


フィリップへの気持ちに気付いていないときには全く耳に入らなかった噂話はそういった話に疎いステラの耳にも頻繁に届いた。


彼の言動に一喜一憂する生活に疲れ、気持ちを止めようと試みたけれどどんなに嫌なところを上げていっても気持ちが変わることはなかった。


他の人に意識を向ける等という器用な真似もできず、悶々とした生活はそろそろ2年が経とうとしていた。


そんなある日、二人はいつものように町へパトロールに出た。


フィリップは町の人々とどこの食堂で新メニューが出ただとか、誰々のところに子供が産まれただとか他愛もない会話を交わしており、その後ろをステラは耳を傾けながらついて歩くというのが日常の風景だった。


大きな十字路に差し掛かった頃、女性の悲鳴が聞こえた。


十字路の一方は坂道になっていて、視線を向けた先にはしゃがみこんでいる女性と、坂を下ってくるリヤカーが視界に入る。


「子供がっ!!!」


女性の叫びが聞こえた時にはフィリップが駆け出していた。


その時、背後から大きな音と別の悲鳴が聞こえてきた。


振り返ったステラが見たのはこちらに向かって走ってくる馬車だったが、人が乗っていない。


(危ない!)


考えるより体が先に動いたステラはリヤカーを止め無事に子供を抱きあげていたフィリップに体当たりをした。


泣きじゃくる子供に意識が向いていたフィリップはステラや暴走している馬車に気付くのが遅れ、ステラに突き飛ばされていた。


子供を守るように抱きしめたフィリップが倒れつつ衝撃の有った方に目をやるとこちらに手を伸ばした形で倒れそうになっているステラとそれに迫っている馬車だった。


「ステラッ!」


動き出そうにも子供がしがみついていて反応が遅れた。


その瞬間にステラは馬に蹴り上げられていた。


駆け寄ってきていた母親に子供を押し付けるようにして渡すとフィリップはステラの元に駆け寄る。


「ば、しゃ…とめ…」

「っ!すぐ戻るっ!」


かすれる声で紡がれた言葉に、フィリップは顔を顰めながら駆けだした。


馬車を追いかけ、客車の部分を掴んで飛び乗ったフィリップはそのまま御者台に移り手綱を掴み馬を止めた。


幸いにも周りの人間は避けていたため被害は無いようだった。


ステラ以外は。


持ち主らしき男が走り寄ってきたので手綱を押し付けると、ステラの元へ走った。


ステラの周りには人垣が出来ていた。


それをかき分けるように進むと、ぐったりとして目を閉じたステラが横たわっていた。


「ステラっ!ステラっ!」


傍にしゃがみこんで声を掛けるが反応がない。


頬に手を伸ばすと瞼がピクリと動いた。


「ステラっ!大丈夫かっ!」


うっすらと開いた目は焦点が定まっておらず、フィリップを捉えない。


「ーーっ!」


フィリップは視線を一瞬そらし唇を噛みしめるとステラを横抱きにそっと抱き上げた。


幸いなことに近くに治療院がある。


揺らさないように、でも少しでも早くと動き始めたフィリップの前には人垣が割れて道が出来ていた。


「助かる」


軽く頭を下げて治療院へ急いだ。




「…んっ…」


意識を取り戻したステラは全身の痛みに眉を顰めた。


「ステラ!大丈夫か!?」


小さな音に敏感に反応したのはベッドの傍にいた男性だった。


「すぐ医者を呼んでくるっ」


ステラは駆けだした男を視線で追っていた。


部屋の出入り口を見つめたまま、何が起きたのか頭を整理しようとするが激しい頭痛に邪魔をされる。


そうこうしていると先ほどの男と白衣を着た男性が戻ってきた。


白衣の男性はベッドの横にあった椅子に腰を掛けた。


「気分はどうですか?」

「…体中が痛いです」

「気持ち悪いとかはないですか?」

「それは…大丈夫だと思います」

「何が起きたか覚えていますか?」


「…いいえ、わかりません」


ステラがそう答えると、白衣の男性の後ろに立った体格のいい男性がビクりと体を強張らせた。


「あなたは大通りのところで馬車とぶつかったんですよ。全身が痛いのはそのせいです」


ステラは痛みの原因を知り、こくりと頷いた。


「治療院とは言え私たちが出来るのは患者さんの治癒能力を高めるだけなので、しばらくは痛みが残るかもしれません」

「はい」


静かに答えたステラに奥の男性が声を掛けた。


「ステラ、すまない」


深刻そうな顔をした男に視線を向ける。


こちらを見ている男性に覚えがない。


「…すみません、あなたは?」

「…え?…俺のことわからないのか?」


知っている人な気はすると、深く考えようとするとまた頭痛が襲ってきた。


眉間に皺を寄せながら首を横に振るステラに男性二人が目を合わせていた。


「自分の名前はわかりますか?」


先ほどからステラと呼ばれているので、ファーストネームはステラなのだろうと思うけれど、記憶にあるかというと覚えていない。


ステラは静かに首を振った。


「あなたの名前はステラ。ステラ・ウォーレン。王立騎士団で魔導士として働いていました」


自分のことを言われているはずだとはわかるが、現実味がなく首をひねりながら白衣の男性を見つめる。


「俺のこと本当に覚えてないのか…?」


奥の男性が辛そうな表情でつぶやいた。


ステラは胸の奥がツキンと痛んだ気がした。


男性の目を見ながらごめんなさいと首を振った。


「そうか…」


とだけつぶやいた男性はそのまま白衣の男性とステラの会話を見守っていた。


いくつか質問を繰り返した白衣の男ことブライアンは


「ステラさん。あなたの記憶についてですが、どうなるかわかりません。戻るのか、戻らないのか。お話をさせていただいた感じでは会話などは不自由が無いようですが、彼のことのように覚えていないことがあることも事実ですので…」


ブライアンは一度言葉を切ると背後の男ことフィリップに視線をやり、ステラに戻した。


「彼はフィリップと言います。あなたと同じ騎士団に所属していて、あなたの相棒でした。何かあれば彼を頼ってください」

「ああ、俺に出来ることならなんでも言ってくれ」


ステラはこくりと頷いた。


「体もまだ痛みが残っているようですし、数日間は様子を見たいと思いますのでこのままこちらに居てください。問題が無いようであれば自宅へ帰っていただいても大丈夫ですので」

「わかりました。よろしくお願いします」

「では私はこれで。少しでも違和感やおかしなところがあればいつでも言ってくださいね。事務所にはだれかおりますので」

「はい、ありがとうございました」


ブライアンは穏やかな微笑みを向け部屋を出ていった。


「フィリップ、さん。あなたも帰っていただいて良いですよ?」


フィリップの記憶が無くなっているためどう呼んでいたのかもわからず、当たり障りないであろうさん付けで声を掛けた。


「もう少し居ちゃダメか?」

「それは、構わないですけど」


本当は構う。

記憶の無いステラからすればフィリップは知らない異性だ。

しかし、ステラのことを心配していたのは意識が戻ってからのあれこれで伝わっている。

邪険にすることもできず諦めたステラは視線をフィリップから外し、ベッドを挟んだ反対側にある窓にやった。


「…ステラ…すまない、お前は俺を助けてこうなったんだ」


小さい声だったが静かな部屋ではきちんと聞き取れた。


ステラはフィリップが心配していた理由に納得がいった。


「自分が勝手にしたことなので気にしないでください。騎士団に所属しておきながらこんな状態になっている自分がまぬけなだけなんですから」


視線を戻し淡々と告げながらステラは思う。


今回のことは自分の選択であり自己責任なのだ。

他人が責任を感じる必要はない。


「…お前のおかげで俺はもちろん、子供も無事だった。本当にありがとう」


ステラが謝罪を受け入れるつもりがないことが伝わったのかフィリップは言葉を変えてきた。


「それは良かった」


返事を聞いたフィリップは安心したように笑った。


「じゃあ俺も今日は帰るよ。また来る。しっかり休んで」


そう告げるとステラの頭をひと撫でして部屋を出ていった。


ステラは無意識に撫でられた頭を片手で押さえ、何とも言えない衝動にしばらく固まっていた。




ステラが治療院に入って意識を取り戻すまで3日かかっており、外傷に関してはその間に施された治療でほぼ治っていたが、記憶のことがありしばらくは経過観察も兼ねて入院となった。


入院していた数日間、フィリップは仕事の前後や合間の時間に何度もステラの元を訪れた。


その間も全く記憶を取り戻す様子はなかった。


明日退院と決まった日、落ちた体力の回復も兼ねて、治療院の裏手にある丘を散歩していたステラは見下ろした町の中にフィリップを見つけた。


しかしフィリップは一人ではなく、左腕に美女が絡みつくようにして歩いていた。


「あたま、痛い…」


ズキンと痛んだ頭を押さえふらつきながら戻ると、建物の入り口でブライアンとばったり会った。


「ステラさん、大丈夫ですか?」


青い顔をし、頭を押さえているステラにブライアンは駆け寄ると肩を支えながら正面から顔を覗き込み様子を伺う。


「ちょっと頭痛がしてるだけです」

「とりあえず部屋に戻りましょう。ちょっと失礼しますよ」


ブライアンはひょいとステラを横抱きにした。


「え、ちょっ!」

「あんなにフラフラしてたらこけちゃいますよ」


慌てるステラにブライアンはウインクを見せ、すたすたと部屋へ向かった。


ブライアンの腕の中でステラは最近も誰かにこうして抱き上げられていた気がして首を捻っていた。




その日、毎日来ていたフィリップが初めて姿を見せなかった。




きっと恋人にいい加減怒られたのだろう。

同僚とは言え他の女のところに足繁く通っているのは恋人にとっては面白くないはずだ。


ステラはあれから何度も腕を組んで歩く二人の姿を思い出していた。


脳裏から離れない映像に小さなため息をつき顔を上げる。


数日間お世話になった部屋を見渡し、忘れ物が無いことを確認したステラは部屋を出た。





町のアパートメントで部屋を借りていたステラは教えてもらっていた住所を目指していた。

住所は覚えていなかったが、景色は見慣れているような気がする。

なんとなくこっちと歩いているとアパートにたどり着いていた。


数日ぶりの我が家は少しこもった空気になっていたので窓を開けて換気する。

部屋を見渡すと見覚えはないがとても落ち着く。

ふぅと部屋の中央にあるソファーに深く身を沈めた。


思っていたよりも他人が近くにいる生活は気を張っていたようだった。

からだの力が抜けると睡魔が襲ってきた。

特に予定もなかったのでそのまま瞼を下したのだった。


肌寒さに目が覚めると外が薄暗くなっていたので、思ったよりしっかりと寝ていたようである。


軽く伸びをしたステラはソファーから身を起こした。

窓を閉めキッチンへ向かい簡単な食事を用意する。

料理など日常のことは特に問題が無いようでスムーズに出来た。


食後、部屋の隅にあった机を見る。

並んでいる書籍はほとんど魔術に関するものだった。

適当に本を手に取りパラパラとめくると書いてある内容はすんなり頭に入る。

この様子ならば仕事に戻っても問題ないかもしれないとほっと息を吐く。


本を棚に戻し、なんとなく開けた引き出しから1冊の日記帳が出てきた。

手に取り開こうとするが開かない。

魔術の気配がするのでもしかすると封印の魔術がかけられているのかもしれない。

見られないと思うと見たくなるが記憶の無い今のステラには封印の解き方がわからない。


封印をしているということはそれに関わる本があるのかもしれないと本棚を見るがそれらしきタイトルの本は無かったので、適当に読んでみることにした。


端から1冊を手に取るとソファーに戻り読み始めた。



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