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リュイープの戦い

 ブリオウェル星系を発ったヴァレンティア艦隊は、次なる攻撃目標のクリマ星系へと進出するも、この星系に駐屯しているはずの連合軍艦隊の姿はどこにもなかった。

 帝国軍艦隊の総攻撃を受けて任地を離れたのかとも思われたが、すぐに敵の通信を傍受し、それによりクリマ星系駐屯艦隊は、この星系に属する惑星リュイープの大気圏内に身を潜めて援軍の到着を待っているという事が判明した。


「その援軍が到着次第、私の後ろに続く帝国軍本隊の迎撃に向かうというわけですか。私達の接近に気付いて身を潜めたわけではなさそうですから良いものの、これは厄介ですね」


 クリスティーナが危惧したのは、連合軍艦隊が潜んでいるという惑星リュイープの環境である。

 リュイープは、1年中惑星の表面を分厚い雲が覆って豪雨が降り続けているという星だった。そして連合軍艦隊はこの雲の中に身を潜めて待機しているのだという。


「下手にレーダーを使って探せば、敵に逆探される可能性もあるから、探すならほぼ手探りになっちゃう。逆探を覚悟でレーダーを使えば、奇襲作戦は不可能になる」

 トーマスは腕を組んで考え込む。

 いつもであれば、ここでジュリアスが何か意見を言って、そのまま艦隊司令部は彼の勢いに乗せられるまま作戦が決定される事が多かった。艦隊参謀長であるトーマスの役目は、ジュリアスの一見無謀な作戦案を可能な限り実現可能な形に微調整を行なう事だった。しかし、そのジュリアスは今は自室で夢の世界に旅立っており、今回は自分達だけで考えなければならない。

 しばらく考えた後、トーマスは口を開く。

「クリス。ここは逆探されるのを承知でレーダーを使って索敵しよう。手探りで探そうにも時間を掛ければそれだけ見つかる可能性が高くなる。だったらここは一刻も早く敵を見つけ出した方が良いと思うんだ。……たぶん、ジュリーならこう考えると思う」

 トーマスはどうすべきかではなく、ジュリーならどうするか、という考え方でこの結論を導き出した。


 トーマスの最後の一言を聞いた途端、クリスは小さく笑みを浮かべて「そうかもしれませんね」と述べた後、ジュリアスの作戦を了承した。


 ヴァレンティア艦隊が惑星リュイープの衛星軌道にまで差し掛かった頃、クリスティーナは各艦の索敵オペレーターに各種レーダーをフル稼働させて敵艦隊の索敵を実施した。これによりすぐにも敵艦隊の所在が明らかになる。しかし、敵艦隊にも自分達の存在を知られたらしく、急に妨害電波が出されてレーダーが封じられてしまう。


「やはりバレてしまいましたか」


「でも、敵の位置も分かった。後は攻撃あるのみだよ」


「その通りです。全艦、レーダーに反応にあった座標に向けて砲撃開始!」


 ヴァレンティア艦隊に属する戦艦6隻、巡洋艦8隻が一斉に膨大な熱量を有する閃光を、その砲門から解き放つ。

 無数のエネルギービームは特定のポイントに向けて一直線に飛来し、射線上の雲をその威力で吹き払う。その砲撃によって生じた雲の切れ目に敵艦隊の姿はない。どうやらこちらの動きを察して移動したらしい。だが、それもクリスティーナにとっては想定の動きである。


「ラプター部隊を出撃! 雲の中へと突入して敵艦隊を炙り出しなさい!」


 クリスティーナの命令を受けて待機状態にあったラプター部隊が格納庫から続々と出撃する。それは第2戦機兵ファイター旅団で、クリスティーナはこれを大隊規模に分散させて広域に展開させる事で、敵艦隊の詳細な現在位置を掴もうと考えたのだ。


 やがて、広大な雲海の一角で、複数のビームが飛び交い、旗艦ヴィクトリーの熱センサーが反応する。戦機兵ファイター部隊の1つが敵艦隊と接触したのである。

 すると、このまま隠れ続けるのは不可能と判断したのか、雲海から連合軍艦隊が浮上して姿を現した。連合軍艦隊の編成はペンシルベニア級装甲巡洋艦9隻のみと戦艦もおらず比較的小規模な部隊だった。


戦機兵ファイターは敵艦隊を囲うように展開してビームランチャーを打ち込んで下さい! 艦隊はこのまま前進し、一気敵艦隊を殲滅します!」


 艦隊の火力と戦機兵ファイターの機動力を駆使した包囲戦術でクリスティーナは、連合軍艦隊を圧倒。連合軍艦隊もシュヴァリエを展開してラプターを寄せ付けまいとするが、艦隊を包囲して身動きを封じる事には成功した。後少しで勝利できるというところで索敵オペレーターが声を上げた。

「背後より敵艦隊反応です!先の情報にあった敵の援軍と思われます!」


「く! 後ちょっとで勝てる所だったのに。……クリス、ここは後退しよう。このままじゃ敵に挟撃されるよ」

 悔しそうにしつつもトーマスは撤退を進言する。自分達の役目は敵の戦力を少しでも減らして本隊の活路を開く事。立ち塞がる敵を全て殲滅する必要は無い。

 このまま攻撃を続ければ、挟撃される前に正面の敵艦隊を打ち破る事は可能かもしれない。しかし、その頃には敵の援軍は到着してしまう。援軍の規模が不明な以上、ここに留まって戦うのは得策とは言い難い。


「……」

 トーマスの進言を受けてもクリスティーナはすぐに決断できなかった。

 目の前の敵は、このまま戦い続ければ確実に倒せる。しかし、敵もただやられるばかりではなく、頑強に抵抗を続けていた。このまま長引けば、目の前の敵を倒せても撤退する前に敵の援軍に追い付かれて背後を襲われる危険性がある。度重なる連戦で将兵の疲労は溜まり、物資は消費されていく中、そのような危険を冒すわけにはいかない。

「全戦機兵(ファイター)を呼び戻して下さい!戦機兵ファイターを収容次第、現宙域より離脱します!」


 クリスティーナは撤退を決意した。

 彼女の指示で戦機兵ファイターは艦隊への撤退を始めるが、敵に反撃の隙を与えない鮮やかな退却劇は、日頃のジュリアスの指導ぶりとクリスティーナの指揮ぶりの賜物であろう。

 今回の戦いでヴァレンティア艦隊は敵艦9隻中2隻を撃沈するという戦果を上げたが、この作戦で初めて敵艦隊を全滅させられなかった戦いとなった。


「……もしジュリーがいたら、この戦いも完勝できたのでしょうか」

 クリスティーナは窓の向こうに広がる宇宙空間を見つめながら、小さな声でそんな事を呟いた。


 その声を辛うじて聴き取れたトーマスは、それが自分に向けて放たれた言葉ではなく、単なる独り言だという事を承知の上で口を開く。

「ジュリーなら完勝できたかもしれない。でも僕は後退したのを間違いだったなんて思わないよ。それに戦いはまだ先があるんだ。1回の思い通りに行かなかったからっていつまでも悔やんでる暇は無いと思うよ」


「トム……。ふふ。そうですね。過去の失敗を悔いるのではなく、未来の成功に向けて論じるとしましょうか」


「それじゃあ、そろそろジュリーを起こしてくるとするよ。今後の事を話し合うのに副司令官を交えないわけにはいかないからね」


「わざわざトムがいかなくてもネーナちゃんに連絡して起こしてもらえば良いでしょう」


「いや。きっと何で起こしてくれなかったんだって怒ると思うから、ネーナちゃん1人に押し付けるわけにはいかないよ」


「確かにそうですね。では私も、」


「クリスはここにいて。司令官が艦橋を離れるわけにはいかないでしょ」

 そう言ってトーマスは艦橋を後にする。



─────────────



「とは言ったものの、何てジュリーに話そうかな」

 きっと起きたら、拗ねるだろうな。ジュリーは頭は良いんだけど、子どもっぽいところがあるから、1度怒ったり拗ねたりすると、宥めるのが大変なんだよな。


 そんな事を考えている間に、ジュリーの部屋の前に着いてしまった。名案は何も浮かんでいないが、ここまで来た以上は仕方が無い。

 僕は軽く深呼吸をした後、部屋のベルを鳴らす。


 すぐに扉が開いて、奥からネーナちゃんが顔を出した。

 よく見るとネーナちゃんは何だか暗い表情をしている。それに部屋の明かりがついてるな。もしかして、と思いつつ、僕はネーナちゃんに了承を取って部屋に上がり、ベッドに目をやる。

 盛り上がった布団からはジュリーが顔を半分だけ出していた。そして案の定、拗ねた子供のような目で僕を睨み付けている。

「や、やあ。ジュリー。おはよう」


「……」

 ジュリーは何も言わずに布団を被ってしまった。

 これは相当怒っているらしい。


「ね、ねえ。ジュリー。怒ってる?」

 無駄な質問だと思いながらも念のために確認しておく。

 でもジュリーは布団の中に潜ったまま答える。

「ネーナから話は全部聞いた。いや~まさか親友に仲間外れにされるとは思わなかったよ」


「な、仲間外れって人聞き悪いな」


「だってそうだろ」


 ダメだ。完全に拗ねちゃってる。

 これは長期戦になりそうだと考え、僕はネーナちゃんに適当な用事をお願いして体よく席を外してもらった。こういう時のジュリーはネーナちゃんの手には負えないと思うから。


「ジュリー。いつまでも拗ねてないで出ておいでよ。次の戦いまでまだ時間があるんだから食堂にでもいかない?」

 食べる事が何よりも好きなジュリーにはこの台詞が1番よく効く。と言っても、この状況ではどこまで効果があるか疑問だけど。


「良い。薄情な親友のおかげでさっきゆっくり飯を食う時間が取れたからな」


「は、薄情って」

 ついカッとなっちゃいそうになったけど、ここで僕が冷静さを失ったら収拾がつかなくなるからな。ここは堪えないと。

「じゃあジュリー。そろそろベッドから出たらどうだい? 次の戦いにはジュリーにも参加してもらいたいんだから」


「ふ~ん」


「まだ寝ていたいの?それともベッドで横になってるのは欲求不満が溜まってるからかな?ネーナちゃんに気を使って、出したいものも出せなかったとか。だったらちょうどいい。ネーナちゃんはいないし、僕が抜いてあげるよ」

 我ながら下品な話題だとは自覚しているけど、僕とジュリーが2人きりの時にたまにこんな冗談を言い合う。勿論、クリスのいない場所で。流石に女の子の前でこんな会話をするのは良くないけど、男同士なら気にする事もないだろう。

 こういう時のジュリーは正確に言うと怒っているというより、かまってちゃんの状態なんだ。だから下手に距離を置くより、あえて踏み込んだ事を言った方が機嫌を直してくれる事が多い。


「良い。俺の大事な親友がたっぷり時間をくれたから、もう済ませたよ」


 大事な親友と言ってくれるのは素直に嬉しいけど、今回はちょっと手強いな。

 でも、さっきは“薄情な”と言って、今度は“大事な”と言った辺り、やっぱりジュリーは意地を張ってるだけでそんなに怒ってはいないんだろう。


「じゃあ僕のを抜いてよ」


「自分でやってくれ」


 何とも素っ気ない返事。立場が逆だったとして、僕がこんな反応をしたなら「もっと面白い反応をくれよ!」って文句を言ってくる癖に。


「ねえ。ジュリー。まさかと思うけど、総統閣下の政権奪取に加担して僕等を巻き込んだなんてまだ考えるんじゃないだろうね? だから、自分が頑張らないととか」


「……」


「前にも言ったけど、僕もクリスも自分の意志で今ここにいるんだ。だから、」


 その時だった。僕が話をしている様にその時。突然、グウウウ~と誰かのお腹の虫が鳴った。この部屋にいるのは僕とジュリーだけ。そして今のは僕のじゃない。という事は答えは1つしかない。そして何よりお腹の虫が鳴った瞬間、ジュリーが被っている布団がビクッと動いたのだから間違いない。僕は思わず笑ってしまいそうになったけど、せっかくの好機を無駄にしないように必死に堪える。

「さっきのご飯はもう食べたって話は嘘だったんだね。ほら。いつまでも意地を張ってないで一緒に食堂に行こうよ。ジュリーに空腹の我慢なんてできるはずないんだからさ」


 無言のままジュリーが布団から顔を出した。その表情は怒っている風でも拗ねている風でもなくなっている。今のジュリーは空腹に苦しんでいる時の顔をしていた。

「……5分だけ外で待ってて」


 どうやら空腹に屈したらしい。僕は心の中でガッツポーズをした。

「それじゃあ外で待ってるから」


 僕がそう言い残して外に出ようとした時。ジュリーが口を開く。

「トム」


「ん? どうしたの?」


「そ、その。ありがとうな。それとごめん」


「ふふ。何言ってるんだよ。僕達は親友なんだから。このくらい大した事ないでしょ」

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