我が総統万歳
シェルブール星系の戦いに勝利し、帝国軍の戦線を押し戻すべく作戦会議を行なっていたその時、ウェルキン提督とモンモランシー提督はファレーズ要塞陥落の報を受けた。
クリスティーナがファレーズ要塞の将兵のほとんどを捕虜とせずに解放したために、彼等の口から情報が素早く出回り、通常よりも早く彼等の耳に届く事となった。
「ふぁ、ファレーズ要塞が陥落しただと!? そんな馬鹿な!」
ウェルキンは昂る感情を抑え切れずに、右手を握り締めて会議室の机に思いっ切り叩き付けた。
対するモンモランシーは腕を組んで険しい顔をしつつも、落ち着いた方だった。
「少しは落ち着きなさい」
「……だが、ファレーズ要塞が落ちたとなれば、我々の努力は全て水泡に帰すぞ。各戦線を繋ぐ司令塔は失われて、補給物資の手配も今以上に遅れるだろう。しかも、ファレーズ要塞には反抗作戦のために各地から引き上げてきた艦隊が集結していたはず。それも纏めて壊滅したのだとすると、もはや反抗作戦どころか戦線の維持すら危うい」
「そうですね。ここは被害が拡大する前に撤退すべきでしょう。下手に抗ったところで損害が増すばかり。であれば、各地の戦線を再編成して改めて反撃に出た方が勝機がありましょう」
「……」
モンモランシーの言う事はウェルキンも承知していた。しかし、ここでの敗北は連合の存続にも少なからず影響を及ぼすだろう。一時的な劣勢の一言では流せない以上、あくまで前線指揮官でしかないウェルキンは決断に困った。
彼は優れた戦術家ではあったが、優れた戦略家かと言われるとやや疑問があった。そしてウェルキン本人も自分を戦略家とは思っていなかった。彼の力量は、目の前に立ち塞がる敵を打ち破る事に特化されており、戦争全体を見渡すほどの視野を充分には有していないのだ。
この点においては、ウェルキンよりもモンモランシーの方が勝っているかもしれない。
「増援も補給もしばらくは望めない以上、防御に徹するのも得策とは言えません。かと言って攻勢に転じるのもリスクが大き過ぎるでしょう。今、我が軍が優先すべきは反抗作戦に備えて戦力を少しでも温存する事にあると考えます」
「……分かった。各前線部隊に撤退を命じよう」
ウェルキンは撤退を決断した。これより貴族連合は版図の約2割を帝国に明け渡す形になる。しかし、帝国軍が更に艦隊を進めようとしたならば、再編成した部隊で構成された強固な防御陣で進軍を阻み、それ以上の侵攻を許さなかった。
結果として、ウェルキンが当初していた版図の3割を失うだろうという予想に比べると損失は抑えられた方だった。
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帝国総統ローエングリン公爵が大本営を置くニヴルヘイムは、ファレーズ要塞が属していたカルヴァドス星系へと進出した。
現在、この星系にはヴァレンティア艦隊を含む計4個艦隊が集結しており、ニヴルヘイム要塞はそれ等の艦隊と合流する。
「兵士諸君、私は皆の働きに満足している。この勝利はまだ序章に過ぎないが、大貴族どもが続けてきた無意味な戦乱を終わらせる序章であり、歴史を築いたのである! このバルバロッサ作戦は後世において戦乱の時代を終わらせる転換点となった作戦と語り継がれる事だろう。そして諸君等はそれを成した英雄として称えられる事だろう!」
ローエングリンの演説が、TV通信によって要塞内と軍港に停泊する各艦に放送された。
その放送が終わった時、艦隊及び要塞内部に、熱狂的な歓声の声が上がる。
「我が総統万歳! 我が総統万歳!」
“我が総統万歳”
それは情報大臣ゲッベルスが考案したスローガンである。
ローエングリンの求心力を高めると同時に、帝国臣民の意思統一を図るために作られたこの掛け声は、まだ考案されて間もないが、今回初めて大勢の人々が口を揃えてそのフレーズを叫んだのだ。
尤もこのスローガン自体はゲッベルスがほぼ勝手に推し進めたものであり、ローエングリンはあまりよく認知はしていない。
そのため、中央指令室にてこの様を見ていたローエングリンはやや唖然とする。
「ふふ。すごい人気ですね、ご主人様」
茶化すような口調でエルザが言う。
「ふん。ゲッベルスめ。余計な事をしおって」
そうは言うが、ローエングリンはこれを止めさせたりはせずに完全に放置という姿勢を貫いた。
「もう少し喜んではどうです?これだけ大勢の人がご主人様に熱狂してるんですよ」
「そう言うお前は妙に嬉しそうだな」
「そりゃそうですよ。私のご主人様が如何に偉大な方なのかを目の当たりにしてるんですから!」
「心にもない事を言うな。気持ちの悪い」
「あら!これは紛れも無い本心ですよ!」
ローエングリンとエルザがそんな会話をする中、第一提督ヘンリー・ガウェイン上級大将が中央指令室に姿を現した。
バルバロッサ作戦は大勝利に終わったが、その中でもほぼ唯一と言っていい敗北を味合わされたガウェインは疲労し切った表情でローエングリンの前に立つ。
「報告は聞いた。貴官もご苦労だったな、ガウェイン提督」
「申し訳ございません、総統閣下。私の敗北さえ無ければ、この作戦が我が軍の完勝で終えられたものを」
「作戦は成功したのだ。気にするな。それに結果としては上々だ。要塞1つをたったの1個艦隊で陥落させて破綻し掛けた作戦を見事成功に導いた。ヴァレンティア艦隊の功績はあまりにも巨大過ぎる。貴官が希望していた通り、彼等を三元帥にするのに充分な程にな」
ローエングリンにとって1度の戦術的敗北などほぼ無関心だった。作戦そのものが成功したのだから、わざわざ文句をつける必要も無いだろう、と。
「そんな事よりもガウェイン提督。私は一旦帝都に戻る。いつまでも帝都を空けたままにもできないしな。この方面の指揮は貴官に任せる」
「了解致しました!」
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ローエングリンを乗せた総統大本営ニヴルヘイム要塞は、帝都キャメロットに凱旋した。キャメロットでもローエングリンは「我が総統万歳!」と数百万規模の群衆の叫び声に出迎えられる。
帝都に帰還したローエングリンはまずヴァレンティア艦隊の戦果を情報省を通して大々的に報じ、ジュリアス、トーマス、クリスティーナの3人を帝国元帥にすると発表した。そしてジュリアスを統合艦隊司令長官、トーマスを軍令部総長、クリスティーナを軍事大臣にする旨もこれと同時に発表された。
まだ17歳と若い彼等を三元帥に任じるのに不満や疑問の声も少なからず存在したが、総統の名において任じられた事やバルバロッサ作戦での活躍ぶりから、ほとんどの者はこの決定を素直に受け入れた。
ジュリアスとトーマス、クリスティーナが帝国の英雄として祭り上げられる中、当の本人達は、仕事を終えて皇帝地区にあるヴァレンティア邸で休暇を過ごしていた。
真昼間だと言うのに、カーテンを閉め切り暗くした寝室の大きなベッドで、3人は横に並んですやすや寝息を立てている。溜まりに溜まった疲労を睡眠で解消しているのだ。
そして眠り出してほぼ丸一日が経過した頃、ベッドの右側で眠っていたクリスティーナが目を覚ました。
「ん、んんん~。……え?」
寝起きでまだ眠そうな目を擦りながら上半身を起こし、デジタル時計で現在の日時を確認する。そこで丸一日が経過した事を知ったクリスティーナは唖然とした。
いくら休暇中とはいえ、流石にこれは寝過ぎだ。そう思ったクリスティーナは今も自分の横で眠っているジュリアスとトーマスを起こさないようにベッドから降りる。
「せっかくなんだから、もう少し寝てたら?」
寝ていると思われた、ベッドの左側で横になっているトーマスが、両目をしっかり空けた状態でクリスティーナの方を見ていた。
「トム、起きていたんですか」
「うん。もう少しこのままでいたいなって思ったから。……僕等、この休暇が終わったらあの三元帥になるんだよね」
「ええ。総統閣下の決定ですからね」
「何だか複雑な気分だよ。僕が軍令部総長だなんて。ちゃんと仕事をこなせる自信が無いよ」
ベッドの上で横になったまま天井を見上げて本音を漏らすトーマス。
「私だって同じです。艦隊司令官ですらトムとジュリーの助けがあって何とかこなしていたのに、いきなり軍事大臣なんて」
クリスティーナはベッドに腰掛ける。
「クリスは大丈夫だと思うよ。頭も良いし、真面目で統率力だってあるし。それに比べて僕は何の才能も無い」
「トムは自己評価が低過ぎます。あなたは自分で思っているよりもずっとすごい人間なのですよ」
「そんな事ないよ」
「いいえ。そんな事あります! なぜならジュリーという暴れ馬を日々乗りこなしているからです!」
クリスティーナの言葉にトーマスは思わず吹き出す。
「そ、それは確かに褒めてもらいたいかもね」
「軍令部は帝国軍の作戦目標の立案やその指揮を行うのが仕事です。ですが時には統合艦隊司令長官の作戦指揮のバックアップもします。ジュリーが統合艦隊司令長官に就任するのなら、軍令部総長はトム以外に適任者はいないと思いますよ」
トーマスは身体を捻って自分の横で寝息を立てるジュリアスの寝顔を見る。
そして右手を伸ばして人差し指でジュリアスの柔らかな頬を軽く突く。
「……まったくジュリーは呑気だよね。統合艦隊司令長官なんて大役を任されるって聞いた時も大喜びだったし、今もこうしてぐうすか寝てるし」
「ふふ。こういう図太さがジュリーのすごい所でしょう。私達の不安や懸念なんてお構いなしにどんどん1人で突っ走っていって、気付けば帝国元帥です。本当にすごい人だと思いますよ」
「それにここまで付き合ってきた僕等も中々すごいのかもね」
「ええ。ですからトムはもっと自分に自信を持って下さい!」
「うん。そう思う事にするよ」