セダン星系の戦い・後篇
ジュリアス率いる突撃機甲艦隊の先陣を切るのは、新鋭空母“エンタープライズ級宇宙空母”のネームシップであるエンタープライズ1隻に、アリシューザ級宇宙巡洋艦8隻、輸送艦5隻で編成されている第3艦隊。
エンタープライズ級宇宙空母は、全長2800mと貴族連合軍のグラン・ガリア級に比べるとやや劣るが、戦機兵の搭載可能数はおよそ千機を誇り、ジュリアスの提唱した戦機兵を主軸とした艦隊の要を担う艦である。
アリシューザ級宇宙巡洋艦は帝国軍で広く用いられる巡洋艦で、エンタープライズの周りを固めて護衛役を務める。
ジュリアスの指令を受けて、第3艦隊司令官アレックス・バレット少将は戦機兵部隊に出撃命令を飛ばす。
エンタープライズから続々とグレーの色をした戦機兵、ラプターMk-IIが出撃してモンモランシー艦隊に向かって殺到する。
これに応じるように、モンモランシー艦隊からも戦機兵部隊が出撃したのだが、モンモランシー艦隊から出撃した戦機兵の機影はシュヴァリエのものではなかった。
すぐにエンタープライズの索敵オペレーターがデータベースの機体データと照合した結果、それはデナリオンズが使用していた無人戦機兵《スピットファイア》である事が判明した。
「ち! デナリオンズの残党が貴族連合に合流したのか? それともスピットファイアを作ったアームストロング社が貴族連合に横流ししたのか?」
様々な可能性を考えるバレットだが、ここで考えても答えが出るはずが無い。
「いくらラプターでも相手がドローンとなると有利とは言い難い。敵機との距離を取ってランチャーによる遠距離攻撃に専念するようラプター部隊に通達しろ!」
戦機兵の数は帝国軍のラプター部隊の方が有利であり、射撃戦に徹すれば長距離ビーム砲を持つラプターMk-IIが最初は戦況を支配する。しかし、人間離れした高機動の動きを見せるスピットファイアは次第に距離を詰めて接近戦に持ち込み、近距離からの銃撃でラプターを仕留めに掛かった。
やがて戦いは一進一退の攻防が続いて泥沼の様相を呈していく。
この戦況を後方の旗艦ヴィクトリーから見守っていたジュリアスは、今すぐにも戦機兵に乗り込んで飛び出したいという衝動に駆られていた。
しかし、その度にハミルトン准将に制止される。
「閣下は今や統合艦隊司令長官です。これまでのように気軽に司令部を離れられては困ります」
「うぅ。わ、分かってるさ! ……とはいえ、このままじゃ味方機の損害も無視できないものになる。グランベリー中将の第2艦隊を動かそう」
第2艦隊は、インヴィンシブル級宇宙巡洋戦艦13隻で構成される艦隊で、火力と速力を優先した艦隊編成になっている。インヴィンシブル級宇宙巡洋戦艦は戦艦並の火力と巡洋艦並の速力を得る代償に、防御性能が低いという特徴があり、攻勢に出る場合には高い破壊力を発揮できるが、守勢に回ると脆い一面があった。
ジュリアスはこの第2艦隊を使ってモンモランシー艦隊本隊に強襲を仕掛けようと考えた。
ジュリアスの命令を受けたヴィクトリア・グランベリー中将はようやく出番が回ってきたと意気揚々としながら艦隊を前進させる。
第2艦隊は格闘戦が繰り広げられる宙域を大きく迂回してモンモランシー艦隊本隊に直接攻撃を仕掛けようとしていた。
この動きに呼応して、第3艦隊の後方に陣取る第1艦隊からもラプター部隊の半分に当たる第2戦機兵旅団を出撃させ、第2艦隊の通った航路とは別方向から格闘戦が展開される宙域を迂回してモンモランシー艦隊に向かう。
まず最初に第2艦隊の襲撃を受けたモンモランシーは、正面からこれを迎え撃つ。
モンモランシー艦隊は3個艦隊で編成されており、数の差で軽く捻り潰せると考えたためだ。
しかし、それはグランベリー中将も承知の事。それも踏まえて彼女は、巡洋戦艦の持ち味を活かした迅速な艦隊運用でその破壊力を遺憾なく発揮し、モンモランシー艦隊を翻弄した。
しばらくは帝国軍側が優勢に戦うも、相手は守勢に定評のあるモンモランシーである。数の有利を活かして戦線を立て直し、巻き返しを図ろうとする。
ここへ突撃機甲艦隊第1艦隊より出撃した第2戦機兵旅団がモンモランシー艦隊に殺到した。
モンモランシーは艦隊を守るために防御に徹する事を強いられ、艦隊に残していた予備のスピットファイア部隊も全て出撃させた。これにより第2艦隊はモンモランシー艦隊の総反撃を受ける事は回避できたものの、モンモランシー艦隊の守りは強固になってしまい、戦闘は膠着状態に陥ってしまう。
この戦況を後方から見守るジュリアスは、このまま消耗戦に陥る事を危惧して更なる一手を講じる事を考える。
「敵軍の戦力はこれでほぼ絞り尽くしただろう。対してこっちにはまだこの第1艦隊がいる」
「では、我が艦隊も敵艦隊を急襲しますか?」
ハミルトンがそう問う。彼もこのまま第1艦隊を予備兵力として置いておくよりは戦線参加させて一気に勝負を決めるべきだと考えているのだ。
「いや。このまま前進して格闘戦が展開されてる宙域に突っ込む! 艦隊の火力であの木偶人形を宇宙の塵にしてやる!」
「え? で、ですが司令長官! それでは敵機の集中攻撃を受ける事になります。いくらスピットファイアにラプターほどの火力が無いとはいえ、あまり攻撃受け過ぎるのは危険です」
「勿論分かってるさ! 待機中のラプター部隊を全て出す。こっちも総力戦で挑むのさ。俺も出る」
「な! 閣下! それはダメだと先ほど言ったでしょう!」
「まあそう固い事を言うなって。ずっと艦橋にいてばっかじゃあ、せっかく特注で専用機を作ってくれたシャーロットにも悪いからな。それに、あの野郎は俺の手で今度こそ引導を渡してやりたいんだ」
「……はぁ~。まったく仕方がないですね。今回限りですよ」
「おう! 分かってるって!」
満面の笑みを浮かべて答えるジュリアス。
その言葉を聞いてハミルトンは、この言葉が撤回される日がいずれ来る事を確信していた。
ジュリアスは、ラプターEXに乗り込んで第2戦機兵旅団を率いて出撃した。
彼等は今も激しい格闘戦が展開される宙域へと身を投じ、ビームランチャーによる長距離射撃でスピットファイアを次々と狙撃して撃墜していく。
増援の到着で、戦況は一気にラプター部隊の優勢となる。元々スピットファイアに積まれている戦術プログラムは、近接戦よりも射撃戦に重点を置いた仕様になっていた。
しかし、スピットファイアの射撃能力はラプターには遠く及ばず、数的有利も得られないこの状況では、スピットファイアの方が遥かに分が悪い。
やがてスピットファイア部隊は、ラプター部隊の前に敗退して突破を許してしまう。
ジュリアスは自ら先頭を切って進み、モンモランシー艦隊へと肉薄した。
「あの世で、俺の仲間に詫びてきな」
ラプターEXのビームランチャーが、モンモランシーの旗艦ティフォージュの艦体を貫いた。
それに続いて、他の機体もティフォージュに高エネルギービームを打ち込み、ティフォージュは爆散。モンモランシーも艦と運命を共にして、45年の生涯に幕を閉じた。




