君に花を捧げよう
今回もまたその場の勢いで書いてます。そのうちちょくちょく修正入れたいと思ってます。
暗いトンネルをぬけた先、突然眩い光に包まれた私はあまりの眩しさに目を瞑った。その時、強い引力ににかれるように体が引かれ下に下に落ちていった。
「いてっ!」
腰を強打した私はあまりの痛さに思わず声を上げた。
「…これ、は」
すると、ほど近い場所から男の声が聞こえた。
其方に視線を向けるも、その姿を捕えることは出来なかった。というのも、私の視界は真っ暗で何も見えなかったからだ。
「あれ?」
咄嗟に目を触るが、何か布が巻いてあるとかでは無いようだ。なのに、何も見えない。触った感じ、私はしっかりと目を開いているはずなのに。
「うそ、え?なんで?!」
「お、おい!どうしたんだ?」
パニックを起こす私の肩を誰かがガシッと掴んできた。
見えない恐怖に咄嗟にその腕を振り払おうとするも、力が強すぎて無理だった。
「や!離して!!」
「落ち着けって…大丈夫だから、な?」
そう言ってその人は背中をゆっくりと摩ってくれた。
その手の温かさに、声の優しい響きに次第に落ち着いてきた私は深く深呼吸をした。
「落ち着いたか?」
おずおずと頷けば、その人はほっと息を吐いたようだ。
恐る恐る、声のする方に顔を向けるも何も見えないのだ。どこに顔があるのかすら分からない。定まらない私の瞳にその人は私の目が見えないことに気付いたようだ。
「お前、目が見えないのか…?」
「そぅ、みたい」
「その言い方からして初めから見えなかったってわけじゃないみたいだな」
「…貴方、誰?」
「あ、すまん。俺の名前はソルトだ。お前は?」
「わた、しは…」
あ、れ?名前が思い出せない。
それ所か、自分が何者かさえ分からなくなっていた。
年齢は?家族は?私は…誰だろう?
「分からない…私、」
「…召喚の後遺症か?記憶が一時的に混濁してるのかもしれないな…」
「しょうかん?」
「あぁ、俺はここイラソル王国で魔術師をしている。先日、ここから離れた場所にある古い遺跡から見たことの無い魔法陣が発見されてな。それの解析をしてたんだが、うっかり発動させちまったらしくて…そしたらお前が来た。恐らく、と言うよりも十中八九これは召喚魔法陣だったんだろうな」
「まじゅつし?まほう?」
なんだかファンタジーチックな言葉がバンバン出てきて頭が混乱してきた。この人は厨二病かなにかだろうか?
魔法なんて、あるわけがないのに。
「あー、とりあえずお前どうするかなぁ」
「…あの」
「ん?」
「貴方の言葉が本当だとして、それって誘拐じゃないんですか?」
「ゆう、かい。ま、まぁ確かに…」
「あの、元の場所に返してくれませんか?私は帰らなくちゃ…」
漠然とそんな気持ちが湧き上がった。
そう、だ。私早く帰らないと行けないんだった。
あれ?でも何処に?分からない…でも、恐らくは私の家。
帰らなくちゃ。早く、早く。
そう思う内にどんどんと焦りが込上げた。
「帰らなくちゃ、早く…私、」
「悪いが今は無理だ、お前がどこから来たのか明確にわかっていないしこの陣は召喚専用だ。送り返すにはこれをちゃんと解析して、新たに陣を作り直さなくちゃならない」
「さっきから召喚とか、魔法陣とか…何言ってるの?アニメの見すぎじゃない?魔法なんてあるわけないのに」
段々イライラしてきて吐き捨てるようにそういうと、彼は驚いたと言うような声を出した。
「お前の世界には魔法は無いのか?」
「はぁ?だから、貴方さっきから何言ってるの?」
「なら見せて…って、お前目が見えないんだったな。あー、じゃあ少し待っててくれ」
そう言って、彼はどこかにいってしまった。
ぽつんと取り残された私は取り敢えず立ち上がり、手探りで部屋を歩き回ってみた。
が、そこかしこに本の山があるらしく歩く度にぶつかり何個かその山を崩してしまった。
これ以上無駄に歩き回っても仕方ないか、と再びその場に座り込んだ。丁度、背中には硬い壁だかタンスだかがあったらしく、それにもたれ掛かりぼーっとしているうちに段々と眠くなってきた。
うつらうつらとしているうちにいつの間にか眠りに落ちていった。
※
夢の中で、私は黄色い花に囲まれていた。
小さな私を抱き上げて、嬉しそうに微笑む2人の男女。
彼らは恐らく私の両親なのだろう。
『ーーた、ほら見て。とても綺麗よ』
『…や、この花怖い』
黄色くて大きな花を近づけてくる母に私はぎゅっとしがみつき、その花から目を逸らした。
『えぇ、こんなに綺麗なのに。それにこの花はあなたの名前でもあるのよ?』
『そうだぞ!この花みたいに、明るく元気な子になるようにって付けたんだよ』
両親は嬉しそうにそんなことを言う。
恐る恐るその花に視線を向けるも、やはり私にはそれが大きな目玉のように見えて恐ろしかった。
※
「ーーぃ、おい、起きろ」
肩を揺さぶられ、目を覚ます。しかし、私の視界は相変わらず真っ暗に染っていて何も写さない。
「起きたか、すまない。せめて座れる場所に案内すんだった。立てるか?」
そう聞きながらも彼は私をひょいと抱き上げると何処かに歩き出した。
「えっと、私歩けるんだけど…」
「いや、この部屋散らかっててな。目が見えないなら歩かせるのは危ないと思う」
…確かに、彼が戻ってくる前少し歩いてみたがどこを言っても何かにぶち当たって歩きづらかった気がする…。
「でも、あの…私重いし、手を引いてくれればそれで」
「いや、別に重くないぞ?それに子供が遠慮するな。元はと言えば俺が悪いんだし…頼ってくれ」
その声はとても真剣な響きを持っていた。
しかし、子供扱いされるのは釈然としない。
私は20歳だ。来年、成人式を迎え…そこまで考えて、先程まで自分の事を何も覚えていなかった筈なのに何故かスルッと思い出すことが出来たことに驚く。
これならそのうち記憶も全て元通りになるかもしれないと安堵した。
暫く無言で彼の首に腕を回しされるがまま何処かに連行されていった。
因みに、今私は所謂お姫様抱っこ…ではなく小さい子供がよくされている片腕におしりを乗せる縦抱きをされている。その事から彼は私が思う以上に背が大きいらしいことが分かる。手も腕もとても大きくて少し驚く。
そうしているうちに何処かの扉を開いた彼は漸く私を下ろしてくれた。降ろされたそこはとても柔らかい感触がした。背もたれもおるということは、恐らくソファーか何かだろう。
「取り敢えずここに座っててくれ」
そう言って彼はまた何処かに行ってしまった。
しかし今度はすぐに帰って来た。
「目を瞑ってくれ。今からお前の目元に特殊な布を巻く。これで何とかなるだろ」
なんとかなる、とはどういう事だろう?
取り敢えず彼の言うとおり目を瞑った。
すぐに布が当てられ、頭の後ろで結ばれる感覚がする。
「キツくないか?」
「大丈夫です、これなんですか?」
「今にわかる」
そういうと、彼はブツブツと何か唱えだした。
それはまるで歌のようでとても綺麗な戦慄を奏でた。
暫しその声に聞き惚れていると、フワッと私の髪が風もないのに浮き上がった。それは直ぐに収まったが、その後不思議なことが起こった。
目は以前暗闇に閉ざされている。
今は瞼すらも閉じているため余計何も見えるはずがないのに…何故か視えるのだ。
今座っているソファーも、目の前にある机にタンス、花瓶と何がどこにあるのか認識することが出来た。
「え?!なにこれ」
「良かった…成功したみたいだな。どうだ?」
「凄い!なんで?!見えないのに視える!」
私は後ろを振り返る。
そこにはやはり私の頭2個分は上であろう長身の男がいた。顔は鮮明に見えないが、何となくどんな顔をしているのかわかった。
「これで魔法があるって証明になったか?」
「魔法…これが?凄い」
確かに、布を巻いただけで人や物を認識できるようになったのだ。こんな事、それこそ魔法じゃないと無理だろう。
「…うん、疑ってごめんなさい。これ、ありがとう」
「おぅ」
彼はニカッと笑顔を見せた。
私もつられて笑ってしまった。
※
この世界『クヴィエチナ』と言うらしい。
創世神は花を司っているらしく、この国『イラソル王国』も花を元に付けられたとか。1年を通して温暖な気候のこの国には植物が多く育ちとても豊かな国だそうだ。
この世界には『魔法』があり、アニメや漫画のように獣人にエルフやドワーフといった亜人も存在する。
特に妖精の存在が重要で、妖精とは植物に宿る。妖精が宿った植物が多いその地はとても豊かになるそうだ。
この国は特にそれが多く世界的にも一・二位を争うくらいの大国だそうだ。
ソルトはそんな国の魔術師の1人で、魔法陣や魔術式の分析・解析・構築をする事で新しく魔法を作り出したり、既存の魔法を強化したりすることが得意なのだとか。
私の中の魔術師のイメージは炎や水を操り魔物・魔獣といった敵を攻撃し倒す。と言ったものなのだが、それは魔術師とは別に魔道士の仕事らしい。
魔術師とは所謂、研究職で国の防衛などは騎士団と魔道士団の仕事だとか。
と、まぁ簡単にこの国の説明を受けた。
ソルトは誤って召喚してしまった私をどうするか上司と相談すると言ってそのまま部屋を出ていってしまった。
何もすることがなくボーッとしていたら、この国の賢者だと言うお爺さんがやってきてソルトに変わって謝罪をした後ざっくりとそう説明してくれたのだった。
「大変申し訳ないことをしたの…絶対に元の世界に返せるようにするからそれまで辛抱して欲しいのじゃ」
「いえ、元の場所に帰してくれるならそれで…あ、あとそれまでの間の衣食住の保証もお願いしたいです」
以外にもとても丁寧な対応を取られたことに驚いた。
ここはきちんとお願いしておこうと頭を下げると何故か賢者様はうっと涙ぐんでしまった。
「くぅ、まだこんなに小さいと言うのに、なんてしっかりした子なのじゃ…!親元から離されてさぞ不安じゃろうて、可哀想に…よし決めた。わしが身元保証人になろう」
1人うんうんと頷き、後ろに控えていた従者に何か呟いていた。距離があって、何を話していたのかはよく聞こえない。
それよりも気になる言葉があった。
小さいって、確かに背は低いけど…私何歳に見られてるんだろう?
「あ、の…賢者様?」
「そんな堅苦しいのじゃのうて、おじいちゃんと呼んでくれて良いぞ!」
賢者様はとても期待の籠った声でワクワクとしている。
これは、もしかしなくとも呼んで欲しい感じですか?
何となく気恥ずかしい気持ちになるが、要望に応えて見せようと口を開く。
「…お、おじぃちゃん」
「なんじゃ?なんでも言うてみ?おじいちゃん、権力あるから基本なんでもできるぞぃ!」
…それは職権乱用ではないですか?
だが、よく分からないが賢者様に気に入られた様だ。
味方は多いに越したことはない。ここはいっちょ媚びを売りまくろうと思う。
その後、ソルトが戻って来るまで賢者様と楽しい時間を過ごした。
※
賢者様に身元保証人になってもらった私は、表向き賢者様の遠縁に当たる親戚の子と言う扱いだ。
現在城の一角に部屋を貰い自分に出来る仕事をしようとソルトや賢者様の手伝いをさせて貰っている。
と言っても、言葉は通じるがこの世界の文字が読める訳では無いのでもっぱら賢者様の話し相手だったりする。
私の世界には魔法はないと言うととても驚いていた。
それからこの世界と私の世界の違い等について語ったり、不思議なことに私にも魔力が微量ながら存在するらしいので魔法を教わってみたりとなかなかに充実した日々を送っていた。
ソルトの方では簡単な書類の整理や、部屋の掃除などをやらせて貰っている。仕事で食事を疎かにしがちな彼の為に軽食を用意することもあった。
異世界の食材はどんなものかと思ったが、以外にも似た野菜や果物も多く料理はしやすい。
毎日少しずつだが記憶も戻ってきており、最近になってようやく自分の名前も思い出した。
それまでは賢者様に仮の名前という事で『ネロ』と呼ばれていた。案外その名前を気に入っていた私は今更、本当の名前を告げるのも気が引けて言えずにいる。
因みに年齢を告げたところ心底驚かれた。
賢者様、いやこの世界の人には私は何と14歳位に見えていたらしい。そこまで幼く見られるとは…軽くショックを受けた。それに、この世界で女の20歳は行き遅れ寸前らしくとても心配された。
「え…その見た目で20歳?嘘じゃろ…」
「本当です、私の人種は元々、外国の人に実年齢より下に見られることが多いらしいですが…まさかそんなに小さい子だと思われてたなんて…」
「いや、そのな。その身長に顔はなぁ…良くて14、5歳程度にしか見えんぞ?」
「…これでも成人した大人なんですけど」
「うーむ、ま、まぁあまり気にせん事じゃ」
ソルトにも同じ事を告げたが寧ろ冗談だろと笑われてしまった。
「あははは!何言ってんだ、どう見ても子供じゃねぇか」
「いや、本当だってば!」
「いやいや…ないわー、その見た目で20歳はなぁ」
「…」
無言でジトっとした目を向けると、暫しの沈黙の後彼は漸く私の言葉に嘘はないと感じたらしい。
「…え、まじ?」
「まじです」
ソルトはそのまま何か考え込むように頭を抱えるとフラフラと部屋を出ていってしまった。
…なんだ、あいつ?
年齢を告げてから、ソルトの態度が何故かソワソワとしたものに変わった。どうしたのかと聞いても、なんでもない!と叫んでどこかへ走り去って行ってしまうのだ。
そのくせ、私がソルトの研究室を訪れるとそっと花を渡してくるようになった。
目を見ようとすればサッとそらされるし、避けられてるのかそうじゃないのか…彼の行動がよく分からない。
賢者様にソルトの様子が変だと告げると何故か苦い顔をされた。
「…放っておいたげなさい」
「でも、何か変な物でも食べたのかと心配で…」
「大丈夫じゃ、暫くすれば落ち着くじゃろうて…あやつ、遅咲きの初恋かのぅ」
賢者様は最後ボソッと何か言うも、大丈夫だから放っておけの一点張り。なら、まぁいいかと取り敢えず様子見をすることにした。
その日も、ソルトは私にそっと花を渡してきた。
それは色とりどりの可愛らしいパンジーだった。
「…ネロ、これやる」
「わぁ、可愛いありがとう!」
「あぁ」
ソルトはふと私の頬を指で撫でてきた。
壊れ物を扱うかのようなその優しい手つきになんだか恥ずかしくなった。
「ど、どうしたの?」
「いや、髪がな…」
そっと耳に髪をかけてくれるソルトがなんだか見ていられなくて、咄嗟に俯いてしまった。
「え、と…そういえば最近よく花渡してくるけどなんで?」
「…何となく、な。なぁ、パンジーの花言葉って知ってるか?」
「え?ごめん、知らない」
「そうか…まぁ、そういう事だよ」
「え、どういう事?」
意味がわからなくて聞き返すもソルトはククッと笑って私の頭をポンポンと撫でるだけで答えてはくれなかった
部屋に戻った後、どうしてもソルトの言葉が気になって花言葉について調べてみることにした。
賢者様に頼んで、城の図書室に訪れた私は早速花言葉について書かれた本を探しだした。
「えっと、パンジーの花言葉は…“私を思って”?」
…え、どゆこと?
意味がわからなくて、そう言えば他に貰った花はどう意味だったのだろう?ついでに調べてみたらわかるかも?
貰った花を思い出して、花言葉を書き出してみることにした。
サフラン「歓喜」
サクラソウ「初恋」
赤チューリップ「愛の告白」
赤薔薇「あなたを愛してます」
パンジー「私を思って」
他に貰った花も好意を伝える意味の花ばかりだった。
(…そういえば、賢者様にこの国では花で気持ちを伝えるって話を前に聞いた気がする。え、どうしよう…)
その時になって漸く、彼の気持ちがどんなものなのか理解してしまったのだった。
※
「ネロ、おはよう」
「お、おはよう…」
「これ、やるよ」
「え、あ、うん…ありがとう」
ソルトは相変わらず、会う度に花を渡してくる。
私は花の意味に気付かないふりをして受け取る。
正直、彼からの好意は嬉しい。
でも私はいずれこの国から、世界からいなくなる存在だ。
悪いが彼の気持ちには答えられない。
本当は花を受け取るべきでは無いのだ。
そう思って1度花を返そうとしたのだが…何故かその瞬間、彼は不穏な気配を漂わせた。
気温が一気にぐっと下がったかのような寒気を感じて、驚いていソルトを見上げると…彼の表情は一切消えていた
「何故だ?この花は嫌いか?」
「え、と…違くて」
「なら、受け取れるよな?」
彼が怖くて、押し切られる形で花を受け取った。
「…うん、ありがとう」
「それでいい」
そういうって、満足そうに私の頭を優しく撫でてきたその時の彼はいつもと違ってとてつもなく怖かった。
だから受け取りたくなくても、受け取らなければならなかった。
その時にもらった花は紫色のチューリップ。
花言葉は「不滅の愛」
その意味を知った時、背筋にゾクリとしたものが走った。
しかし私は敢えてその事には気付かないふりをした。
そして今日の花はラベンダー。
リラックス効果のあるその花はとても綺麗だった。
「 ネロ、ラベンダーの意味知ってるか?」
「…わかんない」
「ふーん、本当に?」
ソルトはゆっくりと私の頬を撫でる。
少し前までとても安心する暖かい手だったのに、今は氷のように冷たい。じわじわと焦りが募る。
…ラベンダーの花言葉は「私に答えて」
彼が、私の答えを待っている。もうとっくに彼は私が花の意味を理解していることに気付いているのだろう。
「ネロ…正直に言えよ、もう分かってんだろ?」
「…」
「なぁ、ネロ」
俯く私の頬を両手で包み込み彼は顔を近づけてくる。
何をしようとしてるのか、嫌でも理解してしまう。
「…ソルト、やめて」
「ネロ」
「お願い、言わないで…」
とうとう、彼はその言葉を口にした。
「好きだ」
聞きたくなかった。彼の口からその言葉を聞いてしまったら、もう無視できなくなってしまう。
何も答えられずにいる私に、彼は耳元に口を寄せてきた。
ゆっくりと紡がれるその言葉は私を追い詰めのものだった。
「返事、聞かせてくれよ」
「…」
「ネロ」
「…ごめ、なさい」
私は、あなたの気持ちには答えられない。
気持ちはとても嬉しいけれど…私は帰りたいのだ。
謝罪の言葉を何とか口にするも私は申し訳なさで彼の顔を見ることが出来なかった。
「…そうか」
ソルトはそう呟くと、私から離れていった。
それから、彼と会うことは極端に減った。
当たり前だ。どんな顔して会えばいいのか分からないのだから。
賢者様は私の気持ちを優先してくれると言った。
ここに残ってもいいし、魔法陣が完成次第帰ってもいいのだと。その時が来るまで、よく考えなさい…と。
賢者様と別れるのは寂しい。ソルトと離れるのも…
他にも沢山、知り合いができた。友達ができた。
…それでも私はどうしても家族に会いたかった。
※
私が召喚されてから3年がたった年の終わり頃。
漸く、帰還用の魔法陣が完成した。
それを作り上げたソルトとはあの日からまともに会話をしていない。寂しいし、今までのお礼を伝えたかった。
城中探し回るも彼が見つかることはついぞ無かった。
そして、ついに帰還の時。
私はお世話になった人達に挨拶して回った。
私の事情を知る人はとても少ない。その為、故郷に帰ることになったと伝えた。
私との別れを惜しむ声を沢山貰った。
思わず泣きそうになるも笑顔で別れを告げる。
私の見送りには賢者様と事情を知るこの国の宰相様と魔法陣を起動させるために魔術師団長様がいる。
しかし、ソルトの姿はついぞ見ることは叶わなかった。
「ネロ…血の繋がりはなくともお主はわしの孫じゃ。
あちらでも達者での」
「おじいちゃん…私も、本当のおじいちゃんができたみたいでとても嬉しかったよ。3年間、ありがとうございました。おじいちゃんの事絶対に忘れないからね」
「くぅ…ネロぉ」
「おじいちゃん…最後だから、言うね。私の本当の名前は日向って言います。ネロとして過ごした時間は私にとって掛け替えの無い宝物になったよ。それもおじいちゃんとみんなのお陰…本当に、ありがとう」
私は最後、賢者様とギュッと抱擁を交わした。
名残惜しくも賢者様から離れ、陣の中心に立つとキラキラと眩い光が部屋を照らし始めた。
私を包むように風が巻き始めると、目を覆っていた魔法の布がはらりと零れ落ちてしまった。
目に映るのは暗闇ではなく、色とりどりの美しい世界。
その時になって初めて、私は視力が完全に戻っていることに気づいた。
視線を感じ、其方に目を向ける扉の近くにソルトの姿があった。何となく、どんな顔の人なのか認識はできていたが確りと見たのはこれが初めてのこと。
彼はじっと私を見つめていた。
私もその瞳を見つめ返すと、ふと彼の手に大きなひまわりの花があることに気付いた。
ひまわりの花言葉は「私はあなただけを見つめる」
その花を見た瞬間、何故かゾクッと悪寒が走った。
私は…あの花が嫌いだった。
昔から私には大きな目玉に見えて仕方がないのだ。
その時、何かを思い出しそうになった。
(なんだっけ?大事なことを忘れている気がする…)
ソルトは笑っていた。私も花から視線を外し彼の顔を見る。泣きそうになるのを必死に我慢して笑顔を返した。
最後に、彼に伝えたいことがあった。
これは逃げかもしれない。それでも、何も言えずにここを去るのはきっと後で後悔することになるから…
「…ソルト、好きだよ。さよなら」
風の音が大きく、彼の耳には届かないだろう。
それでも彼は嬉しそうに微笑み返してくれた。
「ーーー」
彼は最後何かを言っていたが、結局その言葉が私に届くことは無かった。
強い光に包まれ、私はその場から姿を消した。
※※
私はひまわりが苦手だった。
家の近くにはひまわり畑が拡がっている。
この時期、満開の花を咲かせるその花は他所から人が来るくらい人気の観光スポットでもある。
物心着く前からその花と共に育ってきた私は、皆と違ってあの花が怖くて仕方がなかった。
黄色くて大きなあの花が私にはまるで大きな目玉に見えるのだ。沢山の目玉に囲まれ、見下ろされるのが嫌で私はひまわり畑に行く度にギャン泣きしていたらしい。
両親はそんな私を見て「あらあら」と笑うだけ。
私のこの気持ちを分かってくれる人は誰一人としていなかった。
「大きくて綺麗じゃない、何がそんなに怖いのよ」
「ひまわりは日向の名前でもあるのに…」
父と母はそんなことを言う。
だがそう言われても、怖いものは怖いのだ。
それに、日向なんて名前私には合わない。
それもあって、余計ひまわりは苦手だった。
名前のように明るい性格ではなく、寧ろ日陰者の私はいつもその事でからかわれていた。
妹の葵の方がよっぽど似合う名前なのに。
なんで、私が日向なんだろう…
大学生になり、バイトを始めた。
夜暗い道。ひまわりが咲くこの時期はいつもひまわり畑を迂回して帰っていた。
夜にあの花を見るのは余計恐ろしくて仕方がなかったからだ。だが、今日は運悪くバイトが遅くなり帰路を急いでいた。早く帰らないと親が心配するのもあるがどうしても見たいテレビがあったのだ。
迂回路を使おうと思ったが、数日前からそこは工事中で通ることは出来ない。他の道からでも帰れるが、其方からだとテレビが始まってしまう。
悩んだ末、私はひまわり畑の前を突き進むことにした。
やはり、私には大きな目玉にしか見えないその花は夜だといっそう不気味で、沢山の花が私の方を向いていると思うと恐ろしくて仕方がない。
足早に進んだ先に、1人の男がたっていた。
こんな時間に人がいるのは珍しいな…
そう思ったが、特に気にすることも無くその人の横を通り抜けようとした瞬間腕を掴まれた。
「え?」
抵抗する間もなく、男は私を引きずりひまわり畑の中を突き進んだ。
「や、は離して!!」
足を踏ん張り、手を振り払おうとするも男の方が力が強い。周りには遠くで薄らと民家のあかりが灯るっているだけで夜ということもあって近くに人はいない。
咄嗟にスマホを取り出すも、手が震えて落としてしまった。拾うにもどんどんひまわり畑の奥へ引きずられていってしまった為拾うことは出来なかった。
「離して!!やだ!だ、誰か…」
「黙れ」
男は不意に私を投げ出すと、上に股がってきた。
滅茶苦茶に手足を動かして抵抗するも、男をどかすことは出来なかい。
「ヤダヤダ!!やめて!」
「ちっ」
その時、腹部にドスッと衝撃が走った。
「え」
初めに感じたのは、熱さ。熱湯でも掛けられたかのようなその熱は直ぐに激痛へと様変わりした。
じわじわと血が溢れ出す。
そのまま、男は私を刺したナイフを1度抜くと今度は何度も、何度も何度も私の体を突き刺し始めた。
「あ、ぅ…」
段々、体に力が入らなくなってきた。
初めに感じた熱は今なく、何故かに寒くて仕方がない。
最早痛みも感じなくなってきた。
(あぁ、私死ぬんだ)
ふと見上げれば、そんな私を多くのひまわり達がじっと見下ろしていた。
私の血を浴びて、赤く染ったそれらがとても恐ろしい。
月明かりに照らされた男の顔はよく見えなかったけれど、その目はとても楽しそうに光っている。
狂気に染った男の瞳、そのまわりに血に染った大きな沢山の目に囲まれて私の意識は暗転した。
※※
はっと目が覚めた。
体は寝汗でビショビショ。息は荒くとても苦しかった。
(…全部、思い出した。そうだ、私あの時死んだんだ)
あの時感じた感情や痛みを今更ながらに思い出して体がガタガタと震える。
(怖い、痛い、恐い、苦しい、家に帰りたい…誰か助けて)
どのくらい時間が経ったのだろう?
怯え、泣き叫んでいた私は漸く自分が見知らぬ部屋にいることに気づいた。
私は、1度死んでソルトの元に召喚された。
その後、彼が作った魔法陣で元の場所に戻された筈…
しかし、死んだ筈の私は一体どこに戻ってきたというのだろう?
私は大きな天蓋付きのベットの上にいた。
部屋はこの大きなベットと小さな机にイスだけと、とても殺風景だった。
窓もあるにはあるが、何故か板で隠されている。
唯一、外に繋がりそうな扉は鍵がかかっていて開かなかった。
「ここ…どこ?」
見た感じ、部屋の作りは元の世界のものではなく寧ろあの国で過ごした部屋の作りに似ていた。
もしかして、私は元の世界に帰れなかった…?
ここはまだイラソル王国のある世界なのかもしれない。
だとしても、何故私は部屋に閉じ込められている…?
分からないことだらけだ。
ここは、どこで私はどこに帰ろうとしていたのだろう…?
その時、固く閉ざされていたはずの扉がゆっくりと開いた。そこから現れたのは…ソルトだった。
「ソル、ト?」
「ネロ…いや、ヒナタ」
彼は、何故か私の名前を知っていた。
賢者様にしか教えていないのに…いや、もしかしたらあの後賢者様に聞いて知ったのかもしれないが。
それよりも、おかしな事が多い。
何故、私がここにいることに彼は驚かない?
何故、そんな嬉しそうな顔をしている?
彼は私がここに来ることを知っていた…?
あの魔法陣は、本当に帰還用のものだったの?
そもそも、どうやってそれが帰還用と実証したのか?
どうやって確認した?あれは誰が作ったんだっけ…?
そうだ…あれを作ったのは、ソルトだ。
目の前にいる彼は私をギュッと抱きしめると嬉しそうに言葉を紡いだ。
「ヒナタ、あの時俺の事好きって言ったんだよな?
すげぇ嬉しかった。俺の気持ちちゃんとわかってたんだって、受け入れてくれたんだって。
あの時も本当は俺の事好きだって言いたかったんだよな?素直じゃないお前はあの時俺の気持ちを拒絶したけど、お前の気持ちには気づいてたぜ?
…それでも俺から離れようと、逃げようとしたのは許せなかったよ。だから、俺頑張ってあの魔法陣作ったんだ。あれ召喚魔法陣の逆転したものに見えるから他の奴らは帰還用って思ってるだろうけど本当は転移魔法陣なんだ。俺がお前の為に頑張って作り上げた最高傑作なんだ!
凄いだろ?今日、この時のために3年も掛けて作った。
他の奴らはお前が帰ったって信じてる。
これで、漸くお前は俺だけのものだ。俺の唯一だ。
もう絶対に離さない。逃げようとしても無駄だぜ?
なんなら鎖で繋いでやってもいいんだ。でも、そうしないのはヒナタが好きだからだ。なぁ、わかるだろ?」
彼の腕は、いつの間にか震えていた。
「ヒナタ、好きだ。愛してる。俺のヒナタ…どこにも行かせない。お前の居場所はここだ、元の世界なんて絶対に返さない!賢者のジジィの所にも絶対にやらない!お前は…お前は俺の傍にいればいいんだ!!」
私の肩にはポタポタと彼の涙が零れ落ちている。
彼は、私をこんなにも思ってくれていたのか。
少々、いや大分重い。正直引いた。
でも、そのお陰か目が覚めた時に感じた死の恐怖感は何故か薄らいでいる。
私を束縛しようとするその言葉は、腕はとても重くて苦しくて…でも、それを嬉しいと感じてしまっている私がいた。私が離れると思って泣いてくれるこの人が愛しいと感じてしまった。
「ヒナタ…ヒナタ…」
「ソルト。ねぇ聞いてソルト。私ね、本当は帰る場所なんてなかったの」
「ヒナ、タ…?なら、なんで帰ろうとしたんだ。俺から離れて行こうとしたじゃないか?!」
ソルトは私をベットの上に押し倒してきた。
その瞳はランランと光り、うっすらと狂気が見える。
「…あの時、ソルトが持ってたあの花を見て全部思い出したの。あのね…私、元の世界で死んでたみたい」
「しん、だ…?」
「そう…家に帰る途中知らない男に襲われて。沢山のひまわりに囲まれて、何度も何度もナイフで刺されて…私、死んだの。私は…どこに帰ろうとしてたんだろう」
彼はとても戸惑っているようだった。
それはそうだろう、自分の事を死んだという人間が目の前にいるのだから。
普通だったら頭のおかしい人間だと思われるだろう。
…果して彼は、私の言葉を信じてくれるだろうか?
「…」
「ソルト…あの時、好きって言ってくれて本当は嬉しかった。どの花も綺麗で、可愛くて。花言葉を調べる度にあなたの気持ちが伝わってきて恥ずかしかったけど、嬉しかったの。でも…どうしても家族に会いたくて、帰りたくて、この世界に居場所はないって、私は元の場所に帰るべきだってそう自分に言い聞かせて誤魔化してきた…帰っても、会えるわけがないのにね」
「ヒナタ」
「ソルト、今更こんな事言うのは狡いかもしれない。
でも…私も、あなたが好きよ。愛してるわ」
「ヒナ、タ…」
「ヒナタは死んだよ。私は…ネロだよ」
「…ネロ、もうどこにも行くな。俺の傍にいろよ」
先程まであった狂気は也を潜め、今彼の瞳には少しの悲しみと抑えようのない歓喜が入り交じっていた。
「行かないよ…行く場所なんて無いもの。寧ろ、貴方の傍に私はいてもいいの…?」
「居て欲しいんだ。お前じゃなゃ俺は駄目なんだ」
「…ソルト」
「好きだ。ネロ」
そう言って、私は彼とキスを交わした。
体を重ね、彼の腕の中で眠りに落ちるその瞬間。
彼の声が聞こえた気がした。
それは甘い響きを持つものではなく、酷く冷淡な声だった。
「捕まえた」
※
ネロ…いや、ヒナタが魔法陣に入り光に包まれた時。
彼女は俺に向かって「好き」といった。
なのに、「さよなら」と別れの言葉も口にした。
その時、俺は彼女からの好意の言葉に歓喜し、別れの言葉に怒りを覚えた。好きというくせに、俺から離れようとするなんて…許せなかった。
あの魔法陣は本当は転移魔法陣だ。
行先は俺の持つ別荘の一室に繋げてある。
彼女がそこへ行ったのを確認した後、俺は魔術師をやめて一生彼女を囲って暮らすことにしようと決めていた。
彼女が消えるその瞬間、風の音でかき消されながらも言葉を零す。誰の耳にも届かないその言葉は酷く冷たかった。
「…逃がさない」
檻に囲い、鎖で繋ぎ俺しか頼れるものがいないようにドロドロに甘やかして溺れさせてしまおう。そうすれば、彼女はもう逃げようなど思わなくなるだろう。
ひまわりの花言葉のように俺だけを見てくれるようになるだろう。
そうだ。あの部屋にいっぱいの花を飾ろう。
俺の気持ちを存分に伝えるために。
まずはなんの花を飾ろうか?
大量の赤いバラの花にしようか?
いや、黒いバラでもいいかもしれない。
でも、最初は沢山のひまわりの花をあげよう。
ひまわりの代表的な花言葉はおよそ4つ。
「憧れ」「崇拝」「愛慕」
「私はあなただけを見つめる」
ヒナタ、俺はお前と出会ったその時からずっとお前だけを見てる。これからもずっとずっと、そばで見てるから、だがらお前も俺だけを見てくれ。
※
愛しい君に花を捧げよう。
俺の気持ちを込めた沢山の花を。
溺れるほどの愛情を。
いつか、君からも貰えるように。
とりあえずはこれで終わりです。
ここまで読んで下さりありがとうございました。