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ジュリアスの大一番

 ヴァレンティア艦隊が8回の勝利を勝ち取り、任務達成をした正にその時。

 シェルブール星系の戦いで、ガウェイン艦隊が敗北したという報告がヴァレンティア艦隊にもたらされた。

「これは、マズいね」

 トーマスの重苦しい声が旗艦ヴィクトリーの艦橋に鳴り響く。


「ああ。ガウェイン艦隊が敗れたという事は、侵攻軍各艦隊の背骨を潰されたって事。ここで敵が反抗作戦に転じたら、俺達の努力も水の泡になるかもな」


 今回のヴァレンティア艦隊の役目は言わば露払いだ。本隊となる後続艦隊に拠点制圧や残敵掃討などの雑務を押し付けてひたすら前進する。

 しかし、その後続艦隊が敗れたとなれば、ヴァレンティア艦隊は敵地の只中で孤立したという事になる。


「これでは帰路も安全とは言い難いですね。帰路の途上で敵と遭遇という事態も覚悟しなければなりません。ここは敵が態勢を整える前に一刻も早く撤退しましょう」

 物資も残り僅かとなり、兵達の疲労もそろそろ限界という状態である。

 仮に敵の反抗作戦が本格化するのであれば、敵地にいるヴァレンティア艦隊は帝国軍の中で最も危険な状態に置かれる。クリスティーナは敵が態勢を整える前に撤退しようと考えた。


 しかし、ジュリアスが声を上げて反論する。

「いいや! せっかくここまで来たのに、それが無駄になるなんて嫌だ!」


「ちょ、ちょっと。まさかこれからガウェイン艦隊を倒した敵艦隊を叩こうなんて言うんじゃないだろうね」

 トーマスが呆れた様子を見せる。


「違うさ! 今更行っても手遅れだ」

 ジュリアスは左手首に付けているブレスレット端末を操作すると、周囲に無数の星系の座標を示した星図の立体映像が映し出される。

「俺達がこれから向かうのはここだ!」

 ジュリアスが立体映像で映し出されている星系の1つを指差した。ジュリアスの人差し指がその星系に触れた時、その星系の名前などの基本データが新たに表示される。


 それを目にしたトーマスとクリスティーナは思わず声を上げて自分の目を疑った。

「ちょ! ほ、本気ですか?」


「いくら何でも無謀過ぎるよ。一歩間違えればこっちが全滅する」


「分かってる。でも成功すれば、一気に戦況はひっくり返る」

 自信満々で語るジュリアス。


 そんな彼を見て、トーマスは軽く溜息を吐く。

「まったく。君らしいと言えばらしいけど。うん! 分かった。僕はジュリーの案に乗るよ!」


「と、トム? 良いのですか?」


「ジュリーに付き合わされるのは慣れっこだからね。それにジュリーができもしない事をできると言い張るほど無責任じゃないのは知ってるから」


「……分かりました。責任は全て私が取ります。ジュリーの作戦を実行しましょう!」

 クリスティーナは決断した。作戦の成否自体には未だに不安を拭い切れなかったものの、トーマスの言葉を聞いた途端、その不安は不思議と吹き払われる思いがしたのだ。



─────────────



 カルヴァドス星系に属する小惑星の1つファレーズ。ここは貴族連合軍の宇宙要塞が建設されている。この要塞は、周辺星系を支配するための施設であり、数十隻の戦艦を収容して、補給・修理ができる軍港機能が充実していた。

 今では民間の商船が中継地として使用する事もあるほどで、軍事上の要所というよりは経済と交通の要所と言えた。

 貴族連合の根拠地である惑星エディンバラから遠く離れたこの星域の支配の象徴とも言える要塞で、ここが陥落すれば貴族連合軍は支配星域のおよそ1割への統制力を失ってしまうとも言われる。

 帝国軍がバルバロッサ作戦で最終目標の1つにしている要塞だ。


 このファレーズ要塞は今、シェルブール星系でのウェルキン提督とモンモランシー提督の勝利の報を受けて活気に満ちていた。

 要塞司令官サンモベール大将は各地から撤退してきた敗残兵を糾合して新艦隊を編成。反抗作戦の実行の準備を着々と進めている。

「プルナン艦隊の損傷艦は第3ドッグに収容して改修作業を急げ! 無事な艦はルクレード艦隊の指揮下に入れて出撃準備!」


 毎日のように集まる敗残兵の中には比較的損害の少ない艦もあれば多い艦も多い。サンモベールはそれを手早く仕分けして、損傷の少ない艦のみを集めて急ごしらえの艦隊を編成した。寄せ集めで編成した艦隊では、命令系統に統一性を欠き、的確な艦隊運用を阻害する要因になりかねないというリスクはあるが、シェルブール星系での勝利を最大限に活かすには一刻も早く反抗作戦に転じる必要があったのだ。


 要塞指令室にて艦隊の再編成の指揮を執るサンモベール大将の下に副官ファルン大尉がある報告を持ち込んだ。

「司令官閣下、現在こちらに向かって移動中という連絡のあったクルーセル艦隊ですが、突然連絡が途絶致しました」


「連絡が途絶だと? どういう事だ?」


「お、おそらく恒星風による電波妨害が原因ではないかと」


「……まあいい。通信で呼び続けろ。クルーセル艦隊は反抗作戦には欠かせない戦力なのだからな」


「は、はい」


 その時だった。要塞に接近する艦隊の艦影を確認したとの報告が指令室に届く。


「噂をすればだな。クルーセル艦隊に残存艦と損傷艦の報告を上げるように通達しろ」


 サンモベール大将の命令を受けて副官ファルン大尉が通信機に手を掛けた。

 しかし、ファルンの通信に対する返事は無く、代わりに帰ってきたのは数十本のエネルギービームだった。まだ有効射程から離れた位置からの砲撃ではあったが、要塞の周囲に浮かぶ戦艦はシールドが展開されておらず、命中したビームはむき出しになっている装甲を高熱で溶かして艦体を貫いた。


「な、何だ! 敵襲か!?」


 恐怖と衝撃が連合軍の将兵の脳裏を駆け抜けた。ここに逃げてきた艦隊将兵の多くは、帝国軍の猛攻から命辛々逃れてきた者達であり、ファレーズ要塞に入った時点で気が抜けて安心感のようなものを感じていた。それが打ち砕かれたのだ。動揺するなという方が無理というものだろう。


「ええい! 狼狽えるな! 迎撃せよ!」


 サンモベールはすぐに命令を飛ばすも、艦隊は再編成の真っ最中であり、各部隊の命令系統はバラバラの状態になっていた。そのため各部隊は各々の判断で敵軍への迎撃を余儀なくされる。



 ファレーズ要塞を攻撃したのは帝国軍ヴァレンティア艦隊だった。

 連合軍が足並みが乱れた状態ながらも迎撃を始める中、司令官のクリスティーナはラプター部隊に出撃を命じる。

「敵は各地から集まった敗残兵です。態勢を整える前に決着を着けます!」


 戦闘が長引けば長引くほど不利になる。そう自覚しているクリスティーナは多少強引なやり方でも短期決戦で勝負を着けようとした。


 ヴァレンティア艦隊の艦砲射撃でろくな迎撃態勢も取れずにいる連合軍に、ジュリアスの率いるラプター部隊が強襲を仕掛ける。

 双方の艦艇や戦機兵ファイターから放たれる無数のエネルギービームが飛び交い、各所で多くの命を宇宙の塵へと変えていく。しかし、エネルギービームに焼かれるのは圧倒的に連合軍側の方が多かった。

 ラプターMk-IIのビームランチャーIIから発射された高エネルギービームが戦艦の装甲を易々と貫いて機関部を破壊し、そのまま爆沈させた。

 俊敏な動きでシュヴァルエの懐近くへと急接近したラプターは戦機兵ファイター用の光子剣フォトンサーベルを右手に構えて一太刀の下にシュヴァリエの身体を一刀両断する。

 接近するラプター部隊への応戦に追われるあまりヴァレンティア艦隊からの艦砲射撃に無防備になってしまった艦艇が集中砲火の的になって撃沈する。


「要塞周辺の敵艦隊が逃走を始めました!」

 オペレーターがそう声を上げると、艦橋にいる今の表情が僅かに緩む。


「逃げる敵は放っておきなさい! 私達の目的は、あくまでファレーズ要塞です!」

 クリスティーナは緩みかけた皆の気を引き締め直すと、右手のブレスレット端末を起動させた。

 そして彼女の前に横長の小さな3Dディスプレイが表示され、その画面にはトーマスの顔が映っていた。

「トム、もうじき活路は開けます。そっちの準備はどうですか?」


「うん。こっちは準備OKだよ。いつでも大丈夫」


「分かりました。では、これより作戦を第2段階へと移行します!」


 作戦の第2段階。それはファレーズ要塞への突入作戦である。

 この作戦の目的は要塞の制圧ではなく、要塞の完全破壊だった。これにより連合軍の指揮系統を崩壊させ、不利になりかけている戦況を一変させるのは困難だろうと判断しての事だ。それに完全破壊が成功すれば、連合軍側に与える心理的影響も少しは期待できるだろう。

 しかし、小惑星を改造して築かれたこの要塞を艦砲射撃だけで破壊するのはまず不可能である。そこでジュリアスとクリスティーナ、トーマスの3人が協議して得た結論は、要塞のエネルギー源となっている太陽反応炉アポロンリアクターを暴走させて、要塞の内部で核融合爆発を起こす事。

 そのために要塞への突入作戦が実行される事になり、その突入部隊の指揮官にトーマスが志願したのだ。当初は、ジュリアスもクリスティーナも危険だからという理由で難色を示すも、トーマスは「白兵戦技能なら僕は2人よりずっと成績が良かったんだよ」と言って譲らなかった。


 ヴァレンティア艦隊は撃沈された艦艇や撃墜された機体の残骸が漂う宙域を横断してファレーズ要塞へと接近する。


「クリス! 要塞の砲台もほぼ叩いておいた! 安心してくれ!」

 通信機を介してジュリアスの声がヴィクトリーの艦橋に響き渡る。


「ご苦労様です。では引き続き周辺の警戒をお願いします」


「了解だ!」


 艦隊が要塞の間近にまで接近したところで無数の小型艇が各艦から出撃。要塞への揚陸作戦が展開された。

 突入部隊の指揮を執るトーマスは、まず小型艇で乗り込んだ軍港の1つに橋頭保とも言えるポイントを確保した。トーマス達は光子剣フォトンサーベルを握り、大勢の兵を率いて要塞のさらに奥へと前進する。しかし、その途上で連合軍の要塞守備隊が守りを固めているポイントに突き当たった。


「怯むな! 前進!」

 どれだけ敵の守りが固いとしても、ここで足を止めるわけにはいかない。トーマスは自ら先陣を切って敵へと切り込んだ。その戦いぶりは歴戦の勇士そのものであり、連合軍の兵士は恐れを成して次々と逃げるように後退を始める。この勢いに乗じて突入部隊は太陽反応炉アポロンリアクター制御室を占拠。まず太陽反応炉アポロンリアクターを停止させて要塞内の全ての電力を断ち、要塞の全機能を無力化した。

 これを受けて要塞司令官サンモベール大将は降伏を決断。ここにファレーズ要塞は陥落した。


 要塞の将兵は全員武装解除の上で退去し、要塞は再起動させた太陽反応炉アポロンリアクターを暴走させ内部から核爆発が起きて消滅した。

 降伏した連合軍の将兵の数はあまりにも膨大であり、全員を捕虜として収容するのは物理的に不可能だった事からクリスティーナは、将官クラスのみ捕虜として捕らえ、他は全員解放した。

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