セダン星系の戦い・前篇
惑星エディンバラを目指して進軍する帝国軍艦隊の第1陣を預かるのはゲイリー・ルントシュテット大将。
今年64歳になる彼は、名門の伯爵家出身であったが、ローエングリン公とヘルの台頭時には彼等に与する事で難局を乗り切り、また戦術家としての才能と部下達からの厚い信頼関係から艦隊司令官の地位を守り続けてきた。
名門貴族出身というだけあって基本的な考え方は保守的だったものの、ジュリアスの電撃戦構想などの諸戦術にはある程度の理解を持つ事から第1陣の指揮官をジュリアスから任されたのだ。
帝国軍艦隊第1陣の戦力はルントシュテット艦隊を含む計5個艦隊。戦艦27隻、巡洋艦35隻で編成されている。
この第1陣が貴族連合領に突入する直前、銀河の各地に展開している4つの総力艦隊は指揮下の艦隊と共にそれぞれが貴族連合領に侵攻を開始した。
しかし、これはジュリアスが仕掛けた陽動である。本来、艦隊決戦の主軸という役目を負っている総力艦隊を囮にして、ルントシュテット大将の第1陣の連合領侵攻を容易にする事が目的だった。
帝国軍のこの一連の動きは、ウェルキン提督に先立って前線にて絶対国防圏の構築に向けて準備を進めていたモンモランシー提督の知る所となった。
旗艦ティフォージュに、各地に配した偵察艇からの報告が集まってくると、モンモランシー提督は不機嫌そうな表情を浮かべる。
「まさか使い捨ての捨て駒風情が今や帝国軍の元帥とは。流石にこれは嫉妬してしまいますね」
かつて惑星ロドスで、現地に住んでいた子供達を少年兵として徴兵して使い捨ての道具にしたモンモランシー。しかし、その少年兵の生き残りが今や帝国元帥の地位にあり、貴族連合を滅ぼそうという勢いだ。その事実がモンモランシーには不満に思えてならなかった。
「帝国軍ルントシュテット艦隊が、このままの針路を維持すればロージアン星系、つまりエディンバラに到達してしまいます」
分かり切った事ではあるが、幕僚の1人がそう告げる。
「我々が迎撃するしかないでしょう」
「ですが、我が艦隊の方が艦艇数が劣っています。まともに戦えば、勝機は無いのではないかと思うのですが」
帝国軍のルントシュテット艦隊が5個艦隊によって構成されるのに対して、モンモランシー艦隊は3個艦隊程度の規模しかない。しかも、ルントシュテット艦隊の後方には帝国軍の別動隊の存在まで確認されている。自分達がルントシュテット艦隊と交戦している間に背後に回り込まれては敗北は必至である。
「……策ならあります。ひとまず艦隊をセダン星系に向けなさい。敵がエディンバラを目指すなら、あそこを必ず通るはずです」
モンモランシーの本音としては、もっと連合領内深くに敵を引き込みたいという思いがあった。補給が長くなればなるほど付け入る隙が生じるのだからそれは当然である。しかし、それが許されない事情がモンモランシーにはあった。
それは戦略的理由というよりは連合の組織的な理由だった。貴族連合は、そもそも次期皇帝の後継者争いでジェームズ皇子に与した貴族達による連合体として誕生し、50年経った今も若干形を変えつつ、基本的には初期の状態が保たれている。そのため、帝国に比べると国家としての統制力にはやや乏しいものがあり、戦況が絶望的になれば、連合を見限って帝国に寝返る貴族が現れる恐れもあった。
ただでさえ苦境に立たされている連合にとって裏切り者の発生は、連合の瓦解に繋がりかねない一大事である。裏切り者が新たな裏切り者を呼ぶという事態も考えられるためだ。それもあり、モンモランシーは比較的帝国軍にとっても補給の便が良い星系を戦場に設定するしかなかった。
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銀河帝国軍ルントシュテット艦隊と貴族連合軍モンモランシー艦隊は、セダン星系第4惑星ドーヴェルの衛星軌道にて対峙する。
このドーヴェルの衛星軌道には、貴族連合軍が軍事拠点として使用する衛星プランスが存在し、モンモランシーはこのプランスに設置されている砲台の火力も戦力に組み込む事で艦艇数の不利をカバーしようと考えたのだ。
しかし、それはルントシュテット大将も承知の上である。彼は旗艦スレーベンから前進しつつ砲火を敵艦隊に集中させて敵艦隊とプランスを分断するように指示を出す。
そして現在、ルントシュテット艦隊の後方にいたジュリアス率いる突撃機甲艦隊は、惑星ドーヴェルを迂回して敵艦隊の後方に回り込むべく移動をしている真っ最中である。つまり、ルントシュテット艦隊はその間、敵をこの場に足止めするだけで良かったのだ。しかし、ルントシュテットは堅実な戦術を取らずに積極的な攻勢を掛けた。敵艦隊の方が数が少なく、プランスから引き離してしまえば突撃機甲艦隊の到着を待たずに勝利できると考えたためだった。
「いつまでもあんな小僧の風下に立たされてなるものか。モンモランシー提督は私の力だけで討ち取ってくれる!」
ルントシュテットはジュリアスの実力は評価しているものの、親子並に歳の離れた少年の指揮下に入る事を無条件で受け入れる事を内心ではまだできずにいたのだ。
ルントシュテット艦隊は、モンモランシー艦隊とプランスの間に割り込んで両者を分断するのに成功した。
しかし、それこそがモンモランシーの作戦だった。
突如、プランスの表面で複数の大爆発が発生した。その凄まじい勢いでプランスは惑星ドーヴェル周回軌道を外れて、ドーヴェルの重力に引っ張られて落下を始める。
ドーヴェルに衝突したプランスは、その巨大な質量でドーヴェルの地殻をめくり上げて津波のような現象を起こす。その津波は大気圏を易々と飛び越えて宇宙空間にまで達し、ルントシュテット艦隊に襲い掛かる。
「ぜ、全艦、弾幕を張りつつ退避せよ!」
音速を超えるスピードで巻き上げられる地殻の破片から逃れる事はもはや不可能であり、弾幕を張って破片を撃ち落とそうにも数があまりにも多すぎる。凄まじい衝撃波に晒された艦は、軽々とその巨体を揺らされて弾幕が味方艦に命中してしまうという事態まで発生する。
ルントシュテットはすぐに散開するように指示を出すが、巻き上げられた破片が次々と襲い掛かる中では思うような操艦もできずに身動きが取れないまま破片の衝突が致命傷となって爆沈してしまう艦が相次いだ。
やがて、巻き上げられた破片は、ドーヴェルの重力に引かれて隕石となり、ドーヴェルの地表へと降り注ぐ。これでひとまずルントシュテット艦隊に襲い掛かる破片は落ち着くが、これで終わりではない。大きく艦隊陣形が乱れたところをモンモランシー艦隊が攻撃する。
生き残った艦の把握すらままならず、ルントシュテットは一時後退を指示した。しかし、モンモランシーの執拗な攻撃から逃れる事ができず、ルントシュテット艦隊は壊滅。旗艦スレーベンも撃沈されて、ルントシュテット自身も艦と運命を共にした。
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ルントシュテット艦隊が敗れてすぐの事だった。惑星を迂回してモンモランシー艦隊の背後に回り込もうとしていた突撃機甲艦隊が戦場に到着した。しかし、時すでに遅し。ルントシュテット艦隊は既に大敗しており、辛うじて生き残った艦も数隻程度存在するが、もはや戦力には勘定できない。むしろ足手纏いになりかねない状態だ。
この惨状を目の当たりにしたジュリアスは、旗艦ヴィクトリーの床を蹴って「クソッ!」と苛立ちの声を漏らす。
「あの野郎の事だから、何をしても不思議はないが、ここまでやるかよ。いくら無人惑星とはいえ」
怒りが抑え切れなくなってきたジュリアスは、その表情にも徐々に怒りの色を露わにしていく。
そんな時、彼は自分の軍服の袖をそっと引かれるのに気付いた。何かと思って目を向けると、彼の視界には心配そうな視線を向けるネーナの姿があった。
「あ。す、すまんすまん。俺が一番冷静でいないといけないのにな」
ネーナの顔を見て落ち着きを取り戻したジュリアスは、優しい手付きで彼女の頭を撫でながら言う。
すると、ネーナも表情が一転して嬉しそうに笑みを浮かべた。
「さてと。ハミルトン准将、悪いけど改めて状況を整理してくれ」
司令長官の要請を受けて、統合艦隊参謀長ハミルトン准将は説明を始める。
「現在、彼我の戦力はほぼ拮抗していると考えて良いでしょう。しかし、ルントシュテット艦隊との戦闘直後で敵は少なからず損害を出し、兵士達にも疲労が溜まっているはず。実質的な戦力はこちらがやや有利と見て良いかと」
「なら、ラプター部隊で蹴散らしてやるか?バレット少将の第3艦隊の実力を試すのにちょうど良い機会だ」
「仰る通りでしょう。しかし、相手はあのモンモランシー提督です。何か悪辣な罠を張っている可能性も考慮すべきかと」
「ふん。確かにな。なら、第3艦隊からラプター部隊を出撃させて、第1艦隊と第2艦隊のラプター部隊は待機させておくか」
「それが宜しいかと」
ジュリアスは、ここでモンモランシー艦隊を叩くべく正面からの戦闘を決意する。
今、突撃機甲艦隊の初陣が幕を開けようとしていた。